第3話 壬生狼への挑戦状
【文久三年 四月】
讃岐藩高松から脱藩し壬生寺に辿り着いた勘吾は、土方が芹沢一派に内緒で募集した入隊試験に現れた。勘吾の背には既に多くの奪った刀を背負いながら
「壬生浪士組はここでいいのか?」
と八木邸に現れると、その異様ないで立ちに
「何者だ!その無数の刀は何処で手に入れた?!」
と警戒される。勘吾は
「讃岐脱藩浪士・蟻通勘吾!別名讃岐の刀狩り!この刀は盗んだ物ではない!全て戦利品だ!壬生浪士組の入隊試験に合い参った!」
と大きな声で名乗りを上げると、副長の土方に
「竹刀だ。取れ。俺が相手してやる。」
と自ら買って出るが
「要りません。素手で結構。」
と言い放つ勘吾に対し、先に合格した林信太郎が
「無礼者!副長になんて口の聞き方だ!」
と竹刀を振り下ろすと、勘吾はあっさり真剣白羽取りで林の竹刀を奪う。
「これが俺のやり方だ。俺は讃岐の刀狩りと呼ばれている。御遍路に来る浪士達からこうやって刀を奪ってきた。俺に肩書きは必要ない。夷国に与する気に入らないこの御時世に天誅を加えたいだけだ。あいにく俺の先祖は水軍の家系でな。情報なら頭に入っている。此の日の本を夷国に奪われてたまるかよ。」
これを聞いた土方はにやりと笑いながら
「面白い。素手で勝負してやるよ。かかって来い!」
と挑発する。これを見ていた沖田総司がへらへらしながら
「この土方さんは多摩じゃ薔薇ガキと呼ばれた喧嘩人だ!本来は貴様同様拳でねじ伏せてきた御方だ!貴様も舐めてかかるな!」
と釘を刺すが
「貴殿が薔薇ガキなら、俺は蟻すらも通す蟻通!だが俺は蟻ではない。言ってみれば蟻地獄だ!」
因みに蟻通とは、アカネ科の植物で、主に正月の縁起物に使われる植物であり
「鋭い棘があり、蟻をも刺し通す」
植物である。
新入隊士達が集まる中で、永倉新八と原田左之助が
「ほお、面白そうな奴だ。」
「あの土方さんと喧嘩で勝負とは。」
と話していると、血気盛んな藤堂平助が
「それなら私が先にやりましょうか?」
と乗り出すと、山南敬助が
「これは入隊試験だ。彼も土方君も遊びじゃない。本気だ。」
と制止し、井上源三郎がのそのそと現れて
「なら儂が立ち会い役になってやる。」
と差配役を買って出ると、たちまち双方の殴り合いが始まった。この様子を遠くで眺めている人物が一人、更に離れた所六人いる。一人は数ヶ月前に入隊した山口一、そしてつい先程合格した楠小十郎、御倉伊勢武、越後三郎、荒木田左馬之助、松井龍三郎、松永主計。勘吾はこの七人に異様な匂いを嗅ぎながらも、土方の身体に拳や蹴りを咬まし、土方も勘吾の身体に拳を交え、互いに顔面が腫れ上がって行くのを見た局長近藤勇が
「それまで!歳、もういいだろう?貴様の名前は?」
と問いかけると、息を切らしながら
「讃岐高松脱藩浪人、蟻通勘吾。この壬生浪士組に入隊する為に脱藩しもうした。」
「所持している刀の数々は、郷里から京の道中で敵から奪った戦利品だ!盗品ではない!土産にこの壬生浪士組に全て献上する。無銘だが好きに持っていってくれ。」
と血まみれになりながら挨拶する。すると土方が
「お前なかなかやるじゃねえか!俺は壬生浪士組副長・土方歳三!合格だ!お前の根性はいずれこの壬生浪士組の役に立つ。」
と手を差し伸べ固い握手を交わす。二人の男同士の絆が結ばれた瞬間と同時に、これから土方にとって
「代えの効かない男」
を味方に付けた瞬間でもあった。この先勘吾は必ずこの土方に事件の度に真っ先に指名される存在となる。
「それにしても凄い数の刀だな?」
と土方は刀の束に驚くと勘吾が
「よろしければ先生方にもどうぞ。」
と刀を取るとほとんどは無銘だった為
「いや、いい。壊れたら借りるから蔵に閉まっとけ。」
と遠慮した。
ところで土方との殴り合いの最中に異様な匂いを醸し出していた山口は、にやりと笑い無言で去って行ったが、楠達六人はひそひそと話し込んでいた。土方に
「奴等何者なんですか?」
と尋ねると土方は
「あっちの奴は山口一。俺達試衛館の連中とは古い付き合いで、いろいろあったがこの京で合流した男だ。無口で群れるのを嫌う奴だが誤解するな。根はいい奴だ。」
「あそこでたむろってる奴等はえっと・・・源さん!あいつらの名は?」
と井上に聞くと
「え?ああ。さっき入隊したばかりの連中で、ええっと・・・」
とよく知らないようだ。勘吾は
