第15話 侍として生きる覚悟
【文久三年 十月中旬】
「やあ、ご機嫌よう。」
芹沢一派壊滅の後、新たに再編された新撰組の総長に就任した山南は、普段と変わらず壬生界隈の人々に挨拶していた。この新撰組は別名「壬生狼」と呼ばれ、京の人々からは恐れられているが
「新撰組の方々は皆怖い御人ばかりやけど、あの山南先生だけは親切者やわ。」
「山南はんは別や。強うて優しゅうて、いつも笑顔で、子供達に学問も教えて下はってほんまええ人やわあ。」
とこの新撰組で唯一
「話のわかる近づきやすい隊士」
として認知されている。松原も親切者として慕われているが、勘吾達同期入隊者から見れば
「肉体派の暑苦しい奴」
と少し勝手が違う。勘吾達平隊士にとっても
「人当たりがいい総長」
と悪く言う者はいない。この新撰組にとって
「山南先生が飴で、土方先生は鞭。どちらが欠けてもいけない。どちらかが欠ければ新撰組は壊れる。」
と勘吾は察していた。勘吾はある死番を山南と勤めていた時に
「山南先生。何故あなた程の親切者がこの新撰組に?」
と聞くと、山南が
「私もこの世の中が大きく変わろうとしているのを感じて、自分も何かやらなければ、何か出来ることがあるんじゃないかと思っていた。だけどそれが何かずっとわからずにいた。そんなある日、近藤さんや土方君に出会ってね。試衛館で出会った彼らと交流して、皆でいろいろ考えてね。気付いたらここにいた。今は満足してるよ。一介の浪人がこの京の治安を守ってるんだから。」
と話している間に不逞浪士らしき者が二人走って行き
「行くよ。蟻通君!」
という掛け声と共に山南と勘吾はその二人の不逞浪士を斬り捨てた。北辰一刀流を極めた山南の一太刀に勘吾は
(普段から優しい顔をしてるのに、いざというと頼もしいなあ。)
と感心する。
【文久三年 十月下旬】
会津藩預かりとなってからは不逞浪士の取締に専念するようになった新撰組は将軍・徳川家茂の警護の為に大坂に滞在していた。大坂南堀江町にある谷万太郎が経営する道場に駐屯していた。そんな時、斥候に出ていた山崎と新入隊士、浅野から報告が入る。
「高麗橋傍にある豪商・呉服店の岩城升屋に、押し借りを目的とした不逞浪士数名が押し入り候。」
【岩城升屋事件】
通報を受けた土方と山南だったが
「皆任務で疲れている。我らで行こう。」
と山南が提案すると
「俺はまだバテてませんよ?」
「私もいつまでも休んでいられません。」
と勘吾と馬越が一緒に行くことになった。土方は二人をちらっと見て
「・・・しょうがねえ。俺達だけで行くか!」
と現場に急行すると
「もう堪忍しておくれや!」
と店内で激しい物音がする。土方が門前で
「会津藩御預・新撰組御用改めである!」
と叫び声を上げると
「何者だ!新撰組だと?」
とわかっていない様子で全員刀を抜くと、浪士の一人が
「貴様等!我等はそんの・・・ぐわっ!」
と話している間に勘吾が鞘に入れたままの「播磨住昭重」でその浪士の顔面を殴打する。すると浪士達は問答無用で四人に斬りかかると、店内で激しい剣戟が繰り広げられた。
「もう一度言う!我等は会津藩御預・新撰組である!」
と山南が叫ぶと、不逞浪士達が次々と襲いかかるが、勘吾、土方、山南、馬越が斬り捨てていく。三十人はいただろうか?そのほとんどは山南が斬り倒していった。勘吾も土方も
「流石総長。肩書きは伊達じゃねえな。」
「全く頼りになるぜ。おめえさんはよ。敵じゃなくて良かったぜ。」
と感心しているが、手負いながらも奮闘する馬越が苦戦していた所を勘吾が割って入り
「お前、気持ちはわかるけど無理すんなよ。」
と援護した瞬間、最後の一人が二人に向かって斬りかかろうとすると
「危ない!」
と山南が二人の間に
《ドン!》
と割って入り
「ぐっ!・・・・・」
と痛みを堪えている。馬越が
「山南先生?」
と声をかけると、山南の左腕から大量に出血していた。それでも山南はその不逞浪士と刃を交え
《ガキーン!》
という音と共に山南の刀「摂州住人赤心沖光」が激しく刃こぼれし、切先から1尺1寸の所で折れてしまった。だが、それでも山南は負傷した左腕と折れた刀でその不逞浪士を
《斬!》
と真一文字に斬り捨てた。あの親切者の笑顔がたちまち鬼神のような苦悶の表情に変わり、土方が
「山南さん!しっかりしろ!」
と腕に巻いていた襷をほどき、血止めをする。
「山南先生?あんたって人は・・・」
勘吾は思わず感極まってしまった。山南は
「こ、これが日ノ本を守る・・・さ、侍として生きる覚悟だ・・・・」
