査問
(エレノア)
教授会の間は講堂の二階の北の端にあった。
細長い卓の奥に学院長が座り、両側に実習の先生と魔法理論の先生と算術の先生と古法の先生が並んでいた。壁際に寮監の先生と警備の長がいて、卓の端では学院の記録係が帳面を開いていた。
学院長の右手の少し離れた椅子に、灰色の服の男の人が座っていた。どこにも目の留まるところのない顔だった。
「宰相府の秘書官、ファルク殿。宰相府の立会いとしておいでいただいた」
学院長が言うと、その人は穏やかに頭を下げた。宰相府の秘書官に会うのは初めてだった。
わたくしは卓の手前の椅子に座り、お父様はうしろの壁際の椅子に座った。付き添いは口を出さない決まりだと、学院長の手紙に書いてあったので、お父様は門を入った時から黙っている顔をしていた。
リリアさんは寮監の先生の隣にいて、手の布は肘の下までになっていた。
記録係が申し立ての紙を読み上げた。二年の保護者三家の連名。演習の朝の当番が封の破れを見落としたのではないか、あるいは自分で手を入れたのではないか。
「学院が確かめたことを先に言う」
学院長が言った。
「合同演習で使った調律石には、細工があった。細工の中身は、照合のために、この席でも申さない。今日確かめるのは、当番であったヴァレンシュタイン嬢に責任があるかどうかだけだ」
学院長がわたくしを見た。わたくしは七行の紙を卓に置いた。字は大きくて震えていたが、読むのに困る字ではなかった。
「帳面にあることは、それぞれの先生に確かめていただきたいのです。わたくしが自分で申せるのは、五つ目から先だけです」
学院長は頷いて先生方の顔を順に見た。
先生方が、前の晩から朝までの帳面の行を一つずつ認めた。検めた刻、術具係に渡した刻、封をした刻、夜の見回り。
「演習の始まりに箱の封を割ったのも私だ。割る前に蝋を指でなぞった。印にも蝋にも、割れも欠けもなかった」
実習の先生がそう言うと、古法の先生が手を挙げた。
「当番が中まで見ていれば、防げたのではないかね」
「当番は鍵を持ちません。封の外を見て、帳面に名を書く役です。中を見るのは、前の晩の先生のお役目でした」
わたくしはそこで少し言葉を探した。
「封は、封をしたあとのことしか守りません。封をする前に手が入っていたら、封が無事でも中は変わっています。あの朝わたくしが見た封に、破れはありませんでした。実習の先生が開ける前にご覧になった時も、なかったそうです。見落とした破れがあったのではなく、見落とす破れがなかったのだと思います」
古法の先生はしばらく黙っていた。
「封の外を見る役に中の責めまで負わせていたのは、こちらの読み違いだったようだ」
そう言って、古法の先生は帳面に何か書き足した。
「六つ目。前の晩、夕方の鐘の少し前から夜の鐘まで、わたくしは医務室にいました。七つ目は、その時のことです」
わたくしがリリアさんを見ると、リリアさんが立ち上がった。
「わたしが実習室で練習しすぎて、目が回ってしゃがみこみました。エレノア様が通りかかって、肩を貸して医務室へ連れていってくれました」
リリアさんは先生方を一人ずつ見た。
「わたしは途中で少し眠りました。起きた時は、いつも寝台の横にエレノア様がいました。眠っていたあいだのことは、見ていません。医務室の先生の帳面に、来た刻と帰った刻があります」
学院長が医務室の帳面を開いて刻を読み上げた。
「医務室の先生も同じことを申している。その刻のあいだに、ヴァレンシュタイン嬢が医務室を出た記録はない」
算術の先生が小さく頷いた。
「もう一つ聞いてよいかね」
実習の先生の隣で、魔法理論の先生が言った。
「申し立ての紙の終わりに、当番の者は自分で救う役を買って出たのではないか、という一行がある。あなたは石に手を置いた。なぜ置いた」
わたくしはすぐには答えられなかった。奉献の日の下書きの、銀の髪の令嬢の立ち去るを見し者あり、の行を思い出した。あの時は立ち去る役で、今度は救う役だった。頼んでもいない役をもらうのは、これで二度目だった。
「冷やせるのが、あの場でわたくしだけでした。離れたところから呼んだ水は、湯気になって届きませんでした。父には、危ないと思ったら手を離せと言われていました。離しませんでした。それが正しかったのかどうかは、まだ分かりません。でも、危ないほうへ手を出したことと、細工をしたことは、別のことです」
魔法理論の先生は黙って頷いた。実習の先生が、石の熱は私が止められなかった、と小さく言い足した。