「あいつら何か匂うんですよ。」
と土方に告げると
「この壬生浪士組は烏合の衆だ。誰が何処から来たのかなんてどうでもいい。俺達はこの京で不貞浪士を叩くのが仕事だ。」
と勘吾を静めるも、自らも
(奴等は勘吾の言う通り何処かから送られて来た間者だ。用心せねば。)
と警戒するのであった。
この入隊試験を今日合格した新入隊士達が、勘吾に挨拶する。
「俺は武蔵国から来た林信太郎だ。さっきは悪かったな。よろしくな。お前なかなかやるじゃねえか!」
「俺は大坂高取脱藩、尾関雅次郎。力なら俺も負けへんで。」
「俺は播磨国小野から来た松原忠司。大坂で柔術道場をやっていた。こいつらは佐々木愛次郎と蔵之介。俺の門下生だ。」
「私は同じく播磨国高砂から来た河合耆三郎。この松原とは同郷の米屋の倅さ。」
「私は尾形俊太郎。肥後熊本脱藩だ。書を嗜んでいる。」
「俺は三河国挙母から来た安藤早太郎だ。弓術を嗜んでいる。お前ら若い者にはまだ負けんぞ。」
他にも川島勝司、奥沢栄助、中村金吾、宿院良蔵と自己紹介していくと、勘吾は御近付きの印に
「良かったら持っていけ。使い古しだがな。」
と同期の隊士達に道中で奪った刀を上げていると、二人のすかした美男子が名前を名乗る。
「わ、お、俺は馬越三郎・・・」
何処か華奢でなよなよした男だが、次の男は
「私は加賀から来た山野八十八。本日付けで壬生浪士組に入った。」
だが、勘吾はこの山野と馬越の顔を
「お前ら、女みたいな顔だな。」
と言うと山野は
「無礼だぞ!貴様!俺はそう言われるのが大嫌いなんだ!」
と勘吾の襟首を掴み殴り合いになりそうになるが、巨漢の男に制止される。
「お前ら、もう壬生浪士組に入ったんなら止めろ。法度に背いた罪で二人共切腹だぞ。」
この喧嘩を仲裁したのは、少し前に入隊した島田魁。巨漢のこの男に二人共首根っこを掴まれ、喧嘩を止められるが二人は睨みあっていた。
そして遠くの方である親子と、楠達とは違う一人の男が筆頭局長の芹沢鴨の横でへらへら笑いながら見物していた。
親子の方は、馬詰勘介、柳三郎という山野のようなすかした顔をした男達。そして芹沢の隣にいるのが後に終生の天敵となる阿部十郎であった。
勘吾を含めた新入隊士達は、八木邸へぞろぞろ連れていかれ、土方から局中法度について説明を受ける。つまり
「隊を脱走しない事」
「私闘をしない事」
「士道に背かない事」
「勝手に金策をしない事」
「勝手に訴訟をしない事」
これのどれかを破れば
「切腹。それが俺や局長であってもだ!」
と釘を刺される。つまりさっき勘吾と山野がした事は
「私闘を禁ずる」
という事に繋がる。島田はまだ法度の説明がない二人を止めた事になる。勘吾は山野と馬越に
「さっきは俺が悪かった。」
と謝罪すると、山野は
「俺だって覚悟を決めてこの浪士組に入ったんだ。まあ、さっきのはもう終わった事だ。無しでいい。此れから長い付き合いになりそうだから一緒に励もう。」
と握手を交わし和解する。山野とは後年本当に長い付き合いになる事になる。馬越にも
「さっきは悪かったな。」
と握手すると馬越は
「あ、ああ。」
と何処か尖ってはいたが、勘吾はその手を握り
(ん?山野と違ってごつくないぞ?さてはこいつ刀握った事無いんじゃないか?)
と一瞬違和感を覚えるが口に出さなかった。この様子を芹沢の隣にそそくさと戻る阿部と馬詰親子がにやにやしながら眺めていた。そして、楠達六人も。馬越はその六人を物凄い形相で睨み付けていた。勘吾は馬越に
「さっき法度の説明があっただろ?揉め事はよせよ。」
と肩をぽんと叩くと
「貴様は引っ込んでいろ!」
と悲痛な表情を浮かべる。土方も
「貴様。さっきの話を聞いてただろ?向かっていったら貴様は切腹だ。」
と制止する。すると芹沢が
「へっ!つまらん。やらせてやれよ!土方先生よ!」
と煽ると、側にいた阿部や佐伯又三郎が
「そうだ!やれやれ!女みたいな面しやがってよ!」
と一緒に煽る。馬越が
「貴様等!無礼であるぞ!」
と怒るが、佐伯に
「無礼なのは貴様であろう?芹沢局長になんて口の聞き方だ!」
と完全に馬越を舐めている。すると土方が
「よし!稽古の時間だ!全員着替えて表出ろ!」
と話を切る。そして馬越に
「あいつらを黙らせるのは剣のみだ。黙らせてやれ。」
と馬越に竹刀を渡す。
序盤は美男五人衆と呼ばれる人物が中心となって絡んでいきます




