第8話 芹沢局長の御乱心
【文久三年 八月十二日 昼】
「おい!計算合ってねえ!やり直し!」
「合ってますよ?平間さんが間違ってますよ?ほら。」
「私も計算し直しましたが、河合のと同じですよ?」
平間は勘定方の河合と最近加入したばかりの尾関の兄、尾関弥四郎の三人で壬生浪士組の経理を行っていた所、自らの落ち度を認めず二人を困らせていた。何度やり直しても平間が間違っている。その理由は、平間の帳簿には芹沢一派が押し借りしていた資金が加わっており、河合と弥四郎の帳簿にはその資金が入ってない。二人は土方と山南、藤堂にも相談し、この三人も計算した所、河合や酒井の方が合っている。土方と山南は
「どういういう事だ?この金は会津藩から頂いてないぞ?」
「平間さんの余計な金は何処で手に入れたのでしょうか?」
「金の出入りも激しい。平間さんは勘定方としてきちんと管理されてるのですか?」
と詰問する。実はその金は、日頃から任務より遊び重視で、隊費と称して民家から金銭をねだるといった行動を取っていた新見が捻出していた金である。新見は平隊士に降格し、完全に腐ってしまっていた。
一方、稽古場では
「一本!それまで!馬越!遂に平山から一本取ったじゃねえか!よく励んだな!」
と沖田や永倉に褒められていた。馬越は
「・・・いやあ。いつも同輩達が稽古に付き合ってくれているので。」
と勘吾達同期の平隊士を見ると、永倉に
「いい友を持ったな。これからも励めよ!」
と激励される。敗れた平山は野口に介抱されながら
(あのガキめ!)
と腹を立てていたが、その直後、土方に
「平山、出勤だ。永倉達と四条堀川の米屋に三人組の押し入り強盗が入った。急行してくれ。」
と命令を受けると
「ちっ!後で覚えてろ!」
と言い残し、永倉、斎藤、山野、中村と共にその米屋に入ると突然
《バン!》
と発砲音が響き、平山と中村が負傷した。永倉達三人が取り押さえるが平山は
「くそ!何処まで付いてない日だ!」
と怒り狂っていたが、永倉達は
「中村!大丈夫か?おい、山野。中村を医者に連れてけ。」
と行って平山にも
「あんたも行ってこいよ。」
と言われたが
「入らぬお世話だ!」
と突っぱね怒りが増していた。
その数時間後、葭屋町通一条上ルで生糸商を営んでいた大和屋庄兵衛が、開港により多大な利益を上げていたという情報を耳にした芹沢と阿部は、壬生浪士組にも活動資金を提供するよう大和屋に申し入れたが、あっけなく断られた。大和屋の主人が芹沢ら壬生浪士組を恐れて、居留守を使って借金に応じないのだった。
更に尊王攘夷派の過激組織「天誅組」が、巨額の利益を得ていた油商などを襲撃した際、大和屋も同罪であるとする札を残していた。大和屋の居留守に腹が立っていた芹沢がにやりと笑い
「丁度いい。全員集めろ!」
と馬詰勘介に声をかけ、新見を除いた芹沢一派十二名と、勘吾達新入隊士十八名を集め
「此より我が誠忠浪士組に資金援助を断った大和屋に制裁を加える!大和屋は尊皇攘夷派の過激組織「天誅組」に資金援助を行った不届き者である!直ちに出動し、処罰する!」
と局長自ら命令を下す。流石に筆頭局長に逆らえない勘吾達十八人は、この大和屋に出動する事になる。だが何故かこの中に、副長助勤の沖田と永倉も加わっていた。これは土方の命で
「芹沢の乱暴狼藉の現場を目撃し、京都守護職松平容保公に報告する証言者として立ち会い、勅命が下るよう事を運ぶこと。」
という芹沢一派の間者のような意味合いで同行していたのだ。
【文久三年 八月十二日 午後八時】
「大和屋を徹底的に焼き払え。局長の俺が許す!」
と壬生浪士組約三十名が大和屋をぐるりと囲む。出動隊士は芹沢も含め、平山、平間、野口、阿部、楠、御倉、荒木田、越後、松井、松永、馬詰親子、沖田、永倉、勘吾、山野、林、川島、宿院、尾関兄弟、安藤、奥沢、河合、中村、佐々木蔵之介と、先月入隊したばかりの武田観柳斎、山崎烝。平隊士の中で島田と松原は大坂へ隊士募集の出張、尾形は山南の命で平間や河合達の帳簿の見直し、そして馬越はというと・・・
