冬至の茶会
(リリア)
冬至の朝はうちの店がいちばん早く起きる日だ。
いつもは夜明けの二刻前にかまどへ火を入れるけれど、冬至の日だけはその一刻前に入れる。お父さんが薪を組んで、お母さんが粉をふるい、わたしは小さいころからその横で冬至のパンの輪を編んできた。三本の紐を編んで輪にし、つなぎ目に干し葡萄を一つ押しこむ。一年でいちばん長い夜が明けたらこれを割ってみんなで食べる。
今年は寮の寝台で目が覚めた。窓の外はまだ真っ暗で、かまどの匂いはしなかった。わたしは寝台の上で指を三本動かして編む真似を一回だけした。
右の手のひらの痕は朝がいちばん突っ張る。白い手袋をはめると、布の内側でつるつるした皮が少しこすれた。手袋はお母さんが縫ってくれたもので、手のひらのところだけ布が二重になっている。
*
パンは朝のうちに荷車で届いた。
門の脇の詰所で受け取ると、籠の上に紙が一枚載っていた。お母さんの字で、割る時は真ん中から、とあった。その下にはお父さんの字で、エレノア様の分は干し葡萄を二つ、と書いてあった。
数えたら輪が五つと、干し葡萄が二つ入った輪が一つあった。六つあるのは、お父さんが一つ多く焼いたからで、お父さんはいつもそうする。
茶会は昼過ぎから講堂の広間だった。
広間には寮ごとに卓が並び、壁際には保護者の席が一列に並んでいた。わたしの卓は南の窓のそばで、エレノア様とヘルミーネ様と北の男爵家の方と騎士爵のお家の方の五人だった。春にエレノア様が開いた茶会と同じ顔ぶれだ。
保護者の席の真ん中に公爵様が座っていた。
黒い上着の背中をまっすぐにして膝の上に手を置いていた。広間の誰よりも怖い顔をしていたけれど、わたしはもうあれが緊張している時の顔だと知っている。扉の脇にはカイル様が三歩であります、の顔で立っていた。
「公爵様、今日は後ろの席なんですね」
「保護者は口を出さないものだそうです。父は、それを三回確かめてから来ました」
エレノア様はそう言いながらわたしの手袋の右手を見た。それから壁際のほうへ目をやった。
ストーブの近くの椅子には医務室の先生が座っていた。膝の上に革の鞄を置いて、湯気の立つ杯を両手で持っていた。
「先生も、お茶会ですか」
「父が学院長様にお願いしたそうです。食べ物の出る催しが心配なのだと。わたくしも、先に聞いていました」
エレノア様は少しだけ困った顔で笑った。
「父の我がままです」
「いい我がままです」
うちのお父さんなら、たぶん窯の前を離れて自分で来ていた。来られないから干し葡萄を二つにしたのだ。
卓ごとに持ち寄った物を並べた。
ヘルミーネ様の焼き栗は紙の袋ごとまだ温かくて、北の男爵家の方の干し林檎は薄く切って糸に通してあった。騎士爵のお家の方は、うちは何もなくてと言いながら小さな蜂蜜の壺を出した。わたしは籠から輪のパンを出して真ん中から割った。
「エレノア様のは、これです。干し葡萄が二つ」
「わたくしだけ、二つですか」
「お父さんが、そう書いてきました」
エレノア様は輪を両手で受け取って、しばらく干し葡萄を見ていた。それから、ありがとうございますとお伝えください、と言った。耳の先が少し赤かった。
エレノア様のお茶は丸い缶に入っていた。蓋に巻いた紙にミーナさんの字で冬の茶と書いてあった。エレノア様は自分で紙を切って蓋を開けた。干した蜜柑の皮と何か甘い木の匂いがした。
「屋敷の冬のお茶です。母が好きだったそうです」
広間の端の湯沸かしの台に、灰色の前掛けをした給仕の人たちが並んでいた。今日のために学院が頼んだ人たちで、一人がいくつかの卓を受け持つ。わたしたちの卓を受け持ったのは頬の細い静かな若い男の人だった。
エレノア様が缶を渡すと、給仕の人は両手で受け取って湯沸かしの台へ持っていった。お湯を注ぐ音がして少しすると、大きなポットが卓に来た。
「お茶は、わたくしが注ぎます」
エレノア様が言うと、給仕の人は頭を下げてポットを置き、盆から白い杯を五つ並べた。それから一つを盆に戻して、前掛けの大きなかくしから別の杯を出した。取っ手が太くて丸い杯だった。
「手袋のお方には、こちらを。細い取っ手は滑りますので」
給仕の人はそう言って太い取っ手の杯をわたしの前に置いた。取っ手が右に来るように置いてくれた。
灯火の儀でみんなが見たから、覚えていて自分の杯を貸してくれたのかもしれない。うちの店でも、腰の悪いおばあさんには言われなくても袋を二つに分けて渡す。
