第23話 どんどん焼けのサンバ
【元治元年 七月二十一日】
一旦東九条村に戻った新撰組は、隊の再編成を行っていた。その中で、仇が目の前にいたにも関わらず、及び腰で戦闘を沖田や斎藤、勘吾に任せっきりだった三浦を全隊士が早くも白い目で見る。負傷した中村や松本も
「こいつ隙を狙って河上の背後から斬りつけようとしやがった!」
「親父が斬られたのと同じやり方で仇を取ろうとして恥ずかしくないのか?」
とその場にいた全員から糾弾されていた。この時の怪我が元で中村は以降刀を握れなくなってしまった。この功績を買われ中村はその後、尾関と同じく旗役に抜擢される事になる。土方は疑問に思い
「戦闘に加わったのはその六人だけか?他の奴等は何をやっていた?」
と問いただすと沖田が
「奴は相当の手練れだったので私が下がらせました。たった一人に俺達全員やられたとあっちゃ洒落になりません。もしあの時蟻通が刀に炎を纏う奇策を浴びせなかったらこっちが御陀仏でしたよ。」
と説明する。近藤が
「お前や斎藤程の男がそこまで言うとは・・・その河上とか言う不逞浪士は要注意人物だな。」
と警戒する。土方は
「蟻通はどうだった?お前も立ち会ったんだろう?」
と聞かれると勘吾は
「とてもありませんですが、刀奪う余裕なんてありませんでした。斎藤先生が協力して下さって、奴の刀折るのには成功しましたが・・・」
と悔しさを滲ませ
「奴を討つなら一対一じゃかなりきつい。さっきも沖田先生と斎藤先生程の達人と組んでぎりぎりの勝負だった。今回は長州の連中が連れて逃げましたが、次やる時は大勢でかかった方が得策です。」
と報告した。
帰趨が決した後、落ち延びる長州勢は長州藩屋敷に火を放ち逃走、会津勢も長州藩士の隠れているとされた中立売御門付近の家屋を攻撃した。その火災に巻き込まれた勘吾達は、幕末最強の人斬りである河上彦斎を取り逃がしてしまった。戦闘そのものは一日で終わったものの、この二箇所から上がった火を火元とする大火
「どんどん焼け」
により京都市街はこの日の朝にかけて延焼し、北は一条通から南は七条の東本願寺に至る広い範囲の街区や社寺が焼失した。
生き残った兵達はそれぞれ落ち延び、福原元僴、国司信濃等は負傷者を籠で送るなどしながら、大阪や播磨方面に撤退した。天王山で殿となっていた益田親施隊も敗報を聞くと撤退して、長州へと帰還した。
乃美織江ら長州兵が撤退時に河原町の長州藩邸に放火したことが原因とされていたが、西隣の寺町にある本能寺は長州藩邸制圧を狙った薩摩兵の砲撃により真っ先に焼け落ちており、北側の角倉邸、南側の加賀藩邸や対馬藩邸、東側の鴨川対岸が無事に火災を免れたことから
「長州藩邸はすぐに鎮火されたが、敗残兵が逃げ込んだ鷹司邸や民家が福井藩、一橋慶喜勢、会津藩・薩摩藩兵、新選組らの砲撃により炎上しその火が延焼した」
と言われている。この際、敗残兵を匿っていないにも関わらず、日頃は勤皇派に協力的な施設も砲撃されている。なお鷹司邸は一橋勢が攻撃しているが、この時新撰組の近藤達と同郷の隊士、大槻銀蔵が放火して長州兵を燻り出した新選組の手柄として立てられたが、大槻は銃で撃たれた後放火の罪で捕縛され、程なく牢死した。
新撰組はその後、約一ヶ月ほどかけて長州勢の残党追討や周辺の警備を行った。
【元治元年 七月二十二日】
一旦壬生の屯所に戻った勘吾と土方は、池田屋での死闘で重傷を負った安藤と新田の様子を見に行くと、安藤が勘吾に
