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【1万PV突破】悪役令嬢の父親に憑依した俺、娘を見捨てる未来だけは絶対に認めない  作者: 白川 透


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前夜の手紙

(レオンハルト)


 明日の順は母上が先に教えてくださった。


 稽古の前に執務室へ呼ばれた。母上は机の上の紙を一枚、私のほうへ向けた。宰相府の書記の字で明日の第一の議題の順が書いてあった。

 議題を読み上げるのは宰相。はじめに母上が意見を述べる。次に公爵閣下。そのあとでエレノア嬢が申し述べ、私はいちばん最後に呼ばれる。


「わたくしは、この秋のうちに正式な婚約を、と申し上げます」


 母上は扇を閉じたまま膝に置いていた。


「理由は明日の席で言います。ただ、あなたには先に言っておきたかったの。息子の婚約に母が何を言うのかを、席で初めて聞くのは嫌でしょう」

「……ありがとうございます」

「公爵は反対なさる。理由も先に言うと、去年わたくしと約束なさった。お嬢さんは自分の案を持ってくる。中身は、わたくしも知りません」


 母上は少し間を置いた。


「祭りの夜のことを持ち出す方も、きっといます。あなたが護衛から離れたことも」

「それは、私が申し上げます」


 母上は私の顔を見てうなずいた。それから紙を畳んで私の手に載せた。


「あなたは、明日、何を言うの」


 答えられなかった。母上は待たなかった。


「明日、聞きます」


*


 稽古場へ向かう回廊で畳んだ紙を何度か開いた。

 一行目は、王太子の婚約の件、だった。私の名は書いていない。書かなくても誰のことか分かるからだ。


 七つの時から王太子の婚姻は国の務めだと教わってきた。妃は国が選ぶ。好き嫌いで選ぶものではない。師がそう教え、私は正しいと思って書き写した。今も正しいと思う。

 正しいと思うのに一行目を見ると胸の奥が固くなった。

 明日、大人たちが私の十年先と二十年先を卓の上に載せる。母上が量り、閣下が量り、諸侯が量る。量り終わったものが、私の将来として決まる。私はそれを、陛下の斜め後ろの小さな卓から聞く。


 稽古の終わりにガレス殿が封書を私の手に載せた。いつもと同じ渡し方だった。封には星の形の小さな印があった。


「坊主。明日は、俺は扉の外だ」


 ガレス殿は木剣を壁に掛けながら言った。


「中のことは中の者がやる。お前も、中の者だぞ」


*


 部屋で封を切った。


 ――レオンハルト殿下

 ――王妃様のお手紙で、殿下も会議でお話しになると知りました。殿下はお手紙に書いてくださいませんでした。わたくしも書きませんでしたので、それは言いません。

 ――明日、わたくしはわたくしの案を読みます。父と先生とセバスとミーナと、一晩かけて直しました。直したところは、わたくしが選びました。

 ――案の写しを入れます。殿下のお名前も入っています。賛成できないところがあれば、明日、会議でそうおっしゃってください。殿下の分は、殿下が決めてください。

 ――今夜は白い鳥の首が沈むところを見られません。早く寝なさいと言われました。殿下が見たら、次のお手紙で教えてください。

 ――エレノア・ヴァレンシュタイン


 便箋の下にもう一枚畳んだ紙が入っていた。案の写しだった。演説の言葉ではなく、条の形に並んでいた。

 内約にする。彼女が十八になったあとの会議で、二人がそれぞれ自分の口で言う。二人とも進むと言った時だけ、正式な婚約を願い出る。家だけでは解かない。やめたい者には三か月を置いてもう一度聞く。言えない時は、家が代わりに言わない。

 二度読んだ。私は彼女より二つ上だ。この紙のとおりなら、私は先に十八になって、彼女が十八になるまで待つ。

 待つのは嫌ではなかった。引っかかったのは、家が代わりに言わない、の行だった。彼女の家なら閣下だ。私の家は、陛下と母上だ。


 机に紙を出して明日言うことを書こうとした。

 王家の婚約は国の務めであり、と一行書いて手が止まった。師の講義の写しだった。破りはしなかった。正しいことは書いてある。ただ、それは明日、母上が言う。宰相も言うだろう。同じことを三人目が言っても何も変わらない。

 私は紙を裏返した。


 引き出しの奥から木の箱を出した。

 母上にいただいた空の箱はもう空ではない。去年の夏の終わりから彼女の手紙がたまっている。数えたことはない。蓋を開けるといちばん上に夏の手紙があった。


 ――薄荷の茎は四角いです。殿下はご存じでしたか。


 知らなかった。次の稽古の帰りに王宮の薬草園へ寄って、茎をつまんでみた。角があった。返事には、確かめました、角がありました、と書いた。それだけのことで便箋が半分埋まった。

 箱の中はどれもそういう手紙だった。星の名。地図の歩数。焼き林檎。パンの歌の三番。誰かに言われて書いたものは一通もない。


 明日、正式な婚約が決まったら、と思った。

 手紙は続くだろう。続けなければならなくなる。王太子と婚約者の手紙は書くべき手紙になる。彼女は書くだろう。書くと決めたことは書く人だ。そして私には、彼女が書きたくて書いた手紙と、書かなければならなくて書いた手紙の見分けがつかなくなる。

 それが怖かった。


 師ならそれを私情と呼ぶ。けれど明日決まるのは私の将来で、その将来について私が何も言わずにいるのが正しいのかどうか、私には分からなかった。


*


 夜、侍従に断って東の回廊の端の窓へ行った。西の空が低いところまで見える窓だ。

 白い鳥の首は屋根の向こうに半分沈んでいた。夏の手紙を書いていた頃は夜半まで見えていた。


 見られません、と彼女は書いていた。見たら教えてください、と。

 見たことを書く。それなら私にもできる。


 部屋に戻って裏返した紙をもう一度表にした。師の一行の下に線を一本引いてその下に書いた。明日言うことではない。明日の会議のあとで渡す手紙だった。


 ――エレノア・ヴァレンシュタイン嬢

 ――白い鳥の首は、今夜、東の回廊の窓から半分まで見ました。夏よりずっと早く沈みます。

 ――明日のことを書きます。まだ明日になっていないので、思っていることしか書けません。

 ――明日、大人たちが私の婚約を量ります。自分の将来が、私の言わないうちに約束されるのが、私は少し怖いです。王太子がそう思うのは正しくないと教わりました。それでも、思っています。

 ――もう一つ思っていることがあります。明日どう決まっても、私はこの手紙を出します。決められたから書く手紙ではなく、書きたいから書く手紙を、これからも出したいからです。

 ――案の写しを読みました。私の分は、明日、私の口で言います。

 ――レオンハルト


 読み返した。硬いところが二つあった。直さなかった。


 封をして銀の印を押した。宛名の下に小さく、会議のあとで、と書いた。会議が終わったら、どう決まっていても渡してくださいと、朝のうちにガレス殿に頼むつもりだった。決まる前に渡せば、明日の彼女の答えに、この手紙が混ざってしまう。


 手紙は木の箱の上に置いた。中には入れなかった。

 灯りを消してから明日言うことをもう一度考えた。少し怖いという一行と、家が代わりに言わないという一行を、陛下と母上の前で、自分の口で言えばいい。

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