第17話 元治元年六月五日のプレリュード
【元治元年 五月下旬】
「ゲホッ!ゴホッ・・・」
「おい、総司。風邪か?」
「大丈夫です。ゴホッ!ケホッ!・・・」
「変な咳してるぞ?医者に行ってこい。お前も最近働き過ぎてるからな。」
新撰組一番隊組長の沖田総司はこの所、風邪をこじらせているのか咳が止まらない日が続き、近藤や土方は心配していた。勘吾達平隊士達も
「先生。あとは俺達がやりますから。先に帰ってお休み下さい。」
と見廻りを交代しようとするも
「大丈夫だ。一番隊の俺が休んじゃ示しが付かねえだろ?」
と言って聞かない。この時期の新撰組は妙に慌ただしかった。監察を勤める山崎や島田、浅野、川島はほとんど京の市中に見張りとして出ており、たまに報告に帰ってはまた急いで出て行くという具合で最近顔も合わせていない。そんなある日、勘吾達数名の隊士が土方に呼ばれる。
「あいつらだけじゃ手が足りん。お前等も監察に入ってくれ。」
呼ばれたのは勘吾、林、尾形、中島。一旦山崎達を呼び戻し、これまでの監察の経緯をまとめる為、山崎達四人と交代するよう命じられた。島田からの報告では
「最近肥後の宮部鼎蔵や長州の吉田稔麿と大沢逸平、土佐の北添佶摩と望月亀弥太等過激攘夷派がこの三条から四条に現れて密談している。」
と引き継ぎを行うと、中島が
「顔の特徴は?」
と聞きながら似顔絵を描いていく。島田や浅野が
「おお!そっくりじゃないか!そいつらを見かけて不審な動きをしたら近くを見廻ってる隊士に伝えろ。絶対自分達で動くなよ?」
と監察の心得を教わり勘吾達は二組に分かれて監察を交代する。勘吾は中島と三条へ、林と尾形は四条に向かった。
勘吾と中島が三条通りを歩きながら
「よお、あんたっていっつも何処ほっつき歩いてんだ?随分忙しそうだが?」
と尋ねると中島が
「俺は長男だから中々親が入隊を許してくれなくてな。同郷の土方さんに頼んで何とか入隊したって所なんだが、結局は江戸で待機しながら武州・甲州・相模の地理調査と情勢報告ってな具合だよ。本当はお前等と一緒に斬り込みてえんだけどな・・・向こうも夷国が来てからすっかり変わっちまっててよ。薩摩や長州はエゲレスと戦争したって言うんだから。この国はどうなって行くんだか・・・」
と中島もこの御時世に対して心配している。二人でそんな話をしながら歩いていると、勘吾の足が急に止まり
「・・・何か匂いがする。」
と立ち止まったのは
【池田屋】
という名の旅籠である。中島は
「匂いって・・・お前腹でも減ってんのか?」
と尋ねると勘吾は
「・・・いや、何でもない。」
とだけ返す。今は監察の任務に就いている為言えなかったが
(・・・ここ、きな臭い匂いがする。何かあるのでは?)
と頭の隅に入れておいた。そんな時、とある人物達とばったり合ってしまう。会津見廻組の今井信郎らである。勘吾と中島はやり過ごそうとしたが、今井は
「新撰組が何やって・・・」
とそこそこ大きな声で話そうとしているのを勘吾が路地裏に連れて行き
「其方等は市中見廻りの基本も知らぬのか?ただ歩いてるだけでは不逞浪士を特定出来んだろ?」
と今井の口を押さえながら説明すると中島が
「・・・あんたら馬鹿だろ?我が物顔でずかずかと。」
と呆れており、今井ら見廻組は何か言いたそうな顔で無言で去って行った。勘吾は
「・・・中島。幕臣相手に良く言えるな。」
と感心すると中島は
「本当の事だろ?俺達の任務もやり辛くなる。」
と言ってのけた。勘吾はその後、別の場所でも足が止まる。そこは
【近江屋】
という名の旅籠である。勘吾は
(さっきとは別の匂いだな。一応頭に入れておこう。)
数年後、この近江屋で事件が起こるとは勘吾も知る由もなかった。
【元治元年 六月五日 早朝】
一方、勘吾達と交代で屯所に戻った諸士調役兼監察の山崎、島田、浅野、川島の四人は経過報告をまとめ、近藤や土方、山南にとある人物の事を報告する。島田が
「四条小橋上ル真町の枡屋の主人、枡屋喜右衛門という男の所に肥後の宮部や長州の吉田等の過激攘夷派の連中が頻繁に出入りしている。」
更に山崎も
「あの枡屋は炭薪商なんどすが、何やら炭の匂いと違うて火薬の匂いがしてなりませんのんや。」
という報告を受け、土方は
「近藤さん。確認した方がいいよな?」
と隊士達を集める。土方は隊士を集め
「武田君。隊士数名を連れて四条小橋上ル真町の枡屋へ御用改めに行ってくれ。」
と指示を出すと島田、山崎、馬越、尾関、山野、松本、新田を連れて四条の枡屋へ赴く。そこに探索していた林と尾形も加わり十人で踏み込む。武田が開口一番
「主人はいるか?!新撰組御用改めである!」
と叫ぶと、枡屋の奥からのそのそと男が出て来る。
「何用どすか?」
と男は覇気のないどこか後ろめたい表情で武田達を見ている。島田が
