悪役は誰が作る
カイルの急ぎの報告は三枚あった。
入学してから毎晩届いていたのは二行だった。それが三枚になった。三枚とも端から端まで角ばった字で埋まっていた。書いた本人はたぶん二行の時と同じ顔をして書いたのだろう。
刻の順に並んだ中身は、急ぎの封の一行目を細かくしたものだった。一つだけ、本が出た時に教室で「お菓子の箱の」と言った声があったことが書き留めてあった。
その次に、アーヴェル嬢の言葉が一行、鉤括弧つきで書き写してあった。
――エレノア様がするなら、もっと上手にやります。
その行だけ字が少し大きかった。
三枚目には、集会を途中で出た生徒が三名、うち一名は教科書委員の仕事で教務から一年の教室の鍵を借りた、とあった。名はなかった。お嬢様のご意向により記しません、と一行だけ添えてあった。
欄外にいつもの二欄も書いてあった。
――危ないこと 物の移動一件(右のとおり)。お嬢様の身に危ないことはなし
――体のこと 変わりなし。昼食は少なめ
昼食のことは書かない約束だった。カイルはたぶん、体のことの欄に入れたつもりでいる。
依頼主は俺だ。報酬を出しているのも俺だ。その報告書に依頼主へ伏せる項目がある。前の会社なら始末書ものだった。始末書を書かせる気にはまるでならなかった。名は伏せてあっても、名がどこへ渡ったかと、どういう時に名が俺に届くかは書いてある。
同じ封には娘の字の手紙が一通入っていた。
――お父様。
――お父様への最初のお手紙が、一つ目の欄のことになってしまいました。最初の一行は、もっとほかのことを書くつもりでした。
――今日のことはカイル様の報告のとおりです。わたくしは何も取られていません。リリアさんの本はリリアさんの手に戻りました。錠の傷はリリアさんが見つけました。わたくしより先にです。
――お父様のお手紙のとおりにしていました。それでも机の錠は引っかかれました。誰がしたのかは、学院が調べます。調べる人に要るものは、わたくしたちで全部渡しました。
――来ないでください。
来ないでください、の前に、渡しました、がある。
安心したのと同じくらい悔しかった。娘の机に他人の本が入れられたころ、俺は東の広間でほかの家の普請の数字を聞いていた。
紙の裏の下の端に、表よりも少し小さな字で一行だけ書いてあった。
――追伸。三週目の終わりの休みに、友人を連れて帰ってもよろしいですか。
*
次の日は学院の休みだった。
俺は朝から書斎を歩いていた。窓から扉まで十二歩、扉から暖炉まで七歩、暖炉から窓へ戻るのに九歩。昼までに何往復したのかは途中で数えるのをやめた。
馬車を出せとは一度も言わなかった。言いかけたのは三回だった。三回とも娘の手紙の「渡しました」を思い出してやめた。
夕方、セバスを書斎に呼んで三枚を渡した。セバスは灯りのそばで一枚ずつ読んで、読み終えると三枚を揃えて机に戻した。
「お嬢様らしいお手並みでございます」
「ああ」
「旦那様は、お嬢様らしくないお顔をなさっています」
俺は手帳を引き出しから出して、予定表の頁を開いた。
――教科書 春。二週目か?
その行の「二週目か?」に線を引いて、横に書き足した。一週目の終わり。
書いてからペン先を止めた。
「セバス。十年前の宝石の件を覚えているか」
「忘れようがございません」
娘が五つの時だった。茶会の客の宝石が消えて、娘の部屋から出てきた。誰もが娘を見た。俺も怒鳴った。怒鳴って皆の口を閉じさせた。そのあとで聞き方を変えた。娘は「ドーラは銀器の前で手袋をしていました」と言った。留め金の針の傷とリネン室の予備の鍵の帳面が、それを本当にした。
「あの時と同じ形だ」
声に出すと形がはっきりした。
「物が消える。消えた物が、娘の物の中から出る。見つけるのは娘ではない誰かで、見つけた時には人が集まっている。誰も娘が入れるところは見ていない。見ていないのに、皆が娘を見る。お菓子の箱の、と言った者がいたそうだ」
セバスは黙って聞いていた。
「それから、鍵だ。宝石の時は、娘の部屋の鍵がミーナの手から出ていなかった。出ていたのはリネン室の予備の鍵だった。今度は当番の先生が閉めて、当番の先生が開けた。集会のあいだも先生が持っていたかは、まだ分からない。そのあいだ、教務の鍵が一本、委員に貸し出されていた」
言ってから自分の言葉を並べ直した。娘の物の中から出たことには、見た者がいる。娘以外の者が置けたことは、まだ置けたというところまでしか言えない。
宝石の時、俺はそこを分けていなかった。娘の部屋から出た、の一つだけで怒鳴った。二つに分けるまでに、娘に一度泣かれている。
「もう一つある」
俺は手帳の予定表の頁を指で押さえた。
