第2話 讃岐の刀狩り
【文久三年 四月 讃岐国高松藩 金刀比羅宮 鞘橋】
この御遍路四国八十八箇所所縁の地、金刀比羅宮のお膝元、鞘橋に居座る一人の野侍が多くの旅侍達を襲う事件が頻発。この鞘橋付近を通る侍や浪士全てが標的となった。まるでかの有名な武蔵坊弁慶のように、連日刀を腰に下げた高松武士達が全員標的にされた。この事件に奉行所も動いたが、刀はおろか突棒や十手までも奪い、脚でへし折っては
「俺は刀が欲しいんだ。棒なんか塵だ。」
と金倉川へ捨てる。本来宮司や巫女以外渡ってはいけない神聖な橋にその野侍は勝手に居を構えて居座っていた。遂には第九代目高松城主松平頼怨が激怒し
「引っ立てい!」
と高松藩士達を派遣するが、全員その野侍に刀を奪われ帰ってくる。頼怨は
「そやつの名は何と言う?」
と高松藩士達に聞くと
「蟻通!蟻通勘吾と申しております。」
と答えると
「儂に通せい!」
と殿様直々に御呼びがかかった勘吾だったが
「へっ!江戸や長州じゃ夷国夷国と騒いでおるのに、うちの殿様は高見の見物かよ?殿様に伝えろ!会いたきゃ手前で来いとな!」
と取り合わない。そこで動いたのが高松藩士、松崎 渋右衛門という勤王の侍。彼は腰に「播磨住昭重」を携え勘吾の元へ向かうと
「貴様は何がしたくて刀を奪う?」
と問うと勘吾は
「夷敵を追い払う刀が欲しいんだ!ほう?貴様は上等な刀を持っているではないか?!抜け!」
と挑発する勘吾に松崎は
「貴様なんぞ井の中の蛙。この動乱期に貴様のような気違いなぞ腐る程いるわ!して、貴様はその刀でこの御遍路を汚す程にしか至っておらぬではないか!」
勘吾は図星を突かれ
「こんな四国のような島国今すぐ出て行きたいわ!だがその前に、貴様の腰に下げている刀を土産に頂戴致す!」
と言って侍達から奪った刀を抜きもせず、何かを狙うような構えを取る。松崎は
「丸腰でこしゃくな!貴様脱藩したいのか?重罪だぞ!脱藩するなら俺を倒してからにしろ!」
と言い放った隙に松崎の刀「播磨住昭重」を見事な真剣白羽取りで受け、奪い取る。そして勘吾は侍達から奪った刀をようやく抜き、二刀流の構えを取る。松崎は咄嗟に
(こやつ!卜伝流を操るのか?この地に伝わる三好三人衆がてこずったという伝説の?)
と察するが
(いや違う。そんな筈はない。あれは足利十四代目で終わった筈だ。だがこやつの動きは、かの瀬戸内水軍のような、いや、真田の忍びにも似ているぞ?もしや伊賀者か?)
と考えている間に勘吾は松崎に
「俺は御遍路をうろちょろ回る貴様等が大嫌いだ!そいつで世の中が変わる訳がなかろうに。」
と挑発するが、
(卜伝流だとすれば相手が悪い。ここはこやつをどうにか高松から追い出さねば。)
と松崎が刀を鞘に収める。そして
「俺は高松藩士松崎渋右衛門。貴様の名は?」
と尋ねると
「讃岐高松武士蟻通勘吾。俺はこの日ノ本を夷敵から成敗致す。」
と話すと松崎が
「その刀は貴様にくれてやる。その刀は播磨住昭重という業物だ!大事に使えい!そして貴様はこの高松に二度と戻って来るな!脱藩とはそういうものだ!」
と言って去って行った。この事件以来勘吾は姿を消し高松武士から刀を奪う事は無くなった。こうして
「讃岐の刀狩り」
と呼ばれた蟻通勘吾は久しく姿を消した。
【文久三年六月 讃岐高松藩 塩飽勤番所】
勘吾は刀狩りを止め、ここに潜伏していた。先にある本島泊海岸から大坂方面へ上る手筈を松崎と交わしており、ようやく松崎から脱藩手形が発行された。この海岸から小舟で大坂を目指す事になった勘吾だったが、別の脱藩浪士を乗せた舟が通りかかると
「おまんも脱藩か?一緒に乗ってけっちゃろ?」
と勘吾を誘うが、知らない者同士呉越同舟というわけにもいかない。勘吾は
「貴様は何者だ?」
と尋ねると、あっさり明るい表情で
「儂ゃ土佐藩脱藩、土佐勤王党坂本龍馬。おまんは?」
「讃岐高松藩脱藩蟻通勘吾。京で面白い連中が集まってるって聞いてな。」
と意気投合し、同じ舟に乗る。龍馬は勘吾が担いでいる大量の刀を見て
