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第20話 休みなき新撰組

 【元治元年 六月六日 正午】


 夜中に屯所へ戻ると闇討ちされる可能性がある為、そのまま池田屋に居座り休憩を取っていた近藤勇率いる新撰組は、三条から壬生村まで大手を振って行列した。その頃には負傷者を屯所まで運んで戻って来た勘吾達も混ざり、沿道は野次馬で溢れ、京の大衆達から


「あの黒装束の行列が新撰組か!昨夜は凄かったな!この京を御守りして下さる守護神のようだ!」


と皆が絶賛していた。この日を境に新撰組は、京に潜伏する不逞浪士達から恐れられる存在となっていった。


【元治元年 六月十日】


 あの池田屋での戦闘から五日後、東山にある明保野亭という旅籠に、池田屋で取り逃がした残党二十名程が潜伏し、密会しているとの情報を幕府から直属に依頼された新撰組は、池田屋での死闘で戦力が減ってしまった為、会津藩に応援を依頼すると、五名の男達が応援に駆けつけた。新撰組と見廻組が協力しての残党狩りである。


 新撰組からは武田、沖田、山南、永倉、井上、原田、松原、河合、浅野、宿院、山野、松本、会津からの応援隊士加藤民弥、そして勘吾の十五名。会津藩からは会津藩士・柴司、田原四郎、石塚勇吉、常盤常次郎、両角太郎の五名。計二十名で明保野亭に探索へ出動する。道中勘吾は沖田に


「大丈夫ですか?まだ休まれていた方がいいのでは?」


と気遣うも沖田は


「あの時はお前等に醜態晒してしまったからな。汚名返上しねえと。」


とは言うものの、まだ軽く咳をしていた。


 東山の明保野亭に到着した一同は武田が先陣を切り


「会津藩御預かり新撰組!御用改めである!」


と叫ぶと、明保野亭内は普通の客しかおらず、些かびっくりする客達は、構わずくつろいでいた。山南の差配の下、料亭内をずかずかと入って行き、捜索していると長州藩士や不逞浪士の姿はなく、一旦集合しようとすると、奥座敷の方から一人の男が逃げようとした為、武田が咄嗟に


「そいつを逃がすな!」


と指示を出すと、会津藩士の柴司が追いかけて庭先に追い詰め、背後から手槍で腰を突いて後ろ傷を負わせた。直後にその男が


「わ、私は土佐藩士・あ、麻田時太郎である!不逞のろ、浪士ではない・・・」


と名乗り、山南が


「不味いことになったぞ?この方は公武合体路線で会津藩と友好関係にあった土佐藩士。重大な外交問題へと発展する恐れがある。会津と土佐で揉め事にならなければいいが・・・」


と懸念を抱く。勘吾が


「おい!武田!またおめえの采配の不手際じゃねえか?この始末どうするつもりだ?」


と癇癪を起こすも松原や井上に止められ


「落ち着け!今のは仕方ない!」


「あんな形で逃げたら間違うのも無理はない!」


と勘吾を宥めるも、武田の声に反応した柴は落ち込んでおり、震える声で


「・・・俺のせいだ!」


と頭を抱えていた。そして土佐藩邸に事情を説明した後、確認が取れたため解放し、麻田は土佐藩邸に引き取られた。一同解散し、新撰組は屯所に戻った。


 会津藩は事情聴取の上、柴の行為は正当な職務遂行であって問題なしと裁決し、念のため土佐藩邸に見舞の使者と医師を送る。これに対し土佐藩側は、最初に名乗らなかった麻田に落ち度ありとし、公式には穏便に処理する姿勢であった。


【元治元年 六月十一日】 


 一方土佐藩は、現場で逃走を図った上、武士にあるまじき後ろ傷を受けたことを「士道不覚悟」として咎め、麻田を切腹させたことで事情が変化する。


 この報を受けた会津藩主・松平容保は、事態の処理に苦慮する。京都守護職という立場上、他藩との抗争で自ら京の治安を乱すことはできない。一方で土佐藩の面子を立てて事態を収拾するには、両成敗で柴を処断する以外になかったが、いったん正当と裁決した上は柴に切腹を命じる名分がなく、不可能であった。だが、藩主の苦悩を聞いた柴は兄とも相談の上、自主的に切腹することで藩の苦境を救う決意をする。この顛末を聞いた近藤達新撰組の幹部は


「どうする?指示を出したのはこっちだ。我等にも落ち度があった。今後京都守護職や見廻組と揉めなければいいが・・・」


と心配していた。


【元治元年 六月十二日】


 結局、柴が兄の介錯で切腹し、会津藩と土佐藩の衝突は回避された。柴の葬儀には会津藩士の他、新選組隊士達も参列してその死を惜しんだ。この葬儀に土方や武田、河合が号泣して柴を惜しんだ。墓所は京都守護職の置かれている金戒光明寺に建てられた。武田は葬儀の後、何の素振りもなく涙を止め、へらへら笑っていたのを見た勘吾が


(こいつ!嘘泣きか?)


