第5話 修羅の門
まだ入隊してから数時間しか経っていない勘吾達新入隊士だったが、早くも芹沢鴨に付く芹沢一派と、勘吾達まだよくわかっていない近藤一派に分裂していた。新入隊士二十五名の内、芹沢一派が九人。近藤一派が勘吾を含め十六人。その稽古をさぼっていた九人が指名したのが奥沢、中村、山野、河合、川島、佐々木兄弟、そして馬越。だが土方に
「佐伯!おめえもさぼってただろ!十人だ!もう一人選べ!」
とさぼっていた副長助勤の佐伯を呼ぶと
「わかりましたよ。それじゃあこいつで。」
と勘吾を指名する。すると勘吾は
「面白えじゃねえか。」
と真っ先に名乗り出ると、最初に出て来たのは馬詰柳三郎という親子隊士の息子の方。この柳三郎も美男であったが
「ほら、来いよ。」
と挑発する勘吾に柳三郎が地面の土を蹴って勘吾の顔に浴びせるも
「何かしたか?坊ちゃん。」
と真顔で言った瞬間、既に籠手で竹刀を叩き落とし、強烈な面を入れる。
「それまで!」
と土方が判定を下すと勘吾は
「おめえらそんなんばっかだろ?よく入隊出来たな?この臆病者が!ここの壬生浪士組は修羅の門って覚悟決めて来てんだろうな!」
と煽り出す。
「さっきの稽古で叩かれてた奴らばっか集めやがって。だがな、おめえは俺を舐めすぎなんだよ!讃岐の刀狩り舐めんな!俺はどんな武芸でもそこそこ使えんだよ!」
と言い放つ。そして土方が
「息子やられてだんまり決め込む親はいねえよな?!」
と老隊士、馬詰勘介をじろっと見ると、のこのこ出て来る。だが他の九人が
「あんな老いぼれとやれってのか?」
と難色を示していると、余り武芸が得意ではない河合が前に出る。そして竹刀を持ってぶるぶる震えている勘介に難なく面を撃ち込む。
「おいおい、米屋のせがれでも勝てるのかよ?」
と呆れる新入隊士。次は佐伯が出て来て
「おい!そこの洒落た奴!俺が相手してやる!」
と偉そうに指名した相手は佐々木愛次郎。その佐々木は松原と同じ柔術使いである事を知らずに、佐伯は竹刀を捨てた佐々木に背負い投げされる。沖田や原田に
「それでも副長助勤か?稽古さぼってっから新米にやられるんだ!」
「この恥さらしが!助勤降りろてめえ!」
と笑いものにされる。この一件が後に佐々木の不幸を生むことを知らずに・・・
次に出て来たのは楠小十郎。勘吾の思っている怪しい連中がようやく出て来る。相手は宿院。壮年だが、この中で唯一計算できる使い手である。この楠はなかなかのやり手ではあったが、宿院が胴払いで勝利。この楠の太刀筋を見ていた永倉が
「こいつ、神道無念流の太刀筋・・・同門か?」
と疑問を持ち始めると、続く川島対松井、中村対越後、蔵之介対御倉、奥沢対荒木田と次々と勘吾が怪しいと思っていた新入隊士達が負けていく。その姿を見ながら永倉が
「やはり此奴ら神道無念流!」
と確信する。そして次に出て来たのが松永主計。ここでさっき沖田にぼろぼろにやられた馬越の目つきがギラリと変わり
「奴だけは私にやらせてくれ!」
と最後まで休ませたかった一同と、次に出る筈だった山野に懇願するが
「お前大丈夫か?もう血だらけだぞ?何なら俺らの誰かが代わってもいいんだが・・・」
と気遣っていると馬越が
「やらせろっつってんだろ!」
と物凄い形相で勘吾達を睨む。この時の馬越の様子を異変に感じた人物が三人いた。一人目は沖田。先程の立ち会いで
「もしかしてあいつ・・・」
と思いわざと一本取らせた時に何となく気付いていた。二人目は永倉。
「この松永も楠達とつるんでいたな。だとするとこいつも神道無念流・・・さっきの馬越が勝てる相手ではないが・・・」
最後に土方。
「此奴、別の理由で入隊したんじゃねえのか?奴らの推測からすれば・・・」
とそれぞれ別の解釈でこの馬越と松永の一戦を見守る。勘吾達新入隊士達も
「やっぱりあいつの様子おかしいぞ?何かある!」
と何処か気になっていた。そんな中、手負いの馬越と松永の一戦が始まる。合図と共に気合いの固まりのように突っ込んでいく馬越を松永が軽く避けるが、永倉が思わず
「相手の誘いに乗るな!慎重に行け!間合いを取れ!」
と思わず発してしまう。沖田も
「お前は根性の固まりだ!恐れるな!落ち着いていけば勝てるぞ!この俺から一本取った事を忘れるな!そいつは俺より弱いぞ!」
