第21話 刀で身請けされた女
【元治元年 七月五日】
池田屋事件から十日経ち、大分落ち着いた日の午後。勘吾が
「沖田先生。ちょっと。」
と馬越を連れて相談する。勘吾は
「仇は取ったしもういいでしょう?」
と沖田に確認すると
「・・・これ以上隠してもしょうがねえからな。」
と了承し、そのまま勘吾は沖田と一緒に馬越を近藤と土方を通じて助勤達の所へ連行した。土方は馬越の処遇を決める為に武田と三十郎を除く助勤達を集めた。沖田が
「副長、こいつは前にも話した通りおなごですよ。このままこの隊にいてもいいんですか?」
と話す。その後一同
「・・・参ったなこりゃ。」
「流石にこれは・・・」
「かといって簡単に除隊させるのも怪しまれるよな・・・」
「隊の士気にも関わる。」
「怪我を理由にってのは?」
「手負いで帰って来たらそれこそ切腹だぞ。」
土方が
「誰か身請け出来ねえか?」
と尋ねると、ここで助勤達の女性問題が次々と露見される
真っ先に原田が
「俺はまさがいる。」
永倉も大坂出張の際に
「俺も小常がいる。」
まだ額を斬られて床に伏していた藤堂も
「・・・私は君尾と言うおなごが。」
総長の山南も
「私も明里がいる。土方君は?」
と尋ねると土方は
「おなごに関しちゃ俺は一人に執着しねえからな。」
と自慢話を始めるが、その場にいた全員に白い目で見られ、井上に
「女絡みじゃお前が一番酷いだろうが!とても任せられん!」
と怒られると近藤が
「うむ。俺も源さんも多摩に妻子がいるからな。他に残ってるのは・・・」
と沖田と斎藤と見るが、土方に
「知ってるぞ斎藤。お前もぬいというおなごがいるだろう?」
とばらされ、下を向いて黙ってしまう。残る沖田は
「俺?俺だっているわ!」
と話すと一同
「いるのか?いつの間に?」
と驚くと井上が
「お前最近通っとる医者の娘に手えつけようとしているではないか!」
とからかわれると沖田が
「そんなんじゃねえよ!俺にそんなつもりは・・・」
と慌てふためいていると
「じゃあどうする?」
と全員黙ってしまう。近藤は
「馬越はどうなんだ?ここで励みたいのか?」
と尋ねると馬越が
「皆様の御役に立ちとうございます・・・ですがご迷惑とあらばここで切腹を・・・」
とさらしを取ろうとすると
「・・・お前今までよくそんな大きな乳房隠してたな?」
と勘吾達同様目を丸くする。土方は困り果てた挙げ句
「・・・お前はもういい。除隊だ。今すぐここを離れろ。流石に女に切腹させる訳にはいかねえ。もうこの屯所には二度と近づくな。そして二度と京へ来るな。ここの厳しさはもう知っている筈だ。おなごに戻って京を離れて里へ帰れ。女には女の幸せがある。俺達はもう止まれねえ。新撰組は、壬生の狼は今回の池田屋事件で走り出したんだ。これから一層戦いが厳しくなる。おなごのお前を巻き込む事は出来ん。」
と諭すが、馬越が泣きながら
「私は一族を殺された!もう帰る所なんてない!遊女にでもなれとおっしゃるのですか!」
土方は勘吾を見て
「・・・しょうがない。蟻通。こいつを身請けしろ。副長助勤じゃないが特例だ。こいつの正体を真っ先に気付いたのはお前だけだからな。これは命令だ。嫁じゃない。身請けするだけだ。」
いきなりの提案で勘吾は驚き
「ちょっと待って下さい!俺にそんな気は!第一そんな金あるわけないじゃないですか!」
と慌てふためくも土方に
「藏にあるおめえがこれまで狩った刀と武器全部売ればいいだろ。池田屋でも随分狩ったよな?それに岡田以蔵から奪った拳銃なんて高く売れるぞ?」
と言われると勘吾は馬越を庇おうとして
「そんな?こんないいおなごと血生臭い刀を秤にかけるなんて・・・」
と気遣うと馬越が
「蟻通さんお優しい。」
とようやく頬を赤らめ女の眼に戻る馬越を見ると沖田に
「ほら、こいつもまんざらじゃねえって顔してるぞ?」
とからかわれ
「ちょっと!いい加減冗談止めて下さいよ!」
とムキになってしまう。土方が
「後は俺達に任せろ。一段落着いたら局長と藤堂が隊士募集で江戸に戻る。向こうにいる俺達の家族に預ける。それなら問題ねえだろ。馬越、今すぐ荷物をまとめろ。中島と蔵之介に頼んでお前を俺達の郷里に送り届けてやる。それまで京の町娘にでも成り済まして何処かの旅籠に隠れてろ。」
と説得され、馬越は退室した。こうして勘吾は馬越を身請けする為に
「新撰組一の報償金取り」
として第一歩を踏み出した。馬越は勘吾達同期の隊士達にひっそりと見送られ、壬生の屯所を離れた。