「それにしてもおまん、そんなに重い荷物持ってたら舟が沈むぜよ?一本にしとき。他は売っちゃれ。何なら儂が買うぜよ。」
と全ての刀を金に代えた。勘吾は松崎から奪った「播磨住昭重」のみ自身の愛刀として脇に携え
(向こうに行ってからまた狩ればいい。)
と思いながら舟に乗って海へ出た。勘吾は初めて讃岐から出たのだった。
舟の中で龍馬は
「儂しゃ前に土佐勤王党というものに入っておるが止めじゃ。儂には合わん。きさんのとこにも勤王の志士がおったな。確か松崎渋右衛門たら言うたな。」
とここで勘吾は
「この刀はそやつから奪い取った物だ。」
と話すと龍馬に
「危ないやっちゃのお。してきさんは京に出て何をする気じゃ?まさか京を荒らす不逞浪士じゃあるまいな?」
と尋ねると、勘吾は
「その逆だ。不逞浪士を成敗するために京へ行くんだ。」
それを聞いた龍馬は
「そいつはこれの事かのお?」
と一枚の紙切れを懐から出すと、それは壬生浪士組の隊士募集の触れ書きだった。龍馬は
「儂の知り合いに山南ちゅう奥州の侍がおっての。その紙を京で配りゅうちょった。」
と話すと勘吾は
「それだ!俺はそいつになる。」
と目を光らせた。勘吾は夷敵から日ノ本を守りたいが、どうしたら守れるのかをずっと考えていた。だが龍馬は複雑な顔をしていた。
そして舟は大坂に着いた。早速因縁を付けられた二人だったが、勘吾が見事な真剣白羽取りで刀を二本奪い取った。勘吾は舟に乗せてくれた礼として、龍馬に一本譲ろうとしたが、龍馬は懐から拳銃を取り出し
「儂しゃこれがあるからいらん。おまんが持ってけ。」
と言って別れた。そして京への道すがらで、勘吾に絡んで来る浪士達の刀を奪いに奪いまくって行った。その中で、ある強敵と出会う。名は薩摩藩士田中 新兵衛。後の幕末四大人斬りの一人である。新兵衛は礼に漏れず薩摩藩士伝統の示現流である。
勘吾は讃岐を出た事がなく、始めの一振りに全てをかける示現を知らなかった。新兵衛が愛刀「奥和泉守忠重」を振りかざし
「チェストー!」
と言う一言で勘吾は思わず交わす。そして次の一撃を食らわせようと新兵衛が構えると、別の人物が待ったをかける。
「新兵衛!それまでだ。刀しまえ。そいつは敵じゃない。」
止めたのは、同じく幕末四大人斬りの一人、薩摩藩士中村 半次郎だった。半次郎は
「おまんがそげな大層ごっつい刀ば背にぶら下げてっから狙われたんじゃ。はよ居ね。」
と勘吾を逃がす。勘吾は
「海一つ渡っただけでこれかよ?全く世の中面白くなりそうだ。」
と思いながら京を目指した。
大坂から京へ登りながら、いつしか勘吾が奪い取った刀は三十本を超えていた。そんな重い荷物を背負いながら、遂に京に到着し、龍馬からもらった紙を手に壬生浪士組が隊士募集をしている壬生村八木邸に着くと、門前で優しそうな笑顔で一人の侍が立っており、既に何名か列を成して並んでいた。その侍に
「壬生浪士組の隊士募集を聞いて馳せ参じた。八木邸はここでいいのか?」
と尋ねると
「そちらの名前は?」
と聞かれると
「俺は讃岐脱藩浪士・蟻通勘吾。」
と名乗ると
「私は壬生浪士組副長・山南敬助。中へどうぞ。」
と笑顔で丁寧に答える。勘吾は
「こんな優男が・・・本当に不逞浪士を成敗する集団なのか?」
と疑問に思うが、足下に人が転がってきた。
「危ないだろ!」
と勘吾は怒るが、その転がってきた人物に
「失格!次の者!前へ!」
と怒号が飛ぶ。勘吾はにやりと笑い
「何だ。本当らしいな。」
と少し喜ぶ。
「よし!合格だ!次!」
と勘吾が呼ばれた。勘吾は背負っていた刀を全部置き、名乗り出る。
「俺は讃岐脱藩浪士・蟻通勘吾!俺の相手は?」
と大きな声で名乗りを上げると、そこにいたのは如何にも優男だった。この後、彼が壬生浪士組副長、そして、勘吾と終生運命を共にする男である土方歳三だという事を今は誰も知らない。後に戊辰戦争を生き残った多くの仲間達に存在を知らしめてきた蟻通勘吾という男と初めて顔を合わせた瞬間であった。
鞘橋は本来一般人は通行出来ません




