第12話 狼たちの共食い
【文久三年 九月十八日 夜】
八月十八日の政変の恩賞を会津藩からもらった壬生浪士組は、島原の角屋で芸妓総揚げの宴を行った。その前に島田と馬越、そして勘吾が土方に呼ばれた。
「会津からの密命が届いた。芹沢一派を殺れと。奴らを宴の席で徹底的に酔わす。貴公等三名は酔った芹沢達を屯所まで送った後、誰も来ないよう八木邸の周囲を固めてくれ。この事は決して外部に漏らすなよ。成功したら馬越。お前に残り六人を殺る機会を与える。松永達長州の間者をを欺くよう野口だけは残す。良いな。」
との命令が下った。勘吾と島田には
「馬越の事を頼んだ。彼奴の気持ちを汲んだのだが、奴に暴走されては困る。」
どうやら三日前に島田に相談した事が土方に伝わったようだ。勘吾達三人は
「かしこまりました。この御気持ち決して無駄には致しません。」
と土方に礼を述べた。角屋では、芹沢一派の野口の他、阿部や馬詰親子、楠達六人も何も知らずに飲まされていた。武田は
「あれ?馬越君がいない。折角お近付きになりたかったのに。」
と残念な顔をしていたと後から聞いた。
【文久三年 九月十八日 夜中】
土砂降りの中、傘を差して勘吾と島田、馬越の引率で千鳥足になりながら屯所の八木邸に帰った芹沢、平山、平間の三人はそれぞれ妾の梅、吉栄、糸里と飲み直し、奥の十畳間で芹沢と梅、屏風を挟んで平山と吉栄、玄関先で平間と糸里が泥酔した。それをを確認した島田が勘吾に刺客として待機している土方、山南、沖田、原田に伝令を送る。その後、勘吾と島田、馬越は八木邸の周辺の見えない藪の中へ隠れ、誰も入れないよう守備を固めた。この時土方達四人はそれぞれ楠、荒木田、御倉、越後の着物を盗んで着ていた。袖には長州藩士の証である白い一本線の袖印が縫い付けられており、これであの六人が長州藩の間者だと確信した。
灯りのない八木邸の中を顔を隠した沖田、土方、山南、原田の順で一列に並びながらそっと入る。奥の十畳間で同衾しており、屏風越しに寝ている芹沢と平山を確認した四人は、一斉に芹沢と平山に襲いかかった。平山を真っ先に山南と原田が首を刎ねようとしたが、その前に平山が咄嗟に抜いた刀で山南が左肩を刺され、軽傷を負ってしまった。この傷が元で山南は後年刀を握ることが難しくなる。
「・・・私なら大丈夫だ。平山は?」
と小声で呟くと原田は
「この通り。」
と平山の刎ねた首を見せる。
平山を殺した勢いで屏風を芹沢の方へ倒し、土方と沖田が芹沢を串刺しにしようとするが、梅を盾にして間一髪の所で逃げられた。梅が絶命し驚いた芹沢は飛び起きて刀を取ろうとするが叶わず
「貴様等あ!」
とぶち切れ手負いのまま梅の鮮血を浴び、褌一丁のまま廊下を走り、八木家の親子が寝ていた隣室に飛び込むが、文机につまずいて転び、そこを土方達四人ががよってたかってずたずたに斬りつけた。この時、山南の振り上げた刀が部屋の入り口に
《ガッ!》
と引っかかってしまうと
「この屑共があ!」
と叫んだ芹沢は持っていた瓢箪や鉄扇、辺りにある物品等を必死の形相で投げ付け、その部屋で寝ていた八木家の息子、勇之助の上に倒れ込んでしまうと、土方達四人はそこに斬りつけた為、刀の鉾先が寝相の悪かった勇之助の右足に当たり、怪我を負わせてしまった。
「痛い!痛いよお!」
と鳴き叫ぶ勇之助を沖田が咄嗟に腕を掴んで土砂降りの庭に放り投げ、大声を届かなくすると、再び芹沢に何度も滅多刺しにする。
「・・・て、てめえ等!こ、此のままで済むと思うな・・・」
と言っている間に芹沢の背中を原田が槍で突き、土方、沖田、山南がまるで虫けらを踏み潰すかのように容赦なく斬り裂いて、完全に動けなくなるまで斬り殺した。厠に行って難を逃れた吉栄が、この様を見てしまい
「きゃあ!」
と悲鳴を上げると、玄関先で寝ており難を逃れ、吉栄の悲鳴を受けて飛び起きた平間と糸里は遅れて現れ、平間が刀を持ったまま
「賊か?何処行った?何処行った?」
と大きな声を上げて八木邸をうろついていると、山南に見つかり目が合ってしまう。すると、山南が無言ながらも目で
(去れ!)