画面の中の教科書の場面を、俺は覚えている。光の乙女の本が消えて、公爵令嬢の組の棚から出てくる。令嬢は謝らない。妹は「薔薇園で殿下と仲良くしてたから妬いたんだよ」と言っていた。俺もそう思って見ていた。そういう女だから、そういうことをする。画面はそのように進んでいた。
だが薔薇園の出会いは起きていない。娘は拱門の下へ行かなかった。妬く理由がない。理由がないのに本は娘の机から出た。しかも一週間早い。
もし画面の中でも本を動かしたのが令嬢ではなかったとしたら。令嬢の物の中から出た、の欄だけを見せられて、皆が令嬢を見ただけだったとしたら。
そこから先はまだ言葉にならなかった。言葉にする前に手の中で形が崩れた。画面の中の令嬢が何をして何をしなかったのか、俺に確かめる手はない。確かめられるのは今日の教室で何が起きたかだけだ。
手帳に一行だけ書いた。
――悪役は、誰かが作っている? (宝石と教科書に同じ形。ほかの事件にもあるかは、まだ分からない)
問いの印を付けて、それ以上は書かなかった。
「学院に、調べ直しを頼みたい」
セバスは少しだけ眉を上げた。
「学院の使用人の名簿や、教師の身元を出させる、という意味でございましたら」
「違う」
「それでしたら、ようございました」
セバスは静かに言った。
「教師も寮の下働きも、学院が雇い、保証も学院が受けております。公爵家が名簿を見せろと申せば、学院は断れませんでしょう。断れないまま、お見せになる。それはお嬢様のおっしゃった、来ないでください、の中に入ることかと存じます」
「分かっている。だから名簿は見ない。学院の帳面は学院が読む。こちらは、何を読んでほしいかだけを書く」
警備の長への手紙はセバスの前で書いた。
――娘の手紙とローウェンの報告で、昨日の件を承知した。学院がすでに調べておられることに礼を申し上げる。以下は調べの中にすでに入っていれば読み捨ててほしい。
――一、教務の鍵の貸し出しの帳面。借りた刻と返した刻。借りているあいだ、教室の扉が開いていた刻があったか。
――二、当番の先生の鍵が集会のあいだ、どこにあったか。
――三、貸し出しの本の帳面。どの本が誰に渡ったかを、帳面のほかに誰が知り得たか。
――四、集会のあいだ講義棟の二階にいた者。学院の者と生徒のほか、出入りの者も。
――名は、こちらへ知らせなくてよい。娘がそう望んでいる。私もそれでよい。分かったことのうち、娘とアーヴェル嬢の身に関わることだけを、ローウェンを通して知らせてほしい。
セバスは書き終えた紙を読んで、一か所だけ指さした。
「四つ目の、出入りの者というのは」
「ローウェンの報告にはない。学院の規則の写しに、授業のない刻には窓拭きと灯り番が講義棟に入る、とあった。十七頁だ」
「それでしたら、どこで読んだかを添えておかれたほうが」
俺は四つ目の終わりに書き足した。学院の規則の写し、十七頁による。
前の会社で、出どころを書かない数字は会議で必ず突き返された。突き返すのはたいてい俺だった。
娘への返事は、その晩のうちに一枚目で書き終えた。
――分かった。行かない。よく見た。お前の友人にも、そう伝えてほしい。学院には、読んでほしい帳面を伝えた。名は聞いていない。学院の返事は、ローウェンからお前にも行く。
――追伸。休みの日のこと。連れてきなさい。
封をしてから、娘の手紙をもう一度だけ取り出した。お父様への最初のお手紙が、と書いてある行を読んだ。最初の一行はもっとほかのことを書くつもりでした。
ほかのことが何だったのかは、聞かない。
*
学院からの返事は三日後に来た。カイルの二行の報告に、警備の長の字の紙が一枚添えてあった。
――教務の鍵は教科書委員が集会の始めに借り、門限の話のころに返した。委員は一年の教室を三つ回るあいだ、扉を閉めずにおいたと申している。当番の先生の鍵は、集会のあいだ先生の腰にあった。講義棟に入ったと帳面にあるのは委員だけだが、ほかの二名も行き帰りに講義棟の前を通る。
――錠は錠前の職人に見せた。鍵穴に細い金具を差して回した跡で、合う鍵を使っても付かない傷だという。
――誰が本を動かしたかは、今は分からない。教務の鍵は、借りた者が扉を開けたまま離れないよう、決まりを改める。
扉が開いていたなら、置けた者は鍵を借りた者だけではなくなる。置けた者の欄は狭まらなかった。
かわりに決まりが一つ改まった。
三週目の終わりの休みまでは、まだ十日ほどあった。
友人。栗色の髪の光の乙女。妹の画面の真ん中に、ずっといた少女。
その少女がうちの玄関の石段を上がってくる。
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