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【1万PV突破】悪役令嬢の父親に憑依した俺、娘を見捨てる未来だけは絶対に認めない  作者: 白川 透


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光が暴れる

(エレノア)


 術具庫の朝の当番は、一年が二人ずつ順に受け持つ。


 その朝はわたくしの番だった。一の鐘のあとに、実習の先生が術具庫の錠を開け、わたくしは戸口の内側で帳面を持った。術具庫の鍵は先生と二年の術具係しか持たない。当番の一年は鍵に触らずに、箱の外を見て帳面に書くだけだ。

 箱は班ごとに棚に並んでいる。どの箱の蓋にも細い紐が渡してあって、結び目の蝋に先生の印が押してあった。わたくしは窓の側の棚を受け持って、一つずつ蝋を見て、割れも欠けもないことを確かめ、帳面に印を付けた。もう一人の当番の子は戸の側の棚を見ていた。

 四つ目の箱がわたくしたちの班のものだった。蓋に下がった札には「昨夜 内部まで検め異常なし」と魔法理論の先生の字で書いてあった。合同演習の前の晩だけ、術具の中まで見る決まりになったのだと実習の先生は言った。今年の夏に決まったことだという。


「封は、破れていません」

「よし。そこに名を」


 わたくしは帳面の当番の欄に名を書いた。先生が術具庫の錠をかけて、鍵を腰に下げた。それで朝の当番は終わった。


 昨日の夕方、わたくしはここに来ていない。リリアさんが実習室で一人で灯りの練習をしていて、夕方の鐘の少し前に目が回ってしゃがみこんだ。通りかかったわたくしが肩を貸して医務室へ連れていき、夜の鐘が鳴るまで寝台の横に座っていた。来た刻と帰った刻は医務室の先生が帳面に書いた。

 リリアさんは練習のしすぎだと叱られて、寝台の上で小さくなっていた。


「明日の演習で、ちゃんと散らせるようにしたかったんです」

「散らせますよ。今日、わたくしは十回見ました」

「九回です。一回は、灯りがくしゃみしました」


*


 合同演習は午後の二の鐘から、講義棟の裏の実習室で始まった。


 天井の高い石の部屋で、窓は北と東にある。一年の四人班が六つ、壁に沿って並んだ。わたくしの班はリリアさんとノアとユリウスとわたくしだ。二年は手伝いに五人来ていて、術具係のコルネリア様が、実習の先生と一緒に術具庫から運んできた箱を班ごとに配っていた。

 コルネリア様がわたくしたちの卓に箱を置くと、実習の先生は結び目の蝋を指でなぞって、印と割れのないことを確かめた。朝わたくしが見た蝋と同じだった。先生が封を割って紐を切り、蓋が開くと、コルネリア様が中の調律石を両手で持ち上げて卓の真ん中の台に据えた。


「どうぞ。今日は、光の乙女の番ですってね」


 声はいつもどおり明るかった。台から離れた指の先が白かった。


 調律石は拳ほどの透きとおった石で、石を囲むように真鍮の輪が三つ重ねてある。一つ目の環が術を受けて、二つ目の環が整え、三つ目の環が散らす。今日の課題は、光を石に通して、壁に立てた白い板の上に同じ明るさで広げることだった。


「アーヴェル。始めなさい」


 リリアさんは石の両脇に手を置いた。教科書のとおりに息を吸いながら灯りを呼んだ。

 石の中に小さな光が生まれた。一つ目の環が鳴り、二つ目の環が鳴った。光は石の中で丸く整って、三つ目の環へ流れた。そこで散って、白い板の上に柔らかく広がるはずだった。


 光は散らなかった。

 三つ目の環のところで細く絞られ、一本の線になって板を打った。板の真ん中が焦げる匂いがした。


「アーヴェル、ゆっくり吐け。吐きながら灯りを細くしろ」


 先生が言った。止める時の決まりのとおりだった。リリアさんは吐こうとして、喉の奥で息を詰めた。板の焦げる匂いに肩がすくんで、吐くはずの息が止まってしまったのだと思う。光は細くならなかった。石の中の光は逆に膨らみ、三つ目の環が低く唸り始めた。


「止まらない」


 リリアさんの声が裏返った。


「止まらないです。手が、離れない」


 石の両脇に置いた手のひらが、石に吸いつくように白く光っていた。光が手から石へ流れて、石から手へ戻り、もっと強くなってまた石へ流れていく。わたくしの目にはそう見えた。


「皆、壁まで下がれ!」


 先生の声で、隣の班の子たちが椅子を倒しながら下がった。ユリウスが白い板を蹴るように横へ倒すと、光の線は板の後ろの石壁を打って漆喰を黒く焦がした。皆は線から離れて東の戸のほうへ下がった。


「戸を開けます。窓も」


 ユリウスはそう言って、近くの二年と一緒に東の戸と北の窓の掛け金を外しにいった。外の風が入ってきた。


 ノアは台の横にしゃがんで、石から目を離さなかった。


「三つ目の環の鳴り方がおかしい。回る向きが逆の音だ」

「直せるか」

「直さないで。今触ったら、どっちに跳ねるか分からない。一つ目を外せば、術が石に入らなくなる」


 先生は卓の端から鉄の挟みを取って、一つ目の環にかけようとしたが、光の熱で手を引いた。挟みの先が赤くなっていた。


 リリアさんの肘から先が灯りの熱で赤くなり始めていた。リリアさんは歯を食いしばったまま、それでも手を離せずにいた。


「先生。石を冷やします」


 わたくしは台から一歩離れたところで水を呼んだ。細く呼んだ水は、石に届く前に白い湯気になって散った。もう一度呼んでも同じだった。離れたところから呼んだ水では、この熱には届かない。