と言いながら左腕を押さえ、折れた刀を鞘に収めるが、土方に
「馬鹿野郎!刀なんてどうにでもなる!蟻通!馬越!戸板借りてこい!医者まで運ぶぞ!」
と涙を堪えながら指示を出す。勘吾が
「・・・俺達を庇って・・・優しい人ってこういう損をするものだな。」
と思いながら山南を運んだ。
後日、不逞浪士を撃退した功績を称えられ、京都守護職の松平容保から山南へ金八両を賜ったが、山南はこの事件で左腕を負傷し、二度と刀を握れなくなってしまった。馬越が
「私のせいで・・・」
と落ち込んでいたが勘吾や土方が
「お前のせいじゃねえよ。」
「そうだ。これが新撰組の覚悟だ。気を引き締めろ。」
山南が折れた刀の「押し型」が、土方が故郷にいる小島鹿之助に送った。この山南の愛刀「摂州住人赤心沖光」はもう使い物にならなくなり、気を遣った勘吾が入隊したときに持ってきた大量の刀を
「新しい刀が手に入るまでよろしければ・・・」
と上げようとしたが山南に
「それは君の勝利の証だろう?私は勝負に勝ったが刀に負けたんだ。」
と落ち込んでおり、受け取ろうとしなかった。勘吾はよくわからなかったが山南に
「要するに刀に込めた気持ちが負けたんだ。だから手負いになってしまったんだ。悪い見本だと思ってくれ。君は負けるなよ。どんな困難が襲いかかろうともな。」
とにっこり笑い、交際している明里という女性と京の町へ繰り出した。
【文久三年 十二月二十七日】
「野口。期限が過ぎた。もうわかってるよな?」
土方に呼び出された野口が切腹を言い渡された。野口は言い訳もせず頷いた。芹沢一派が押し借りした隊費の訴訟がまとまらなかった。手伝っていた山南や永倉、河合や酒井等の勘定方達は
「この人のせいじゃないのに・・・」
と複雑な表情を浮かべながら野口を見ていた。勘吾も
「あんな連中の責任を押しつけられて可哀想に。」
と呟いていると、野口から
「君は壬生狼の鼻だ。誰が敵か味方かよく嗅ぎ分けて判断するんだ。決して俺みたいになるなよ。それでも俺は幸せだ。侍として腹斬って死ねるんだからな。」
と言い残した。こうして芹沢一派最後の生き残り、野口健司が切腹した。介錯は同期の壮年隊士安藤だった。安藤は介錯後、八木邸の女中達と餅つきに笑顔で手伝っていた。通りかかった林が
「何て野郎だ・・・八木さん、安藤はきちんと手を洗いましたか?」
と八木源之丞に尋ねると
「何かあったんどすか?」
と聞き返すと林が
「今さっきこの人、隊士の切腹の介錯したばかりなんですよ。」
と八木源之丞に伝えると
「ええっ!」
と驚く。勘吾も
「よく笑ってられるよな?このおっさん。」
と呆れているが、その安藤が勘吾に
「なあ蟻通、お前介錯やった事はあるか?ただ斬るんじゃあねえぞ。」
勘吾は人を斬った事はあるが、介錯はない。すると安藤が
「介錯ってえのは武士の情けだ。腹斬ったくらいじゃ人は簡単に死なねえ。原田先生がよく自慢話にしてるだろ?「俺の腹は金物の味を知ってる。」ってよ?それを楽にしてやるのが介錯だ。ただ人を斬るよりずっと難しい。首の皮一枚残して下にすとんと落とさなきゃいけねえ。しくじれば自分だって白い目で見られる。「それでも武士か!」ってな。それ以上にさっきまで仲間だった奴の首を綺麗に落とさなきゃいけねえ。今こうして笑ってるのは、そんな悲しみを忘れたいからさ。」
安藤も野口の首を斬るのに忍びなかった。だからこそ無理に明るく振る舞っていたのだ。安藤はこの介錯の後しばらく副長助勤を勤める事になる。
この野口の葬儀の際に馬越は武田と頼越人(隊内で切腹した者や亡くなった者の埋葬手続きを取り仕切り、その最期を見届ける役職)を務めていた。その時四条大宮の光縁寺に二人で赴いた際武田が
「線香の匂いより御主の匂いの方がいい香りがする。」
と言いながらまたも馬越の尻を触ろうとすると
「いくら組長と言えども許せませぬ!」
と手を払うが
「無礼者!貴様平隊士であろうが!」
と怒鳴りつけるが、後ろに近藤が現れ腕組みしながら
「何してるんだ?」
と睨み付けると武田が
「いいえ。いいえ。それより局長。その刀が噂の虎徹でしょうか?」
と話を反らす。そんな時、沖田と勘吾が近所の子供達と一緒にふざけて遊んでいた。
「沖田先生が鬼だぞお!皆逃げろ!」
と言いながら馬越を抱きかかえ走って行った。
「もお!蟻通君たらあ!」
と馬越も笑いながら去って行き、その後ろ姿を見ていた武田が
「またあいつか!」
と言いながら癇癪を起こしていた。
山南総長最大の見せ場でしたが、資料が少なく苦労しました




