光の乙女の予定
娘の返事は問いの一行にだけ答えていた。
――リリアさんは、奉献の礼拝には一年として出ます。前の列には立ちません。四回目のお手紙も断って、学院の事務の方に断ったと届けてあります。
――ところが三日前、学院の行事係の方からリリアさんに当日の予定の紙が来ました。前の列、祝福の歌のあとに殿下へ花、と書いてあったそうです。
――リリアさんが、お父様に話していいと言いました。リリアさんのお父さんにも手紙で聞いて、いいと返事が来たそうです。予定の紙の写しも見ていただいてかまわないそうです。
同封の写しには学院の紋と学院長代理の印があった。
奉献の礼拝の当日。一の鐘、寮を出る。二の鐘の前、礼拝堂の脇の控えの間。祝福の歌、前の列の中央。歌のあと、殿下に白い花。
断った子の予定が、断ったあとに印つきの紙になっていた。
王妃に言われたことを思い出した。危ないことの理由を集めたら先に出して。あの子のことでも、あの子のまわりのことでも。
これは理由の一枚目だった。
*
王妃は北の小さな客間で会った。侍女が一人、扉の脇にいた。
俺は写しを卓に置いた。娘の手紙は置かなかった。
「アーヴェル嬢は、教会からの願いを四度断っております。その断りは学院の事務へ届けてあると、娘を通じて本人から聞いています。そのあとに、この紙が出ました。殿下に花、とある。殿下のご予定がどう決まったのかを、伺いたいのです」
王妃は写しを手に取って学院長代理の印を見た。
「理由を先に出してくれたのね。約束どおり」
王妃が扇で合図をすると、侍女が出ていって、厚い綴りを抱えて戻ってきた。表紙に王太子府の予定帳とあった。
「殿下の予定は侍従が付けて、わたくしが月に一度目を通します。変えたところは、変えた日と、誰の願いで変えたかを横に書かせているわ」
王妃は春からの頁を繰った。俺には見せずに、自分の目で一行ずつ読んだ。三つ目の頁で手が止まった。
「……三つ」
王妃は綴りを俺のほうへ向けた。
――春、二月目、祈りの日。施療院へのご慰問。もとは翌月。変更、教会典礼係の願い。光の乙女の奉仕の日に合わせて。
――春、三月目、休みの日。王都の教会の朝の礼拝にご臨席。もとはなし。追加、同じく典礼係の願い。光の乙女の祝福の朗読あり。
――初夏、奉献の礼拝。殿下のお役目、もとは王家の代わりの捧げ物のみ。変更、典礼係の願い。祝福の歌のあと、光の乙女より花を受けられる。
三つとも横に侍従の次官の署名があった。
「施療院の慰問と朝の礼拝は、わたくしも目を通したわ。教会が光の乙女を大事にしているのは、王家にとって悪いことではないと思って通した。三つを並べて読んだのは、今が初めて」
王妃は綴りを閉じなかった。
「公爵。施療院の日と朝の礼拝の日、アーヴェル嬢は、実際にそこにいたの?」
「分かりません。本人に聞いていません」
「聞いて。わたくしの側は、殿下が行ったことしか分からないの」
王妃は扇の先で三つ目の行を叩いた。
「美しい話は、王家には便利なのよ。光の乙女と王太子。民は喜ぶし、教会は顔が立つ。わたくしも、便利だと思ったことがあるわ。だから三つとも通したの」
扇が止まった。
「でも、この三つ目は、あの子に聞いていない。花を受けるかどうかを、あの子は自分で決められる年よ」
あの子、は殿下のことだった。
「典礼係の願い出の原本は、教会にあるわ。王家から出させることもできる。でも出させれば、王家が教会の帳面を覗いたと言われる。……まず、学院の側を確かめてちょうだい。学院の紙は、学院が出すのが筋でしょう」
「そのつもりです」
「それと、公爵」
立ちかけた俺を、王妃は扇で止めた。
「あなたは、誰がこの美しい話を望んでいると思うの」
「まだ、分かりません。望んでいる者がいる、ということしか」
「そう。わたくしも、望んだ一人よ。それは書いておいて」
*
学院の事務棟へ行く前に、娘に一行だけ送った。事務棟へ行く。寮へは行かない。顔は見に行かない。
行事係は事務棟の二階の奥の部屋にいた。年配の男で、袖に墨の跡があった。机の上に学院長の承認の綴りと、特待生の外出と行事の帳面が並べてあった。
警備の長が同じ部屋にいた。俺が来ると知って来てくれたのだという。
「アーヴェル嬢ご本人と、お父上の許しの手紙を拝見しました。お見せできるのは、アーヴェル嬢の分だけです」
行事係は帳面を開いた。
奉献の礼拝の行には二つの書き込みがあった。
――一年として参列。(教会典礼係より、光の乙女として前列にとの願いあり。本人辞退。辞退の届け、事務にて受理)
――(変更)光の乙女として前列中央。祝福の歌のあと、殿下に花。教会典礼係より再度の願い、王家のご意向ありとのこと。学院長代理承認。
一つ目の行には線が引かれていた。消してはいなかった。読めるように線が一本だけだった。
「変更の日付は」
「辞退の届けの五日後です」
「王家のご意向、とは、誰が言ったのですか」
行事係は承認の綴りのほうを開いた。教会からの願い出の写しが挟まっていた。
「典礼係の願い出に、そう書いてありました。殿下が花をお受けになることは王家のほうで決まっている、ついては学院にも、と。学院長代理は、王家の予定に学院の側だけ合わせないわけにはいかない、と申されて」