と言ってるように感じ八木邸の裏から逃げようとすると、そこを守備していた勘吾が平間を制止する。平間は怯えながら
「お、お願いだ!た、助けてくれ!見逃してくれえ!」
と懇願するが、土砂降りの中、稲光で勘吾が思い切り睨んでいるのを見てしまった平間は
「た、頼むよ、あ、蟻どお・・・」
と言ってる間に勘吾が口封じに威嚇の刃を向ける。そして近所にばれないような声で
「てめえ、俺達を散々足蹴にしやがってえ!この糞じじいが!馬越、刀貸せ。俺が成敗してやる。死ねい!」
と静かに言い放つと勘吾は二刀流で平間を斬り裂いていき、ことごとく追い詰めるが、同じく外で見張っていた島田に
「止めとけ。土方さん達の任務の邪魔になる。こんな屑ほっとけ。」
と説得するが、勘吾は薄気味悪い笑みを浮かべて
「放れた所でいたぶるのはいいだろ?こいつも芹沢の甘い汁吸ってたクチだからなあ。ほら、あそこの田んぼでたっぷり苛めてやるよ。来い!狸じじい!」
と平間を八木邸の向こう側にある田んぼへ背負い投げで思い切り遠くへ放り投げる。泥にまみれた平間が
「あ、あれはだな、局長が仕方な・・・」
と言い訳している間に顔面に怒りの鉄拳を食らわせ、もっと遠くへ吹っ飛ばすと、田んぼに倒れた平間を容赦なく何度も踏みつける。
「これは林の分、これは川島の分、これは宿院の分、これは河合の分・・・」
と芹沢一派に虐げられてきた同期加入の仲間達の数だけ蹴りや拳で殴打する。
「そしてこれは佐伯に殺された愛次郎の分!」
と刀を抜き平間に振り上げると
「あ!あいつは関係な・・・ぎゃ、ぎゃあ!」
と平間が悲鳴を上げるも
「・・・おい!じじい!何もしてねえだろが?ほら、他に言い残す事はねえのか?なら今すぐ殺してやるよ!俺は他の奴らと違って甘かねえからな!」
と泥まみれになった平間を怒鳴り散らす。そして平間に五、六太刀浴びせてなぶり殺そうとすると馬越が
「・・・もういいだろ。やり過ぎじゃないのか?」
と勘吾を嗜めると
「おい、お前そんな事で松永が殺れると思ってんのか?甘いんだよ!」
と馬越の胸ぐらを掴むと、馬越が思わず
「あうっ・・・くうっ・・・うふっ・・・」
と発し赤面してしまう。勘吾は固まりながら
「馬越?お前・・・?」
とある事に気付いてしまった。その隙に平間は勘吾に斬りつけられ。血まみれの泥だらけになりながら悲鳴を上げ、走って逃げていった。馬越は慌てて襟を直し、八木邸の門前へ走って戻っていった。勘吾は土砂降りの田んぼの中、馬越の背中を見ながら一人で固まっていた。追いかけてきた島田が
「おい、お前等何かあったのか?」
と尋ねるが、勘吾の耳にはその声が入って来なかった。ただ唖然としており島田の平手打ちを食らい
「お前聞いてんのか?!何があった?」
と再び聞かれると
「・・・すみません。平間の奴逃がしちまいました。」
とだけ伝えた。島田は
「もういい。それよりこの後だ。こないだの話はどうするんだ?」
と聞かれ
「俺の、俺達の手で始末します。あいつはまだ手負いだ。無理させたくねえ・・・」
とうつむきながら答えた。
【文久三年 九月二十日】
芹沢と平山の葬儀が神式に則り盛大に執り行われた。二人は長州藩士に闇討ちされたと土方から全隊士に伝えられた。平間の事は言及しなかったが、ここで新たに就任し直した近藤局長の口からようやく
「京都守護職松平容保公から新たに隊名を賜った。本日から壬生浪士組改め新撰組とする!皆、これから新撰組隊士としてより一層励みたまえ!」
と報告を受け、この場で一人ずつ新しい黒い隊服と鎖帷子が支給された。そして新撰組の旗である「誠」と書いた赤い旗が旗持ちの尾関の手によって掲げられた。尚、芹沢の平山の遺体は壬生寺に埋葬された。八木邸の十畳間の奥の間は未だに芹沢と平山の血で真っ赤に染まったままだった。勘吾はこの二日間、馬越と互いに口を利いていなかった。馬越の本当の正体を知ってしまったからである。
長州の持ち物に適当な物がなく、楠達の着物の袖印しかありませんでした