「当番の者が自分で手を入れたのではないか、という申し立てについては」
「手を入れることができたのは、中を検めてから封をするまでのあいだだけだ」
学院長が答えた。
「そのあいだ、箱は術具係と二年の班の側にあった。誰の手にあったかは、剣術の補講の名簿などで絞れている。だがそれは、この査問で決めることではない」
学院長が先生方の顔を順に見ると、先生方は一人ずつ頷いた。
「教授会の結論を言う。合同演習の当番であったヴァレンシュタイン嬢に、細工の責任を認める証拠はない。封を見落としたことも認められない。細工をした者が誰かは、この席では決めない。学院の調べは続く」
膝の上で手を重ねると、手のひらの突っ張った皮が少し痛んだ。
「宰相府から、何かおありか」
学院長が灰色の服の人のほうを向くと、秘書官は穏やかに口を開いた。
「宰相府として、結論に異存はございません。速報にございました、環を逆に回すような細工を、封の外から見抜けと一年の当番に求めるのは、酷でございましょう」
記録係のペンが止まった。
わたくしは息を吸ったまま吐くのを忘れた。環を、逆に。この部屋では細工があったところまでしか言っていない。速報も細工があったことまでだと、学院長は二日前に言っていた。
「秘書官殿」
学院長がゆっくり言った。
「速報には、細工があったとしか書いておりません。中身はこの席でも申しておりません。中身の報告を宰相府へ出すのは、今日の夕方です」
「左様でしたか。それは失礼をいたしました」
秘書官の声は少しも変わらなかった。
「どこかで耳にしたのを、速報で読んだものと取り違えたのでしょう。学院の噂は早いものですから」
「記録係」
学院長は秘書官から目を離さずに言った。
「今の秘書官殿のお言葉を、そのまま書いてくれ。刻も添えて」
「どうぞ。正確なのは、良いことです」
秘書官はそう言って膝の上で手を重ねた。わたくしと同じ重ね方だった。
うしろで椅子のきしむ音がした。振り向くと、お父様が右手で上着の裾を指の節が白くなるくらい強く掴んでいた。顔は秘書官のほうを向いていて、何も言わなかった。
わたくしは前へ向き直って、吐くのを忘れていた息をゆっくり吐いた。
*
査問が終わると、学院長はお父様とわたくしを廊下の端へ呼んだ。
「誰にいつ伝えたかの紙は、ここにある」
学院長は懐から畳んだ紙を出して、わたくしたちの前で開いた。演習の翌日の学院長の部屋にいた者。その日の昼、お父様とミーナ。その日の夕方、リリアさんのお父様。宰相府の行は一つだけで、演習の翌々日の速報、細工があったことまで、とあった。
「どこで耳にしたのかは、私が確かめる。学院の中で噂になっていたのかどうかも」
「書いておいてください」
お父様が言った。
「今の言葉と、刻と。それから、この紙に載っている者がそのあと誰に話したかを辿るなら、私の家の分は私が書いて出します。私とミーナが、いつ、誰に、何を話したか」
「お願いします。皆に同じことを頼むつもりです」
お父様の右手はまだ上着の裾を握っていた。学院長が戻っていくと、お父様はやっとその手を離し、離した手を少しのあいだ見ていた。
「七行は、お前が書いたのか」
「はい。半刻で。リリアさんが刻を数えてくれました」
「よく出した」
それだけ言うと、お父様はカイル様に何か伝えて、階段を下りていった。何を考えているのかは聞かなかった。聞いても四本目の指だと言われる気がした。
*
講堂を出ると、リリアさんが石段の下で待っていた。
「終わりましたね」
「終わりました。リリアさん、ありがとうございました」
「見たことを言っただけです。眠ったことも」
リリアさんは布の手を少し持ち上げて日に透かした。
「エレノア様。燭台の場所の希望、まだ出してないですよね」
灯火の儀のことだった。帳面の予定の欄のずっと先に、春に書いた行がある。燭台にリボン。丘の上。パン。
「出していません。あの日から、それどころでは」
「出しに行きましょう。柱の陰になったら、ヘルミーネ様に笑われます」
それからリリアさんは少し声を小さくした。
「それと、灯りの練習。いつからにするか、今度、一緒に決めてくれますか」
わたくしは頷いた。リリアさんのほうから言ってくれたのがうれしくて、それが顔に出たのか、リリアさんは笑って事務棟のほうへ先に歩きだした。
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