とつい応援してしまった。その二人の声に押され勘吾達も
「お前なら倒せる!」
「ぶっ潰せ!」
「根性なら俺達の中で一番だ!」
「太刀筋をよく見ろ!」
「俺達はお前を信じてるぞ!」
と熱い声援を送ると松永がその勢いに負け、馬越の気合い一閃
「一族の仇!」
という甲高い金切り声で松永に思い切り面を浴びせる。勝負は馬越に軍配が上がり、勘吾達も
「良くやった!おめえの勝ちだ!」
「すげえ!信じていたぞ!」
「強いじゃねえかお前!」
と馬越を囲むと、馬越は軽く笑みを浮かべながら気絶してしまった。すると土方と沖田が
「こいつは俺達に預けろ。」
と馬越を戸板で八木邸に運んで行ってしまう。そんな馬越の姿を見て山野が
「馬越、よくやった。後は俺に任せろ。」
と静かに呟くと、最後の一人阿部が不敵な笑みを浮かべながら待ち構える。その山野に勘吾は
「あいつなら楽勝だ。ここは全勝と行こうぜ!」
と声をかけるが、林や尾関、松原に
「あいつはただ者じゃねえぞ。」
「強さとは別に何か企んでそうだ。」
「気をつけろ。何か仕掛けてくるぞ。」
と山野に警戒するよう話すと勘吾も
「確かに最初に俺がやった馬詰って野郎と同じ匂いがする。油断するな。」
と忠告しながら阿部と立ち会う山野。その阿部に
「おめえも女みてえな面してやがんな?」
と早速挑発するが山野に
「能書きはいいからさっさと来るがいい。」
とあっさり返される。差配の井上から合図が発せられると山野と阿部の竹刀が重なり、五分の勝負となっていた。この阿部の太刀筋に山南が
「直心流か?!」
と反応すると、永倉も
「そのようですね。だが完全に会得してないようだ。」
と推測する。次第に山野が攻勢に出ると阿部が山野の顔面に向かって竹刀を思い切り投げ付け、背後を取ろうとすると勘吾に
「やっぱりあいつ!山野!おめえはそんな卑怯者に負けんじゃねえぞ!ぜってえおめえの方が強い筈だ!」
と檄を飛ばす。山野は阿部が捨てた竹刀を自分の竹刀で遠くへ跳ね飛ばすと、それをちらっと一瞬見た阿部から一本を奪う。
「それまで!」
と声をかけるが、山野に駆け寄った新入隊士達を他所に阿部が懐から何かを取ろうとする。それにいち早く察した勘吾は阿部を止めようと割って入ると、その懐に入っていた物は、讃岐から脱藩した時に坂本龍馬が持っていたような拳銃であった。
「・・・おめえ!稽古にこんなもん持ち出して何しようとしてやがった!」
と阿部の右手を押さえようとするも、阿部は勘吾の手を振りほどき走り去って行った。永倉や原田に
「どうした?」
と聞かれる勘吾だったが
「・・・あの野郎!」
とだけ言い、走り去って行く阿部を睨んだ。
一方、八木邸で手当てを受けようとする馬越だったが
「自分で出来ますので。」
と言って土方や沖田を困らせていた。近藤も同席し
「さっきの一言は何だ?言え!」
と三人に問い詰められる。馬越は
「何の事ですか?」
ととぼけると土方に
「お前確かに松永に向かって一族の仇だ!って言いながら向かって行ったよな?」
この問いかけに近藤も
「安心しろ。奴ら六人は俺達も怪しいと思っている。誰にも話したりしないしお前を脱隊させるつもりもない。話してみろ。」
と局長の近藤自らが申し出ると、遂に馬越が口を開く
「あの男、長州藩士・松永主計は、我が故郷阿波国徳島で父と二人の兄を殺した浪士!付け狙っていたらこの壬生浪士組に入っていた。奴は、奴ら長州藩士は絶対に許さない!私が一族の仇を取る!」
と涙を浮かべながら三人に話すと土方が
「よく言ってくれた。俺達も気になっていたんだ。奴らは間者なんじゃねえかってな。今話した事はこの四人だけの秘密だ。誰にも話すな。奴ら六人は壬生浪士組の国事探偵方として隊から離して泳がせておく。奴らの前に我らは片付けておかねばならない連中がいる。その時を待て。時が来たら必ず貴公に仇を取らせてやる。」
と馬越に約束する。馬越は涙を流し
「・・・その件の程、よろしくお願いします。」
と三人に頼んだ。だが、沖田は
(本当にそれだけだろうか?)
と一人別の疑問を抱いていた。それに皆が気付くのはもう少し先の話である。
勘吾と同期の近藤派は大体長く活躍していきます。




