匿名の告発状
(レオンハルト)
誰に、という問いの答えを、私は三晩かけて量った。
一つ目の皿には母上を載せた。王妃の名で動く者たちは早く、正確で、口が堅い。けれど彼女を候補として選んだのは母上で、母上は彼女を気に入っている。気に入っている人に量ってもらえば、答えが母上の気持ちに引かれても、私にはそれが見分けられない。
二つ目の皿には宰相府を載せた。紙が書いているのは学院の査問のことで、その査問には宰相府の秘書官が立ち会っていた。彼女の手紙にそうあった。立ち会った者に、立ち会った席を疑う紙を量らせるのは、釣り合いが悪い。
学院長も同じ理由で外した。騎士団は紙を読む所ではない。
残ったのは、八年前に書見の間で会った人だった。
九つの春に、母上の茶会の菓子に毒が入っていた。疑われたのは彼女で、調べたのは王妃付きの調査官だった。私は、彼女はそんなことをしないと言い、調査官は私の言葉を調書に入れなかった。私はそのあと教育係に促されて部屋を出た。
後日、母上に頼んで調べの結びの写しを見せてもらった。箱は屋敷を出る前に開けられたと考えるのがいちばん筋が通る、とあった。誰が開けたのかも、彼女が関わっていないとも書いていなかった。関わりがないと申せるのはまだ先です、とあった。
その写しを読んで、私はその人を少し嫌いになった。今はその人に頼みたいと思っている。
母上はあの時も彼女を気に入っていた。それでもあの人の結びは一字も母上のほうへ傾かなかった。調書を書くのは陛下の書記局から来る書記で、写しは陛下の書庫に納まる。王妃付きという名は、母上があの人の結びを直せるという意味ではなかった。
*
王妃付きの調査官への照会は、王太子府の書付として出した。母上には照会を出したことだけを別に知らせた。何を量ってほしいかは書かなかった。
書見の間は八年前と同じ、母上の私室の二つ隣にあった。窓の下の長卓も同じで、調査官は八年分だけ白くなった髪を後ろへ撫でつけていた。隣の小卓では書記が一人、ペンの先を拭いていた。
侍従が二重の封筒を卓に置いた。
「封の上の名は、受け取った朝にこの者が書きました。受付の帳面にも刻と名があります」
調査官は封の上の名と私の印を見比べ、書記に読み上げさせてから外の封筒を切った。中の封筒を出して、蝋の平らな形を指でなぞり、それも書記に書かせた。それから紙を二枚出して、一枚ずつ黙って読んだ。
読み終えるまで誰も話さなかった。調査官は二枚目の小さな紙を折り目に沿ってもう一度畳んだ。
「この紙に触れたのは」
「私と侍従だけだ。門の願い出の箱から侍従が取り、私が封を切った。紙は来た時の折り目のまま戻した」
「お読みになって、何かなさいましたか」
答える前に、私は一度だけ息を吸った。
「彼女の手紙と並べた。私が持っている私信だ」
「何か、お分かりになりましたか」
「手紙の字は少し前へ傾いている。小さな紙の字はまっすぐに立っている。手紙には名を全部書くが、この紙にはEとだけある」
調査官は書記のほうを見なかったが、書記のペンは動いていた。
「違うところは言える。それが何を意味するのかは、私には言えない。字の見分けを習っていない」
「それで十分でございます」
調査官は二枚の紙を卓の上に並べて置いた。
「比べるための字が要ります。殿下のお手元の私信を」
「それは出せない」
思ったより早く声が出た。
「私の一存では出せない。あれは彼女が私に書いた手紙だ。私の物でもあるが、私だけの物ではない」
調査官は少しのあいだ私の顔を見ていた。八年前、私の言葉を調書から外した時と同じ顔だった。
「ご令嬢の字なら、官の書類にもございます。学院への届け、慈善の書状。まずそれで足ります。私信が要る時は、ご令嬢ご本人に伺います。殿下にではなく」
「そうしてくれ」
調査官は書記に三つ書かせた。王太子府の門の願い出の箱を誰がいつ開けるのか、その朝の前の晩から門の脇に誰がいたのか。紙と墨がどこで手に入る物なのか。二枚目の「例の箱」が何を指すと読めるのかを、学院長に学院の記録で尋ねること。
「ご令嬢には、調べを始めたことを私からお知らせします。疑いを向けられた方に知らせるのが決まりでございます。紙の写しはお渡ししません。何が書いてあったかの要旨だけです」
「私から伝えてはいけないのか」
「殿下がお書きになるのは、殿下がなさったことまでになさいませ」
調査官は静かに言った。
「殿下がこの紙の中身をお書きになれば、それは殿下の私信になります。私信の中の言葉は、あとで誰がどう読むか分かりません。殿下の慰めが、ご令嬢の口を封じたと読む者もおりましょう」
私は膝の上で手を握った。慰めるつもりがあったかと聞かれたら、あったと答えるしかなかった。
「もう一つ聞きたい。私は、どこまで知らされる」
「殿下は差し出された方です。確かめたことと確かめられなかったことは、分けてお知らせします。調べの途中の見込みや、まだ裏の取れていない話はお知らせしません」
調査官は二枚の紙を来た時の封筒へ戻しながら言った。
「結びは陛下にお出しして、同じ物を殿下にもお渡しします。殿下にお決めいただくことは、ございません」
八年前なら、その言葉を冷たいと思っただろう。今は、胸の上に載っていた重しが一つ、卓の上へ降りたように感じた。
*
部屋に戻って彼女に書いた。
一枚目にはしたことだけを書いた。差出人のない紙が門の箱に入っていたこと。あなたの名に関わることが書いてあったこと。燃やさずに封をして、王妃付きの調査官に渡したこと。何が書いてあったかは調査官から聞いてほしいこと。私は一人で量らないために渡した、と最後に書いてから、少し迷った。量らないと書けば、量りかけたことも伝わる。それでも消さなかった。
いつもなら追伸を二つ書く。この手紙には書かなかった。
二枚目の紙を出して、新しく書き始めた。
――一曲の件、お受けします。三年は最初の曲を送られる側として踊る決まりなので、二曲目になります。二曲目のほうが楽団の調子が上がっていて、少し速いそうです。私の足を踏まないでください。踏んでもかまいません。
――旅の記は三十四頁まで来ました。追い越してしまいました。
二枚の手紙を別々の封筒に入れた。同じ封筒に入れたら、どちらかがどちらかの重さを変えてしまう気がした。
一曲の手紙には私の小さい印を押した。もう一通には王太子府の印を押した。
侍従が二通を受け取りに来た時、私は一曲のほうを上に重ねかけてやめた。王太子府の印のほうを上にした。
「冬至の茶会の前には届きます」
侍従はそう言って二通を盆に載せた。
冬至の茶会には彼女の父君も来ると、前の手紙にあった。入学式の朝に拱門の下で会釈された時と同じ顔で、後ろの席に座るのだろうと思った。睨まれる理由が今年は一つ増えた。
お読みいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク・評価・リアクションをいただけると嬉しいです。
Xでも更新情報などを発信しています。
よろしければこちらもフォローいただけると嬉しいです!
https://x.com/st_shosetsu




