第8話 『光の一撃』
宿命の昼休みが近づいていた。
朝からずっとピリついている。
景真は四時間目の授業の内容なんて一つも頭に入らない。
大河原主任は朝から一度も一人にならなかったのだ。
他の教師や生徒が、何かしらの用事で必ず化学準備室へ出入りしていた。
(だめだ……朝は無理だ)
過去認識は昨夜のうちに使い切った。
今日はもう過去認識による検証はできないのだ。
つまり――今日は本番だ、やり直しはきかない。
失敗すれば終わる、かなりの確率で多数の死傷者が出るだろう。
これは夢じゃない、トライできるのは一度だけだ。
―――昼休みのチャイムが鳴る。
景真は静かに立ち上がった。
廊下にはすでに少し笑ってモデルのように手を腰に当ててる磐城瑠璃華が待っている。
授業が終る前から待っていたのだ。
「行こうか」
「うん、景真くん」
いつもの柔らかな笑顔。
闇の種子を破壊する前とは別人のようだ。
以前はもっともっと虚ろな目をしていた。
あのころのことはところどころ思い出せないようだ、編集長曰くより高位の存在からの命令を受信している状態なのだろうとのことだ。
主任はいつ羽化するか分からない。
隼人を始めとして闇の種子を持つ全員を、こっそり浄化するのは不可能だ。
ならば、元を断つしかない。
旧校舎屋上では編集長と久我真白が双眼鏡を持って待機していた。
「こちら編集部である」
編集長がふざけた敬礼をしている。
景真の携帯から編集長の声が漏れている。
・・・昨日念のために聞いたのだが編集長の能力は遠隔視・・・
「え、透視は?」
「できん!」
「遠くが見えるだけ?え・・・そう・・・」
・・・久我真白の能力は発酵を促す・・・
「はぁ?・・・初耳なんだけど、なにそれ?戦闘で使える?」
「ええパンを焼く前には役に立つわ」
「・・・」
・・・期待していなかったが・・・あんまりだ。
つまり失敗したときには異能警察への通報要員としてしか使えない・・・
―――ほんの数分前。
「化学準備室の窓は見えておる。この角度であれば問題あるまい」
「私も隣から見てるからね」
双眼鏡を首にかけた真白は屋上の手すりに頬杖をついた。
「なんか映画みたいねぇ」
「笑い事じゃないよ」
僕は短く返した。
「化学準備室で何かあったら、特に主任が変化したら教えて」
「了解である、携帯は音量最小でオンにしておけい」
「ああ大丈夫だ、じゃ行ってくる。瑠璃華さんはもう下で待ってる」
初めての携帯だがもうマスターした・・・たぶん。
―――全員が配置についた。
景真は瑠璃華へ向き直る、目的地はすぐそこだ。
「先輩」
「ええ」
「準備室に一人で入って二歩進んだところで止まって絶対に動かないで。そしてなるべく会話を長引かせて下さい」
「ええ分かってるわ、変なモノを体に入れてくれた仕返しをしないとね」
「戦う必要はないからね。主任に何が起きても入って2歩の場所・・・そこを動かないで約束して」
「・・・分かったわ、約束するわ」
くわしい理由は説明しない。
できない・・・予想外に動かれると予知夢が無意味になるのだ。
約束すると言わせないと彼女の動きは毎回少しずれることが分かっている、戦う必要ないと言わないと魔装して途中から突撃することになる。ぎりぎりまで僕がいっしょにいないと、彼女は一人で逃げようとすることがある。
「うまく説明できないけど一発勝負なんだ・・・かなり危ない状況もあり得る。でも動かないで・・・」
少し大きく息を吸い、瑠璃華は少しだけ不安そうな顔をしたあと、僕を軽く抱きしめた。
暖かくて柔らかかった。
「分かったわ。景真くんを信じるわ・・・もしあたしに何かあっても・・・」
「へ・・・そんな、こと、には・・・」
「続きは終わってからね・・・」