「御用改めである!中を調べさせてもらう。」
と話している時、武田がどさくさに紛れて馬越の尻を撫でると
「ちょっと!何するんですか?」
とよろけて後ろへ下がる馬越が、側にあった隠し戸に当たって扉が開かれ、中から大量の武器弾薬が閉まってあったのを発見する。。それらを押収した島田達が
「・・・何だこれは?」
と不思議がっていると、男が逃げようとする。だが、松本と新田が押さえつけ、男は捕縛された。武田が
「でかしたぞ!馬越君!」
と馬越の尻を叩くと
「勤務中ですぞ!お止め下され!」
と怒鳴り武田から離れる。島田の指示で林は勘吾達三条の監察に報告に行き、山野は屯所の近藤達に伝えに行く。三条の監視は川島と浅野が戻り勘吾達と引き継ぐが、中島が何処か気になる様で
「もう少しここの様子を探りたいからお前は行け。」
と勘吾を浅野と一緒に枡屋へ送る。直ぐさま四条の枡屋へ向かった勘吾と浅野が桝屋へ到着すると、玄関先で島田達が張っており
「応援を呼んでくるからここを頼む。」
と告げ
「この兵器の所有していた浪士が取り返しに来るかもしれない。まだ数もわからないが気を付けて見張ってくれ。」
と島田はが捕縛した男を三人で屯所まで連行しに行った。その間に浅野が
「いざとなったら二人で斬りましょうぞ。」
と息巻いてると勘吾が
「おい。稽古でへっぴり腰のおめえがどうにか出来る問題じゃねえ。今この場にこれだけの人数しかいねえんだぞ?緊張感持てよ。」
と釘を刺していると、近藤と土方、山南達副長助勤が揃って確認しに来た。その中に三十郎もおり、武田と一緒に
「お前等下っ端は外に出ていろ!」
「局長がお通りだぞ!」
と怒鳴り散らし、近藤等に
「さあさあ、こちらです。」
とにこにこしながら桝屋の奥へ幹部達を招く。勘吾や浅野は
(こいつほんと馬鹿だよな。兵器だらけの中に偉い人達先に入れてどうすんだ?おめえが先に入れよ。上の人達を弾よけにでもしてーのか?この糞坊主。)
(この人達、島田さんの話ちゃんと聞いてないだろ?よく火薬まみれの建物にずかずか入って来れるな?)
と呆れている。土方が勘吾に
「お前と浅野は応援来たらそいつらと交代して、山崎達と市中の探索に戻れ。」
と指令を受ける。数分後、中村、宿院、葛山と新入隊士の柳田三二郎が派遣され、去り際に土方へ
「俺の勘なんですけど、三条の池田屋と近江屋で危険な匂いがするんですよ。」
と話すが土方に
「誰か不審な者でも見たのか?」
と質問されるが
「いや、今の所は見ませんでした。ただ何となく・・・」
と報告すると土方が
「まあいい。先ずはここだ。」
と特に気にすることもなく桝屋の中を調べる。中から武器や火薬の他、諸藩浪士との書簡や血判書が発見された。そして馬越、尾関、尾形、山野、新入隊士の柳田三二郎に
「ここにある全ての物を屯所に運ぶから、それまで見張っててくれ。」
と土方に指示される。因みにこの五人と山南は屯所まで兵器を運び、そのまま警備に付くことになる。近藤は書簡を読みながら山南と相談し
「会津藩に報告しよう。敵の数がどれだけいるかわからない。我等だけで解決出来る問題じゃない。」
と進言し、近藤は
「永倉君、藤堂君。一緒に着いてきてくれ。」
と言ってその足で京都守護職が置かれている金戒光明寺に向かい、土方は
「総司、源さん、一旦戻るぞ。」
とまだ屯所に残っている隊士を呼びに行く。数分後、近藤や土方が去って行くのを見て、数十名の不逞浪士が桝屋を守っている馬越達に襲いかかる。
「何者だ!」
と馬越が叫ぶと、無言で斬りにかかる数十名の不逞浪士達に残された馬越達五人が奮戦するが、助勤でこの場に残った武田や三十郎は
「何としてでも守れ!お前等の代わり等いくらでもいる!」
「気合いが足りん!何だその様は!」
と高みの見物をしている二人を他所に馬越達五人はよく絶えたが、尾関や山野が
(こいつら!ほんと屑だな!)
(その槍は飾りか?目障りなんだよ!)
と無言で二人を睨み付ける。数分後、原田と松原が四番隊と十番隊の隊士を引き連れて加勢に来ると、不逞浪士達は逃げていった。原田が
「お前等、よく頑張った。あとは俺達小荷駄方が運ぶから屯所に戻っていいぞ。」
と話すが、馬越が遂にぶち切れ
「先生!この先生方は不逞浪士相手に見てるだけで一切戦わなかったんですよ?何でこんな奴らが!」
と悔しさを滲ませる。原田がその言葉を聞き、他の隊士達も小荷駄方と一緒に兵器を積みながら頷くと
「おい、結局てめえらは口だけの屑だな。この一件片付いたら土方さんに締めてもらうからな!」
と武田と三十郎を睨むと、二人は素知らぬ顔で屯所に戻っていった。この一件は、これから始まる長い一日のほんの序曲に過ぎなかった。
勘吾は新撰組の鼻であり、事件の匂いを嗅ぎつける能力を持っています




