第14話 壬生狼の鼻
【文久三年 十月初旬】
芹沢鴨という邪魔者がいなくなった新撰組は新たに隊士を募集したが、今回の面子を見て勘吾は
「胡散くせえ奴らだ。」
と思っていた。入隊してから三ヶ月、次から次へと胡散臭い奴らが入隊してきた。
弁が達者でおべっか使いの武田観柳斎、大きな体躯に似合わず声の小さい地獄耳の山崎烝、逃げ足が早く自棄に影が薄そうな浅野薫。こいつも医者の倅だそうだ。見るからに川島と同じく臆病者の酒井兵庫、元虚無僧で無口な元会津藩士・葛山武八郎。そして我が物顔で偉そうな態度の谷三兄弟。この時、今回入隊したこの男達は後に新撰組にとって災いをもたらす事は知るよしもなかった。
「今回戦力になれそうなのはは新田革左衛門、松本喜次郎くらいか?他の奴らは見るからに弱そうだな。」
だが近藤は
「甲州流軍学の武田君と種田流槍術の谷君は副長助勤になりたまえ。」
と言ってる始末。勘吾は
(ほんと近藤さんは騙されやすいよな。此奴ら癖が強いだけだろ?俺は平でいいけどよ、此奴らの下には絶対付きたくねえな。如何にも俺を盾にして逃げそうだ。)
と思っていた。同期の安藤や林も
「こいつら全員俺でも勝てそうだ。」
「ほんとに使い物になるのか?」
と同じ疑問を持っていた。だが勘吾は
「まあ、待てよ。見かけで人を判断しちゃいけねえ。実際やってみなけりゃわからんだろ?おい!そこの三兄弟!俺と勝負しろ!」
と谷三兄弟に声をかける。勘吾も薄々は感じており
(皆の目の前で恥かかせばいいだろ。)
という考えである。谷三十郎が
「無礼者!私を誰だと心得る!私は備中松山藩士旗本の侍だぞ!」
とは言うものの
「は?おめえらお家断絶されたって聞いたぞ?だったら俺達浪人と変わらねえよな?能書きはいいからかかって来いよ。」
と挑発すると、三十郎が槍を片手に取り
「種田宝蔵院流槍術を見せてやる!」
と息巻いてるが、勘吾が
「何だ槍か。刀より簡単に奪えるぞ。旗本は退屈だからここに来たんだろ?遊んでやるからとっとと来いよ。」
と再び挑発すると、三十郎が
「貴様!俺を舐めるな!」
と槍を突くが、勘吾は三十郎の突く槍の上に
《ぶわっ!ひょい。》
と飛び乗り、槍の上から三十郎の顎に思い切り蹴りを食らわせ、槍を奪った。
「一番槍頂き!」
と伸びている三十郎から槍を奪ったのだが、原田に
「蟻通。強いのはその兄貴じゃねえ、あの人だ。俺も島田もあの人の道場で槍を教わったんだ。」
その後ろに童顔だが大きな体躯の男が勘吾を睨む。
「俺は谷万太郎。種田流槍術の他に直心流も極めて申す。」
勘吾は直感的に
「俺は嗅覚なら自信があるんだ。あんたが今回の新入隊士で一番歯応えがありそうだな。面白い。あんたの槍も奪ってやるよ。」
と竹刀を構える。島田が
「いつもの二刀流はどうした?この人はその辺の奴らとは訳が違うぞ。」
と説くも
「だから一本でやるんだ。いいから来いよ。」
と霞の構えを取る。万太郎は
(こいつ、出来る。)
と思いながら顔の力を緩め、にっこりと笑う。だが原田と島田が
(不味い!万太郎は本気だ!)
(出た!宝蔵院流奥義・大悦眼!)