ありがとうございます、と言うと、給仕の人は少しだけ目を伏せて湯沸かしの台へ戻った。
エレノア様がポットから順に注いだ。ヘルミーネ様、北の男爵家の方、騎士爵のお家の方、わたし、最後に自分。五つの杯から同じ匂いの湯気が上がった。
太い取っ手は本当に持ちやすかった。手袋の指を取っ手の穴に通して、両手で包んで飲んだ。熱くて、蜜柑の皮の匂いがして、少しだけ甘かった。
「おいしいです」
「よかった」
エレノア様はそう言って自分の杯には口をつけずに、広間を見回していた。
エレノア様は今日ずっと何かを考えている顔だった。朝にわたしが門の詰所でパンを受け取った時、エレノア様も寮監の先生から手紙を二通受け取っていた。一通を開けて読むと、その場で畳んだ。もう一通は開けずに胸元にしまった。
開けなかったほうの封には小さな印が押してあった。わたしは聞かなかった。
「ねえ。殿下と踊るなら二曲目よね。三年の方の一曲目は、送られる側の決まりの曲だもの」
ヘルミーネ様が焼き栗の皮を剥きながらエレノア様に言った。エレノア様の手が杯の上で止まった。
「……どうして、ヘルミーネ様がそれを」
「さっき胸元を押さえて歩いてたもの。舞踏会の前の手紙は、だいたいその押さえ方になるのよ。二曲目は楽団の調子が上がって速いって、去年の三年の方が言ってたわ」
エレノア様の耳がもっと赤くなった。わたしが笑うと、ヘルミーネ様も笑って、北の男爵家の方も騎士爵のお家の方も笑った。エレノア様も少し遅れて笑った。
何を考えていたのかは分からなかったけれど、笑った時のエレノア様の顔はさっきより少し軽くなっていた。
*
二杯目を飲み終えたころ、左手の指先がちりちりした。
雪を素手で握ったあとみたいな感じだった。広間は暖かいのにと思った。手袋をしていないほうの手だから冷えたのだろう。わたしは左手を膝の上で握ったり開いたりした。
ちりちりは指先から指の付け根へ上がってきた。握っても握った感じがしなかった。
それから唇が少し重くなった。干し林檎を一つ口に入れたら、噛む前に舌の上で林檎の形が分からなくなった。
右手の手袋の中も同じになった。痕のところが突っ張るのではなく、何もなくなったみたいだった。
実習の前の晩、目が回っているのを誰にも言わなかったことを思い出した。今は茶会だ。止められても困ることは何もない。
「エレノア様」
声が自分の声より少し遠かった。
「手が、変です。左の指から、感じがなくなって、きました」
エレノア様がこちらを向いた。わたしの顔を見て、すぐにわたしの左手を取った。エレノア様の手のひらの桃色のところが温かかった。
「どこからですか。指の先からですか」
「先から、です。舌も、少し」
エレノア様が立ち上がって何か言った。椅子の脚が床をこする音がした。後ろの壁際で低い声が誰かを呼んだ。公爵様の声だった。いつも怒っているみたいに聞こえる声が今日はもっと低くて速かった。
息を吸おうとしたら、胸の上に粉袋を一つ載せられたみたいに重かった。吸っても半分しか入らなかった。
「リリアさん。吐いて」
エレノア様の声が耳のすぐ横でした。
「吸わなくていいです。吐いて。一つ、二つ」
実習の時と同じ数え方だった。わたしは吐いた。吐くとほんの少しだけ次が入った。
医務室の先生の匂いがした。薬草と石鹸の匂いだ。誰かの手がわたしの肩を支えて体を少し横に向けた。
わたしにできることを考えた。考えるのがいつもより遅かった。
灯りを呼ぶ時は吸いながら。教科書の刷り間違いを直して丸の印を付けた行だ。半分しか吸えなかったけれど、半分で呼んだ。手袋の右手の指先に小さな灯りが点いた。それから実習の先生に教わったとおり、吐きながら細くして消さないようにした。
指先が少しだけ温かくなった。感じのなくなった手の中で、そこだけが分かった。
「そう。そのまま。吐いて」
エレノア様の声が震えていた。震えているのに、数は間違えなかった。三つ、四つ。
公爵様の声がすぐ近くでもう一度先生に何か言った。手の先から、と聞こえた気がした。
指先の灯りが一度揺れた。わたしはもう一回吐いた。
広間の天井が遠くなって、エレノア様の声だけが近くに残った。五つ、と聞こえた。六つは、聞こえなかった。
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