「あ、蟻通・・・頼む。俺にか、介錯を・・・」
と頼む。つい先程新田が帰らぬ人となり、もう助からないと自ら悟っての決断だったが
「何言ってんだ?安藤!まだ助かるかもしれねえだろ?」
と安藤を励ますも
「いいんだ。俺はも、もう満足だ。介錯はこ、こないだ教え・・たろ?た、頼む。楽にして・・くれ。」
安藤の苦悶の表情を見ながら勘吾は固まってしまうが
「やってやれ蟻通。安藤を侍として死なせてやれ。それが武士の情けだ。」
と土方に促されると、安藤が自身の愛刀・南海太郎朝臣朝尊を勘吾に渡し
「お前、わ、脇差し失ったんだろ?す、すまねえが、こんなお、老いぼれの刀で良ければ、これを使っ・・てくれ。お前にくれてや、る・・・し、新撰組の刀狩り。あ、蟻通勘吾。あ、後は頼むぞ。」
そう言い残し、安藤は勘吾の介錯で皆に見守られながら息を引き取った。勘吾は安藤の南海太郎朝臣朝尊を握りしめながら
「・・・安藤さんよ?この刀は売らねえよ。とことん使ってやる!」
と悲しみを堪えながら誓った。この安藤に託された南海太郎朝臣朝尊は今後、勘吾の二刀流の片翼を振るう事になる。
一方、壬生の屯所から京の御所へ情報を伝えに走った冴はどんどん焼けで着物がすっかり汚れてしまった。よろよろになりながら壬生の屯所に戻っていた勘吾と土方が介抱すると勘吾が
「だから京から離れろって言ったんだ!・・・こんなぼろぼろになりやがって!」
と冴涙ながらに叱ると
「だって・・・貴男の御側にいたいから・・・」
と弱った声で話すと勘吾が
「まだわからねえのか?俺も、近藤局長も土方先生も、他の隊士達も、おなごを危険に晒すわけにはいかねえんだよ!」
と諭すも冴は
「愛した殿方のお役に立ちたいと思うのがそんなにいけない事なのでしょうか!」
と食い下がる。すると土方が
「・・・俺達は新撰組だ。明日生きられるかもわからねえ死に急ぎの烏合の衆だ。だからお前にはおなごとして幸せになってほしいんだ。」
と心中を吐露し、八木源之丞に
「この娘を頼みます。事が済みましたら何とかしますので。」
と託し、二人は再び京の市中探索に戻った。
【元治元年 七月二十五日】
事後処理を終えた新撰組は、七月二十五日頃に壬生の屯所へと引き揚げた。皆疲れており、屯所に着くなり皆うなだれ、床や地面に倒れるように眠っていたが、その夜、一人だけ元気な者がいた。
「何と可愛いおなごじゃ。馬越君。いや、冴。私の妾にならぬか?」
と詰め寄る武田観柳斎を勘吾が発見し、冴を守る。
「おい!この坊主頭が!冴に何をした!このさぼり魔が!」
と怒鳴りつけると
「・・・あたしは勘吾様が好き。遊びでも構わない!ずっと御側にいて尽くしたい。」
と涙ながらに語るも
「だめに決まってんだろ。中島と江戸へ行けと言っただろ!今度は武田と馬詰だけじゃ済まねえぞ!」
と釘を刺し、通りかかった土方に
「こいつの事頼みます。武田の野郎がまた狙いやがった!」
と土方に託した。この日は夜だというのにどんどん焼けで町を焼き払われた民衆達がずっと
「ええじゃないか!ええじゃないか!よいよいよいよい!」
と自棄になって踊っていた。土方は冴に
「それでええんじゃないか?あいつ不器用だからよ。」
と冴に自分の胸を貸した。冴は土方の離れに預けられた。そこにいる女達に冴は面倒を見られ
「こないに綺麗なおなごはんがぼろぼろにならはって・・・」
と同情していた。
【元治元年 七月三十一日】