と懸念を抱くと、万太郎の鋭い槍裁きが勘吾を襲う。沖田が
「俺の三段突きより遅い。奴なら奪える。」
と楽観していると、勘吾が万太郎が連続で突く槍にしがみつき、槍の中心を
《ぐるぐるぐる!》
と勢いよく三回転し、万太郎の槍を奪った。これを見ていた隊士達は皆
「・・・こいつなんて体術持ってやがる?相手の槍の長柄を掴んで回転するとは・・・」
林が笑いながら
「よっ!壬生の山猿!」
とからかうと一同笑いに包まれる。万太郎は
「ほお、面白い奴がいるものだな。この新撰組は。気に入った。貴様にはどんな武器も通用しまい。」
と感心していると、川島が
「それはそうですよ。此奴は拳銃すら奪うんですよ。」
と盛り上がっていた。三十郎は
「この野郎。俺に恥をかかせおって!」
と輪の外で苛立っていると、末弟の周平を呼び
「あとで話がある。ちょっと耳貸せ。」
と何やら企んでいるようだったが、周平に
「私が近藤先生と?!そんな無茶ですよ!」
と驚くが三十郎に
「お前、俺達が今どのような状況かわかってるんだろうな。」
と周平を睨み、周平は渋々
「・・・わかりました兄上。」
と答えた。この谷三兄弟は最早お家断絶で帰参する事も許されない立場だった。だからこそこの新撰組で名を上げなければならなかったのだが、今は次弟の万太郎を囲んで明らかに立場を失っていた。
一方、芹沢一派残党の馬詰柳三郎はこの所、男色の武田にいたく気に入られており、いつもべたべたくっ付いて歩いていた。柳三郎は近所の郷士、南部亀二郎家の子守女と仲が良かったことから隊士の間で
「南部の子守のお腹がふくれた、種は誰だろ、馬詰のせがれに聞いてみろ聞いてみろ」
とからかわれた。その為に武田に付き合って男色のフリをしていたのだが、その武田が馬越の尻をいやらしく触る。手負いでまだ三角巾を下げている馬越は
「お止め下され!私はそのような気はありませぬ!」
と拒絶していると、柳三郎に
「ちょっとくらい良いではないか。武田先生が貴公を気に入っておられるのだぞ?」
と言いながら馬越を押し倒す。すると馬越が激昂し
「貴様!無礼であろう!」
と馬越が柳三郎の股間に蹴りを入れると、柳三郎は悶絶し、稽古を見ていた土方に
「武田!馬詰!馬越に何をした!此奴は手負いで稽古も出来ないのだぞ!お前等はいつまで遊んでるんだ!ちょっとはあいつらを見習え!」
と怒鳴られる。更に
「柳三郎。お前最近稽古もしないで女と遊んでるそうじゃねえか?俺が直々に相手してやる。竹刀持て!」
とどやされ、土方にぼろぼろにやられていた。今ではすっかり近藤の使いっ走りにされている勘介も
「貴様もだ!親子揃ってだらしがない。それでも新撰組隊士か!」
と恫喝されるも、近藤が
「歳、こいつはいいだろ?弱い者苛めになっちまう。」
と止めるが土方は
「この新撰組に弱者等いらん!こんな様で不逞浪士に勝てると思ってるのか!」
と全員に叱り飛ばす様に怒り出す。川島や河合、新入隊士の酒井は
「鬼だ。鬼の副長だ・・・」
と恐れていた。馬越はそんな土方に
「副長。この腕が治ったら私はこの男と立ち会わせて下さい!」
と武田を睨むと
「いいだろう。お前は根性の固まりだからな。今は養生せい。」
と声をかけられ、新入隊士の新田や松本は
「なんだ。いい人じゃん。」
と胸を撫で下ろした。そんな輪の外で山崎が勘吾の背後に静かにぬっと現れ
「蟻通はん。ちょっと・・・」
と勘吾を呼び出す。山崎と勘吾が輪から離れ
「蟻通はん。武田の奴が馬越を狙ろうてますよ。もう隠すのは限界なのでは?」
とひそひそ話し込んでいると
「お前ら、二人でこそこそ何話してる?」
と沖田に呼び止められる。山崎から
「武田と馬詰にばれそうになっとったんです。この新撰組に男色がいてはるとは・・・」
と沖田に報告する。沖田は
「何かあったのか?」
と尋ねると山崎が
「さっき皆様で盛り上ごうてましたやろ?そん時武田や馬詰が馬越はんの身体を触らはって・・・」
と一部始終見ていたようだ。沖田は
「今は不味いだろ?折角まとまりかけてんだからよ。土方さんも今はあの形相だしよ・・・機を見て俺から報告しとくよ。」
と言ってはいるが
(確かにこのままじゃ不味いよなあ・・・)
と悩んでいた。
ところで、芹沢一派粛清の対象から外れ、唯一人取り残された野口健司は、芹沢達が残した壬生浪士組を騙った押し借りの訴訟案件に巻き込まれていた。土方からは
「年内に解決しなかったら責任を取って切腹してもらう。」
と脅されていたが、不憫に思った山南や永倉が手伝っており
「お前も芹沢に付き合わされた挙げ句に辛い事背負わされて大変だなあ。」
と野口を庇っていた。勘吾も
「あんたは芹沢達とは違う。俺も手伝うよ。」
と言って手伝いに来ており
「また隊士が増えた。今度の奴らはきな臭い連中ばっかるだ。」
とぼやくと野口に
「山崎が地獄耳なら君は壬生狼の鼻だな。君には新撰組の内外を、敵や味方を嗅ぎ分ける鋭い嗅覚を持っている。狼が獲物に食らいつく嗅覚のようなものを持っているような気がしてならないよ。俺にもそんな大事なものがあったらなあ・・・」
と何かを思わせる言葉を発した。きっと野口はそんな五感に恵まれず、芹沢に付いて行った自分を悔やんでいるのだろう。
野口は芹沢一派の中でも善人にしており、後年勘吾の行く末を決める人物となります