 石の面に手のひらを当てて、手と石のあいだに水を沿わせれば、膜は散らずに残る。冬の窓の霜を消す時、ミーナはそうして手のひらで拭っていた。


 危ないと思ったら手を離せ、とお父様は言った。

 今からわたくしは、熱い石に手を置こうとしていた。


 リリアさんの後ろへ回って、リリアさんの手首の上から自分の手のひらを石の両脇に重ねた。焼いた鉄の扉に触ったように熱かった。

 手のひらと石のあいだに水を呼んだ。冷たい膜が石の表に張りつくように細く長く呼ぶと、手のひらの下で石がしゅうと鳴って白い湯気が上がった。熱が少しだけ引いた。


「リリアさん。聞こえますか」

「……はい」

「先生のおっしゃるとおりに、吐きます。昨日、医務室で一緒に数えたでしょう。一つ、二つ、と」


 昨日の晩、目が回って寝台にいたリリアさんと、吐く息を十まで数えた。怖い時は先に吐くこと、と小さい頃にミーナが教えてくれた数え方だった。


「一つ」


 リリアさんの喉が動いた。


「二つ。三つ」


 リリアさんが細く長く息を吐いた。手から石へ流れていく光が少しだけ痩せて、石の中の光が一度揺れた。三つ目の環の唸りは止まらなかった。吐いても、環が光を絞るのは変わらない。それでも石に入っていく分は減った。


「今です」


 ノアが言った。湯気の上がる石の際に、先生がもう一度挟みをかけて、一つ目の環を石から引き抜いた。環が床に落ちて高い音を立てた。

 光が消えた。


 石の中が暗くなると同時に、リリアさんの手が石から離れて、身体がわたくしの胸のほうへ倒れてきた。受け止めようとして腕を回し、二人で床に座りこんだ。

 リリアさんは目を閉じていたが、息はしていた。肘から先が真っ赤で、手のひらには水ぶくれがいくつもできていた。


「アーヴェル!」


 先生が膝をついてリリアさんの額に手を当て、脈を取った。


「気を失っただけだ。医務室へ。担架を」

「先生」


 言わなければ、誰もわたくしの手を見ないだろうと思った。


「わたくしも、両手を火傷しています。冷やした時に、石に触りました」


 先生がわたくしの手を見た。手のひらの真ん中が赤く腫れて、指の付け根に白い霜の跡が残っていた。熱いのと冷たいのを同時に握ったのだった。見たとたんに痛みが来た。さっきまでは痛くなかった。


「二人とも医務室だ。ヴァレンシュタインは歩けるか」

「歩けます。でも、手は使えません」

「使わなくていい」


 担架が来るまでのあいだに、先生は台の上の調律石を箱に戻した。床に落ちた一つ目の環も挟みで拾って入れた。蓋を閉めて紐を渡すと、懐から出した蝋を結び目に垂らして自分の印を押した。


「この箱には誰も触らせない。警備の方を呼んでくれ」


 隣の班の二年が走っていった。

 ノアが立ち上がって先生の前に出た。


「中を見たい。熱が引いても、細工の跡ならしばらく残る」

「細工と決まったわけではない」

「決まってない。だから見たい」


 先生はノアの顔を見て少し考えてから言った。


「学院長の許しが出たら、私の立会いで見せる。それまでは封のままだ」


 ノアは頷いて封の蝋をじっと見ていた。


 コルネリア様は戸口の近くにいた。二年の手伝いの子たちと一緒に壁際に下がって、両手を胸の前で握り合わせていた。わたくしと目が合うと、すぐに下を向いた。

*


 医務室の先生はわたくしの手を水の入った盥に浸けてから、薬を塗った。奉献の日にリリアさんが言っていたとおり、しみた。


「よく言ったわね。自分の手のことを」


 医務室の先生は布を巻きながら言った。


「黙っている子が多いのよ。人を助けたあとは特に。黙っていると布を巻くのが半日遅れるの」


 わたくしは返事の代わりに頷いた。声を出すと泣きそうだった。


 リリアさんは隣の寝台で眠っていた。肘から先と手のひらに冷たい布が巻かれていた。医務室の先生は二人が来た刻を帳面に書いた。昨日の夕方と同じ帳面だった。


 廊下で走る足音がして止まった。扉の外でカイル様の声が警備の方と短く話していた。カイル様は中へは入らず、扉の外に立つ足音だけがした。


 布で巻かれた自分の両手を膝の上に置いた。指を曲げようとすると痛かったので、曲げないでおいた。

 手を離せ、とお父様は言った。わたくしは離さなかった。


 隣の寝台でリリアさんの指が少し動いた。手を伸ばしかけて布のことを思い出し、代わりに寝台の縁へ肘をついて、リリアさんの手のそばに自分の手首を置いた。


「リリアさん。ちゃんと、吐けていましたよ」


 眠っている人に言っても仕方がない。それでも起きた時にいちばん先に聞かせたいことを、一度言っておきたかった。

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