―――瑠璃華さんは化学準備室の扉をノックして少しして開く。
もう僕は踵を返している。
全速力で動かなければならない。
階段を二段飛ばしで駆け上がる。
彼女が入って2歩の所で止まると、決まって主任は立ち上がり近づいてくる。
そしてちょうどカーテンの影から姿を現す。
編集長たちからは見えるはずだ。
目指すのは二階上。
生物準備室・・・誰もいないはず。
微弱な魔力でカギを開けて忍び込む。
ここだけが唯一、予知夢で見つけた狙撃地点だった。
息が切れる。
窓際へ飛び込む。
霊視。
壁など意味をなさない、透けて見える。
化学準備室の景色がそのまま頭へ流れ込んできた。
・・・真下に大河原主任。
(真上への探知が薄いんだよね・・・)
その身体の中心。
漆黒の肉塊。
その奥で脈打つ小さな核・・・霊視では黄色っぽく拍動している。
(そこだ・・・魔力を使ってターゲッティングする・・・これで光弾はホーミングする)
・・・相手が近づいてきても瑠璃華は毅然として話していた。
「先生、前回お会いした時のことで少々聞きたいことがありまして・・・」
ニィィっと口角を上げて主任が笑う、かなり薄気味悪かったが瑠璃華は平然と振舞う。
「最近あまり来てくれないねえ」
その笑みは、人間には見えなかった。
「記憶を戻してあげようねえ、幸せな記憶を思い出しなさい。君は何度も何度も来てくれたよね」
「・・・え?」
ぐらぐらする・・・めまい・・・瑠璃華の瞳が揺れていた。
「せ、先生、何を・・・」
その瞬間だった。
「あ・・・」
最初は小さく肩が震えた。
「あ・・・あ・・・あ!」
目が大きく見開かれる。
「あぁ・・・あああああ!」
頭を抱えて瑠璃華は崩れ落ちた。
忘れていた記憶。
奪われていた記憶。
一度ではなかった・・・何度もここへ呼ばれていた。
抵抗できなかったこと。
身体が勝手に動いていたこと。
すべてが一気に戻る。
同時に主任の両目が輝いた。
(先輩の自我を奪う気か・・・シミュレーションと少しずつ違うな・・・)
速やかに景真は魔力を解放した。
既に真下へ向けて魔槍を向けている。
矛先が輝き光刃と化す。
(真上への探知が薄いんだよね・・・この位置だと気付かれない)
狙う。
呼吸を止める。
魔力を一点へ集中。
わずか数センチ。
霊視だけが見抜ける急所。
光が魔槍の先へ収束する。
(僕は外さない・・・)
(一撃で決める)
―――光子貫通弾
光が走った。
壁も床も天井も貫いて一直線。
閃光は主任の右肩から右胸を突き抜けた。
ズン、と鈍い音。
一瞬、時間が止まったように見えた。
次の瞬間。
黒い肉塊が縮んだ。
膨れ上がっていた闇が急速に退縮していく。
その瞬間、主任の身体全体から黒煙が噴き出し、そして音もなく消えた。
主任は白目をむいたままへたり込んだ瑠璃華へ向かって倒れる。
ドサッ。
「ひっ」
そして静寂。
瑠璃華へ覆いかぶさるようにして主任は動きを止めた。
・・・もう動かない。
目だけが虚空を見つめてよだれが垂れている。
・・・旧校舎屋上。
「命中した」
そう、双眼鏡を使わずに編集長がつぶやいた。
久我真白も双眼鏡を下ろす。
「・・・勝ったよね?」
数秒遅れて二人とも拳を握る。
「やりよったのう」
2人とも主任が前のめりに倒れるところを見ていた。
「終わった?」
「間違いない・・・終わった」
しかし彼女は首をかしげる。
「でも・・・瑠璃華さん動かない」
編集長の表情が少しだけ曇る。
景真は階段を駆け下りる。
化学準備室へ飛び込む。
主任は完全に意識を失っていた。
霊視。
もう黒い反応はない。
完全消滅。
成功だ。
しかし・・・
「先輩」
返事がない。
「瑠璃華先輩!」
肩へ触れる。
びくりと震えた。
いつの間にか彼女は泣いていた。
「き、きたな・・い・・」