「アーヴェル嬢には、聞きましたか」
行事係は少しだけ間を置いた。
「決まったことを、お知らせしました」
行事係は机の上の紙に目を落とした。
「私が書いた紙です。学院長代理の印をいただいて、私が控えの間の者に渡しました。……辞退の届けを受け取ったのも、私です」
王妃の綴りでは、殿下の花の変更は典礼係の願いで決まった。学院の綴りでは、典礼係の願い出に王家のほうで決まっている、と書いてある。王家の側は教会の願いだと思い、学院の側は王家の意向だと思った。どちらの帳面も嘘はついていない。
「この春からのアーヴェル嬢の予定を、通して見せていただけますか」
行事係は頁を戻した。
――春、二月目、祈りの日。施療院での治癒の奉仕。(教会典礼係の願い。授業の一環として学院長代理承認)
――春、三月目、休みの日。王都の教会の朝の礼拝、祝福の朗読。(同上。本人、承諾)
――春、三月目、二度目の休みの日。教会の記録係の聞き取り。光の乙女の記のため。(同上)
――初夏、一月目、休みの日。記録係の聞き取り、二度目。(同上)
四つの行の横に小さな字で、本人承諾、とあるのは一つだけだった。ほかの三つは本人に知らせた、だった。
休みの日にあの子が何をしているのか、俺は知らない。知らなくていいことだ。ただ、休みの日の行がこの帳面では三つ埋まっていた。
俺は警備の長に、王太子府の予定帳で見た三つの変更を話した。日と、誰の願いだったかだけを。
警備の長は黙って帳面の別の頁を開いた。行事の日の警備の割り当ての頁だった。
「施療院の日も、朝の礼拝の日も、殿下がお見えでした。学院の側には、殿下のお越しは前の日に知らされております。光の乙女の奉仕と殿下のお越しが同じ日だというのは、警備の者は知っておりました。知っておりましたが、偶然だと」
「偶然でないと分かったのは」
「今です。閣下が今、殿下のご予定の三つをおっしゃったので」
警備の長は帳面を閉じなかった。
聞き取りの綴りの写しは、記録係が学院に置いていったものだった。行事係はそれも見せてくれた。アーヴェル嬢の許しの範囲です、と前置きして。
問いが十二並んでいた。光が出た日のこと。家族のこと。パンのこと。祈りのこと。
十一番目の問いで目が止まった。
――初夏の奉献で、殿下に花を捧げた時のお気持ちは。
綴りの頭の日付は初夏、一月目の休みの日。二度目の聞き取りの日だった。行事の帳面では、アーヴェル嬢の辞退の届けはそれより前に受理されている。
答えの欄は空いていた。その横に記録係の字で、後日、と書いてあった。
「辞退の届けのあとも、この問いはそのまま残っていたのですか」
「綴りは記録係が初めから持ってきました。辞退のことは、学院から典礼係へも知らせてあります」
行事係は綴りを見つめた。
「アーヴェル嬢は、この問いには答えておりません。花は渡しません、断りました、と言ったそうです。記録係は笑って、後日、と書いた。私は、控えの間の者から聞きました」
花は渡しません。断りました。
あの子らしい答えだと思った。思ってから、俺の知っているあの子は、一晩の食卓のあの子だけだと気づいた。
行事の前に問いを用意しておくのは、聞き取りの支度としておかしくはない。おかしいのは、本人が断ったあとも、花を渡す役のまま問いが残っていたことだった。答えの欄は空いているのに、問いのほうはもう、あの子の役を決めていた。
俺は警備の長と行事係に写しを一部ずつほしいと頼んだ。行事係は学院長に申し上げてから、と言った。それが筋だった。
*
屋敷に戻って手帳を開いた。
――まだ確かめていないこと:典礼係に願い出をさせたのは誰か。記録係の問いを書いたのは誰か。「王家で決まっている」と書いたのは誰か。
――気になること:伯爵夫人のサロンで花の話が出たのは茶会の晩。予定の紙がアーヴェル嬢に届いたのは、そのあと。サロンの誰が、どこで聞いたのか。
その下に王妃の言葉を書いた。わたくしも、望んだ一人よ。それは書いておいて。
美しい話を望む者は多い。教会も、王家も、民も。望むだけなら罪ではない。
ただ、この話には、話の真ん中にいる二人の承諾がなかった。あの子は断った。殿下は、聞かれていない。
手帳の予定表の階段の行を見た。妹の画面では夏の終わりだった。光の乙女が階段から落ちて、殿下が抱きとめる絵があった。妹はその絵が好きで何度も見返していた。
――奉献の礼拝の日の、殿下とアーヴェル嬢の道を調べる。
書いてからペン先を止めた。画面の中の絵を、今の帳面の予定に重ねようとしている。重ねていいのは、重なった時にそれを守りの手順に変えられる時だけだ。
問いの印をつけた。
セバスが茶を持ってきた。茶碗を置いて、王妃府の使いが帰りがけに置いていったという小さな紙を出した。王妃の侍女の字だった。
――殿下にお聞きしました。花のことは知らなかった、とのこと。予定帳を見せたらしばらく黙って、それから侍従に一つだけ頼みました。毎晩、手紙を書く刻にだけは公務を入れないでほしい、と。
殿下が誰に手紙を書くのか、紙には書いていなかった。
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