次の日の稽古中にそれを聞いた武田は
「あいつ、おなごだったのか!身請けするなら何故助勤の私じゃなくて平の蟻通なんだ?」
と激昂するが、林や山野、松原らに
「あんたは口だけの小物で男として最低だ。俺達も上の人等もとっくに気付いてんだ。わかってねえのはあんただけだ。」
「それに馬越は蟻通に惚れている。形はどうあれおなごの幸せも考えられねえあんたはやっぱり最低だ。馬詰も逃げたしお前の味方なんてここにはいねえよ。」
「こないだの明保野亭の一件も山南総長がいなかったらあんた切腹もんだぞ?軍師のくせにあんたは何の為にここにいるんだ?」
と囲まれ糾弾される。そして尾関に
「つまり男色のあんたは今までおなごの尻を触ってた助平だったって事だな!」
という一言に稽古をしていた隊士達に大笑いされた武田は赤面し、屯所に去って行った。
稽古の後、その日は非番で一人で風呂に行った勘吾だったが、暗闇の中うっすらと腰のくびれた女が側に来ると
「蟻通さん。今日は有り難う・・・」
側に寄ってきた女は馬越だった。だが勘吾は
「馬鹿!お前!俺にそんなつもりはねえ!」
と慌てて拒否する勘吾だったが
「どちらにしても貴男に惚れました。男としても、女としても。だからお願い。これくらいさせて?」
と馬越は勘吾の手を自らの大きく膨らんだ乳房に当てた。
「・・・それしかしねえからな。俺はお前に何もしねえぞ。」
馬越は勘吾を切ない眼で見つめながら
「やはりおなごとしては見てくれないのですか?」
と残念そうにすると
「・・・何か複雑なんだよ。今まで友だった奴が急にこうなってしまってよ。」
とまだ気持ちの整理が付いていない。勘吾は続けて
「お前はおなごに戻れた。それだけだ。俺達は新撰組だ。これからもっと激しい戦いが待っている。俺はそう思っている。だからお前を危険な目に合わせたくねえんだ。明日にでも屯所から離れて土方先生の郷里に一刻も早く迎え。」
と諭し、無言で風呂から上がった。
「蟻通さん・・・」
と馬越は去って行く勘吾の大きな背中に見とれてしばらくぼーっとしていた。
【元治元年 七月十七日】
ある日市中警護から戻った勘吾が所属する沖田率いる一番隊が屯所に戻ると、以前に勘吾が出会ったとある人物がこの新撰組の屯所で近藤や土方と話をしていた。部屋からある少年を伴って出て来た人物は、幕府軍艦奉行・勝海舟であった。芹沢が大和屋を放火した一件で岡田以蔵と一悶着起こした時に仲裁に入った人物である。勘吾は思わず膝を突き
「勝先生。その節はどうも。」
と頭を下げるが勝は
「止め止め。表を上げい。ただの野暮用で顔を出しただけだ。貴公、池田屋で大暴れしたそうじゃねえか?」
と耳に入っており勘吾は
「勿体なき御言葉!して本日は何用で?」
と尋ねると、隣にいた少年を
「こいつをおめえさん達新撰組に入れてはどうかと頼みに来ただけだ。おっと、こうしちゃいられねえ。またな。」
と足早に帰って行ったが、勘吾は勝が何か複雑な顔と何か後ろめたい態度で去って行くように見えた。そして近藤と土方に
「全員集まれ!新入隊士を紹介する!」
と先程の少年を前に出す。少年は
「松代藩・三浦啓之助と申します。」
と何処か不真面目な態度を取っていたが、局長の近藤自ら
「この三浦君は松代藩士・佐久間象山先生の御子息である。去る七月十一日、その象山先生が肥後の尊皇攘夷派、河上彦斎という男に討たれこの世を去った。三浦君はその河上の仇を討つ為に入隊した。先の池田屋での我等の武功を聞きつけた幕府軍艦奉行・勝海舟先生たっての頼みである。皆宜しく頼む。」
勘吾達平隊士は
「さくましょおざん?聞いたことあるか?」
「いや、知らねえ。誰だその人?」
「河上彦斎なら知ってるぞ。こないだの岡田みてえな血の気の多い野郎だ。」
「俺達にその仇討ちでも手伝えってのか?局長も人がいい。」
と口々に語っていたが勘吾が
「馬越みてえに根性あればいいけど、それはやってみなけりゃわからんだろ?」
と言いつつ心の中では
(何かこの小僧、三十郎に似たような匂いしてるな。)
と密かに思っていた。
一方新撰組の屯所を出た勝は
(奴等みてえなこれから時代に取り残される連中の中にしか入れんどうしようもねえ坊主だからなあ・・・せいぜい励むがよい。)
と内心三浦に匙を投げているというのが本音であった。
それから二日後、新撰組はいよいよこの狂った動乱に身を投じていく事になる。
史実では井上源三郎は生涯独身ですが、いることにしています。