小さく呟く。
「思い出して・・わたし・・・」
とにかく景真は安全確認・・・。
終わった・・・。
危険な未来は回避できたはずだ。
瑠璃華先輩の様子がおかしいがまあ仕方ない。
―――5時間目が始まる時刻・・・救急車が来ていた。
主任は原因不明の昏睡状態として病院へ搬送された。
事前の打ち合わせ通り景真・編集長で主任を保健室まで運んだ、瑠璃華さんは顔色悪く使い物にならなかった、瑠璃華さんには久我真白が肩を貸して歩いた。
目の前で主任が倒れた瑠璃華は軽いパニックを起こした、ということにして保健室で休ませたのだ。
「逃げれば怪しまれるのは必定である」という編集長の案を採用したのだ。
「夏川先生・・・あとはよろしくお願いします」
「あなたたち素晴らしいわ、迅速な判断、簡単にできることではないわ・・・あとはわたしたち教師に任せなさい」
一部の生徒に色気モンスターとして慕われている養護教諭だ。
瑠璃華を先生にあずけてこれでひとまずミッション終了だ。
―――異能協会も学校も同級生も・・・誰も知らない。
この学校を救った光の一撃があったことを。
(知る必要はない・・・宣伝する必要もない・・・あのあとすぐ、他の闇の種子は全て冬眠状態になった。それこそ小さな種になっている)
夢の書庫で一人反省会だ。
景真は静かに自分のステータスを開いた。
レベル15。
ステータス微増。
光属性値微増。
魔装鎧解禁。
「・・・まあ上がったね、魔装鎧が作れるレベルだ・・・まあ下級鎧だけど」
それだけか・・・安堵とともに少し落胆する・・・大してレベル上がっていない。
―――コン?
「え、きゅ、きゅんちゃん・・・だよね?」
白いモフモフはいつもより大きかった・・・。
―――翌日。
磐城瑠璃華は欠席。
その翌日も。
来週になっても学校へ姿を見せなかった。
それ以外は何も変わらない日常に思えた。
霊視すると、生徒たちの闇の種子は完全に初期状態のようだ。
眠っている、もしくは枯れている。
荒れ果てた教室2-Jで編集長は腕を組み、久我真白と二人で考察している。
「一件落着……であればよいのであるが」
真白は安堵の笑みを浮かべている。
「先生が親玉だったんじゃない?それ以外ないでしょう」
「そう願いたいのう」
しかし編集長だけは違和感を捨てられない。
『春季講習』
『栄養剤』
『探知不能』
『冬眠あるいは残骸となった種子・・・』
点と点がまだ一本につながらない。
「・・・大河原主任が被害者であった可能性がな、拭い去れんのである。景真にはまだ言っておらんのだがのう」
―――その頃。
遠く離れた一軒の家。
シャワーの音だけが響いていた。
瑠璃華は身体を何度も何度も洗い続ける。
肩も腕も首も。
皮膚が赤くなるほど爪を立てて。
「汚い・・・」
「汚いの」
「こんな身体・・・」
湯気の中で、小さな嗚咽だけがいつまでも途切れなかった。
―――景真にはもう一つ気になることがある。
偶然か、罠かもしれないので信憑性が高いとはいえない。
(あの時、ほんの一瞬だけ僕と主任は霊的に繋がったのだ)
僅かな時間だけ先生の過去もしくは心が読めたのだ。
ビジョンが見えたのだ・・・植物をモチーフにした金属製の光印の紋章だ。
誰かの胸元だ、おそらくは女性だろう・・・顔は見えない。
あの光印は確か見覚えがある・・・7つの花弁・・・。
その女性への強い敬意と畏怖・・・ひょっとしたら黒幕は主任ではない・・・敵は人間側にいる可能性があるのだ。
「編集長にはまだ言ってないけどね・・・瑠璃華先輩、明日は来るんだろうか、祝勝会をやるって自分から言っていたのに・・・」
―――コン!
一回り大きくなった白狐が景真に寄り添っていた。
「あれ、尻尾が二本に増えてる・・・いつから?」