と怒りを堪えていた。それを見ていた松原と河合が勘吾に


「そんな難しい顔すんなよ。今夜は俺達の奢りで皆飲みに行こうぜ。」


と勘吾や馬越達同期の隊士達を連れて祇園へ飲みに行った。そんな中


「俺達も混ぜてくれよ。」


と林が宿院、中村を連れて来ると


「いいけどよ?お前らは金もらってんだから自分で払えよ。」


途中で尾形や蔵之介も参加する事になった。冒頭で


「俺達も池田屋で斬り込みに参加したかったな・・・」


と吐露する尾関や山野に


「まあ、そう言うな。今日は俺が酒奢ってやるからよ。」


と松原が嗜める。林が


「そういや池田屋の中に間者だった長州の越後と松井がいたぞ。松井は俺が斬り捨てたが、越後はまた逃げやがった。また何かしてくるやもしれん。」


と警戒する。その越後とは今後も刃を交えていくことになる。


 この時川島は山崎や浅野と事後の処理。安藤は未だ傷が癒えず、奥沢は池田屋事件で戦死した。勘吾の同期隊士達はこの十一人だけという事になる。その十一人に勘吾は馬越の正体を話す。ここにいる十一人の他にも、武田や馬詰、山崎にもばれそうになっているため、協力して守ろうと頼った。もう土方や沖田達上層部には相談していたが、これから戦いも激しくなり、隊士も増える可能性が大きいからだ。


「馬越。こいつらには話すぞ?友だからな。」


と言って馬越の襟をすっと開くと


「あっ・・・」


と馬越が赤面し


「・・・左様か?気付かなんだ!」


と全員目を丸くしており、山野が


「馬詰親子はお前等が市中探索のどさくさに紛れて行方を眩ませたぞ?もう戻って来ないと思う。俺達も忙しいからあんな屑共まで手が回らんだろう?」


と話すと勘吾が


「あんな役に立たねえ連中等どうでも良い。それより頼む。こいつの事わかってやってくれ。今まで一緒にやって来た同志だろ?」


と頼むと一同


「わかったよ。馬越はそこそこ強いし戦力になるからな。」


「・・・だから武田の野郎がちょっかい出してやがったのか?許せねえなあ!」


と賛同しながら飲み明かしていた。その夜からこの十一人は馬越を守ろうと決めた。


【元治元年 六月十三日】


 これから始まろうとしている動乱に備え、休む暇もなくも朝稽古に励む隊士達の中で、いつも通り武田と三十郎が稽古をさぼっている。林が


「おい、谷さん。池田屋でのあの醜態はなんだ?ろくに稽古もしねえからあんなだせえ姿晒したんじゃねーのか?」


と注意していると、それを他所に武田がまたもや馬越に絡もうとする。


「馬越くーん。昨日は何処に行ってたのかなあ?今晩は私の所に・・・」


と誘っていると、勘吾達同期の隊士達が睨みながら


「こいつには指一本触れさせねえよ。」


「三日前の不祥事、あの反省の色がねえみてえだな?」


「助勤だかなんだか知らねえが、俺達が相手してやるよ。竹刀取れ。」


「軍学師範なんだろ?実力見せてみろよ?」


と一斉に取り囲むと、それを見ていた土方に


「ほら、隊士達がおめえさんに稽古付けて貰いてえってよ。相手してやれよ。」


と怖い顔をしながら武田を睨む。三十郎にも


「あんたの弟達が稽古してるってのにおめえさんは高みの見物かよ?池田屋でのおめえさんの事は聞いてるぞ。浪士を刺して引っくり返ったそうじゃねえか?」


とげらげら笑い出す。隊士に稽古を付けていた井上がやって来て


「これからますます隊務が厳しくなるんだぞ。何故やらぬ?」


と釘を刺すと、同じく稽古に参加していた原田と斎藤が


「男の尻触るのが隊務かよ?耳に入ってるぞ?それに三日前の反省がまるでねえな?」


「・・・此奴ら刀どころか竹刀も握った事ねえんじゃ?」


とカマをかけると


「上等だ!相手してやる!どこからでも来い!」


と武田と三十郎が竹刀を取ると、勘吾達平隊士数十名に袋叩きにされてしまった。土方に


「お前等、そいつら全員に勝てなかったら平に降格な。」


と追い詰められるが、勘吾達の怒りの制裁は止むことはなかった。





明保野亭事件の資料が少なかった事もあり、今回は武田をクローズアップしています

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