土蔵周辺の貸家を壊して周囲に延焼しないようにした上で、商品が収納された土蔵に火を掛けた芹沢一派の面々。出火を知った火消人足が駆け付けて消火にあたろうとしたが、楠達の妨害に遭い、土蔵が全焼するのを勘吾達新入隊士達は野口に止められ、ただ見ているだけだった。芹沢は土蔵の屋根の上で
「おらあ!もっと焼けい!」
と瓢箪に入った酒を片手に怒鳴りまくる。鬱憤を晴らすかのように面白そうに火をかける平山と平間、そして阿部と新入隊士の武田。勘吾はそんな武田を見て
(また馬鹿が一人増えたか・・・)
と眺めている。一方楠達は火消しの邪魔をする振りをして
(これで壬生浪士組の評判も悪くなる。)
とほくそ笑っているのが見て取れた。沖田や永倉は、火にかける物を運ぶ振りをしながら小火を消していた。それを見ていた町人達からは
「何でおまん様が火付けてるのに消してるん?」
と不思議に思っている。
一方その頃、新見は馬越を島原へ連れ出し二人で飲んでいた。馬越は
「新見先生は出動なさらないのですか?」
と尋ねるが
「どうせ俺は芹沢にも壬生浪士組にもいらねえ奴よ!」
と酔っ払っている。そして馬越に
「ん?御主、近う寄れ。おなごのいい匂いがするのお。どうじゃ。今宵は私と飲み明かそうぞ!ここの芸者より可愛い顔をしているではないか?ほら、局長命令じゃ!貴様の紅が似合う唇で儂の頬に接吻せよ。今宵は可愛がってやるぞ?」
と馬越に迫ろうとするも、ここに原田と井上がずかずか入ってきて
「新見先生!ここで何してらっしゃる?馬越!お前もだ!さっさと行け!お前以外の隊士は全員出動しているぞ!」
と二人を叱り飛ばすと馬越は
「そうとは知りませんでした!場所は何処でしょうか?」
と尋ねると原田が
「大和屋だ!折角懸命に励んでおったのにこの様は何だ!早く行け!」
と馬越を大和屋へ行かせる。新見は
「てめえら!余計な事すんじゃねえ!」
と原田と井上に腹を立てると
「貴様も今じゃ平隊士じゃろうが!さっさと行け!」
と酔っ払いながらも二人に引き摺り出され大和屋へ向かうことになる。
丁度同じ頃、勘定方三人がいなくなったのを見計らい、土方、山南、藤堂、尾形の四人で再び帳簿を確認していた。土方と藤堂は平間の、山南と尾形は河合と尾関弥四郎の帳簿を計算し直していると、明らかに河合達の方が会津藩から頂戴した金と合っており、平間の帳簿からは謎の金が激しく入っては派手に使われていた。照らし合わせてみると、誰が見ても平間の帳簿がおかしい。四人は
「先ず新見に詰め腹を斬らせる。」
と確認し合っていた。
【文久三年 八月十三日 午前二時】
未だに大和屋の出火は激しさを増す。沖田と永倉は、この混乱に乗じて土方達が帳簿の計算をする時間を稼いでいたのだ。新見と馬越も駆けつけ、酔った新見が土蔵に持っていた酒をぶちまけると、新見も興奮しだし、一緒に放火に加わった。
「燃えてしまえ!壬生浪士組も尊皇攘夷も幕府も何もかも燃えろ!」
と酒が入り訳もわからない言葉を発する芹沢と新見。先日の失態で地に落ちた感の平山と平間も自棄になり、共に放火し、野口が芹沢達に聞こえないように
「お前らはまだ汚れていない。ああなったら駄目だ。・・・俺はもう手遅れだがな。」
と複雑で悲痛な顔をしながら芹沢達に加勢していた。勘吾はこの時の野口の言葉を生涯忘れずにいた。野口は心の中で
(俺もいつか詰め腹を斬らされるだろう。でも、こいつらが俺の無念を晴らしてくれる。俺はそれに託す。)
と思っていた。野口の思いはきちんと勘吾に伝わっていた。
(野口先生もきっと不本意なんだ。今ただ炎を見つめてるだけの俺達なんかよりもずっと・・・それでも誰かに付いて行かなきゃいけない俺達って、どんなに励んでいても無力なんだなあ・・・)
と悔しさを堪えていた。遅れて来た馬越は
「蟻通君。これは一体・・・」
と聞いてくるが、誰も答えられなかった。ただ燃え行く大和屋の土蔵を見ているだけだった。
(何が壬生浪士組の刀狩りだよ?ただの見物人じゃねえか。俺はこんな事する為に四国から出て来たのか?)
と思っていると、ある不審な男達に気付く。
(あれ?あいつどっかで?)
と勘吾が気付くと
「あ!あいつ佐伯と絡んでいたあの時の長州藩士!」
勘吾は慌てて沖田と永倉に報告しに行った。