冴は近藤や負傷した藤堂と共に江戸での隊士募集に随行し、そのまま多摩の土方の姉と沖田の姉に頼む事になった。その前日に土方が
「蟻通。終わったらちょっと来い。」
と呼び出される。土方が
「俺と局長は明日の準備でここに泊まる。今晩俺の離れを貸してやるからそこに泊まれ。」
「お前に心底惚れているいいおなごが待ってるぞ。一晩可愛がってやれ。」
と促され、ピンときた勘吾が
「ちょっと!何をおっしゃるんですか?」
と返すも土方に
「お前、真面目過ぎるんだよ。身請けしたんだから一晩くらいいいだろ?たっぷり可愛がってやれよ。」
と笑いながら勘吾を突き飛ばした。
夜になり土方の離れに行くとそこには、高島田に髪を結い、顔に白粉と目張り、紅を塗った赤い湯文字姿の冴がいた。
「・・・お前、その格好は?」
ついこないだまで同じ新撰組隊士として励んでいた馬越の余りの変貌に驚き
「これがあたしの本当の姿。あたしはあなた様のおかげでおなごに戻れました。隠すものはもうありません。全ては勘吾様のおかげ・・・」
と話ながらそっと湯文字の帯をほどき、月明かりに冴の白く細い女の裸が照らされて
「あたしは勘吾様が好き。今宵はあなた様にご奉仕させて・・・」
勘吾は慌てふためき
「馬鹿!勘違いするな!俺はお前を・・・」
と喋っていると、冴は勘吾の側に身体を寄せ
「好き・・・」
と冴は頬を赤らめ目を閉じ、真っ赤に塗った唇を差し出すが
「冴・・・お前を見るだけだ。見るだけだからな。」
と言って一晩中冴の美しい身体をただ見ている間に朝になってしまった。
朝の稽古に顔を出した勘吾は土方に
「副長。やっぱりあいつの身体に触ることは出来ませんでした。」
と明るく報告すると土方が驚いて
「馬鹿か?!お前!それじゃあ一晩中あいつの裸見て終わったのかよ?ったくおめえはおなごの気持ちもわからんのか?」
と呆れているが、勘吾は真っ直ぐな表情で
「わかりたくもありません。俺は新撰組隊士。壬生の狼ですから。」
とはっきり答える。すると、稽古に来ていた林達同期の隊士達が
「・・・お前には呆れた。」
「でもお前らしいな。わかる所はわかってる。」
「馬越はお前に惚れてんだろうが。抱いてやらなかったのか?」
「もったいねえ。あんないいおなごもう現れんぞ?」
「まさかお前も男色じゃねえよな?」
とぼやくと勘吾は
「それでもあいつは友達なんだよ。そんな事出来ねえよ。」
ときっぱりと話し、竹刀片手に稽古を始める。
「永倉先生。示現の型出来ますか?御教授願います!」
「あ、ああ。示現は一の太刀が・・・」
江戸に経つ為壬生の屯所に現れた冴は、勘吾に別れの言葉を言おうとした
「勘吾様!あたしは・・・」
と話す冴の言葉を遮るように
「我ら新撰組は京に巣くう鬼を喰らう羅刹。おなごの居場所等存在しない!」
と言って突き放すも、心中では
(やっぱり総髪の髷と刀より紫の着物と簪が良く似合うよ。冴。幸せにな。)
と思いながら脇目も振らず稽古に没頭した。今後勘吾は新撰組から貰った報奨金を全て江戸で暮らす冴の元へ送る日々を最後まで続ける事になっていったのであった。
史実では馬越三郎は男です。美男五人衆の中で誰かを女にしようと考えて、消去法で馬越になりました。
山野は箱館まで戦い、馬詰は女にだらしがなく、楠は長州の間者で、佐々木は早期に殺された為、そこそこ実力があり、池田屋辺りまで残った馬越を選びました。終盤で再び登場させる予定です




