第9話 『夢の分身』
闇の種子事件から三日たった。
学園は驚くほど平穏で、いつも通りだった。
生徒たちはインターハイ校内予選の話でもちきりだった。
大河原主任は原因不明の昏睡で入院。
そして春季講習は終了となった・・・もともとインターハイ校内予選までの予定だったため困る生徒もいなかった。
生徒たちは「先生が倒れたらしい」と噂するだけで、それほど話題にもなっていない。
もちろん――僕が光弾で闇の核を撃ち抜いたことも・・・。
誰にも知られる必要はない。
とりあえず今平和ならそれでいい。
ただ、あれほどの難敵を倒したのだから、大殊勲には違いない。
まあ瑠璃華先輩さえ・・・。
―――夢の大書庫。
白い狐――きゅんちゃんは以前とは別人・・・いや別狐だった。
尻尾は二本。
瞳は以前よりもずっと知性的で、こちらの言葉を理解しているようだ。
「きゅんちゃん」
―――コン
「レベル15で覚えられる光属性魔術を全部探してきて。」
コン!
「あと、今の僕に一番必要な魔術。」
白狐は本棚の迷路へ駆け出した。
ほんの数秒・・・。
十冊ほど抱えて戻ってくる。
「早っ!」
そのまま一冊だけ僕の前へ押し出した。
『光属性高等補助魔術』
ページをめくる。
回復。
結界。
索敵。
補助。
どれも便利そうだ。
しかし、きゅんちゃんは右前足で別のページを叩く。
「・・・分身魔術?」
聞いたこともない。
消費魔力、極大。
維持困難。
実戦使用非推奨。
「なんだこれ?無意味だよ・・・」
コンコン!
首を横へ振る。
また本を叩く。
その後、モデルのように自分の体を見せている気がする。
「……ん?」
コン!
ようやく意味が分かった。
「夢の中だけならきゅんちゃんの召喚と同じで魔力を消費しない?」
コンコン!
試してみるか。
光子を集める。
魔法陣が出現する。
おー!ごっそり魔力を持っていかれる。
そして目の前にもう一人の僕が立っていた。
「・・・おお。成功だ」
僕が驚くと向こうも驚く。
見た目は完全に同じだ。
中身はどうだ?
ステータスを見る・・・レベル10・・・そんなに弱くない。
さらに本を読む。
『分身が得た知識・経験は本体へ統合可能』
「これは?そうか!」
心臓が高鳴る。
実戦経験は増えない。
通常はレベルも上がらない。
通常は?まあいい。
だが、魔術のスキル。
詠唱速度。
戦術。
精度は上げられるわけか。
つまるところ勝手に魔術を覚えてマスターしてくれる。
読書はきゅんちゃんができるみたいだ、大量の本のありかにも詳しいし。
面倒なことは全部分身へ任せられる。
「つまり僕が寝ている間に、きゅんちゃんは必要な情報を収集、分身は魔力消費を気にせずに魔術を覚えてその練度を上げる、魔術だけじゃない剣も覚えよう、槍しか使えないからな」
コン!
二本の尻尾が嬉しそうに揺れた。
「時間がないのだ、なんでもできることはしよう」
―――しばらく調べて霊峰息吹にこっそり入れるような術はないことはないが自分のレベルが低すぎるし、可能だとしても逮捕される。インターハイで全国でベスト16に入るのが一番の近道なのは間違いない。
インターハイまで残りわずか。
そして瑠璃華先輩は引きこもり。
予知夢も弱体化。
でもね、使えるものは全部使う。
やれることは全てする。
努力目標ではだめなんだ。
結果を数字で出さないと・・・。
(ひょっとして・・・)
ひょっとしてと思ったのだが2体目の分身を出すには全くレベルが足りなかった。
「よし!分身は24時間練習開始・・・きゅんちゃんは必要そうな本を片っ端から読んで覚えて、分身に教えて・・・光属性はできれば全て、炎と雷、風属性もそれなりに頼むよ」
だいたい自分には味方が少なすぎるのだ。
「まあいっか。適当に誰よりも頑張ろう・・・瑠璃華先輩は一度お見舞いに行くか、ムリさせたかな?」
―――翌朝。
旧校舎。
編集長はネットになにかを書き込みながら待っていた。
「王様よ」
「早いね」
「事件は終わっておらぬ可能性がある・・・」
「ん~やっぱり?」
「終わったなら闇の種子は消えるであろう・・・休眠状態ととらえるべきである」
編集長は黒板へ書く。
体内へ侵入
↓
定着し発芽
↓
寄生し負のエネルギーで育つ
↓
突然の冬眠
「消滅はしてないのである」
「つまり?」
「敵の親玉はまだ生きておる可能性が高い」
景真も同じことを考えていた。
大河原主任は寄生されていただけ被害者かもしれない。
だがあの異常な強さ・・・羽化すればこの超能力者のエリート高校の半分はあの世行きだったろう。
黒幕はじゃあどれだけ強いんだ?
そして残された全員の種子の破壊はどう考えても難しい。
回復術者にも見えないんだし説明できないし、こっそり全員を光の魔槍で刺すのは無理がある。
とくに表情もなく編集長は続ける。
「それと龍王家である」
「また?」
「調べれば調べるほど不可解である。」
分かってるとばかりに景真はため息をつく。
「弟君は送迎付きで兄である王様は徒歩。これは異常である、自宅のメイドどもは聖封教会のガーディアンであろう?」
「まあ慣れたさ、あいつらは僕のいる離れの一軒家には来ないよ」
「慣れる問題ではないし龍王家は日本異能士協会のシンボルである、ライバル関係の聖封教団がなぜ動いておる?」
編集長はピクピクする左の眉を押し上げた。
「王様よ」
「龍王家は何のために存在する家系か知っておるか?」
「まあ悪魔退治?だよね・・・だいたい」
「・・・違う、歴史を正しく認識すれば人類が敗北しかけた時の最後の保険であるであろう・・・あるいは敗北したときの保険である・・・その保険を、誰かが壊しておる」
その言葉を残し、教室を出ていく。
そして独り言のように呟いた。
「とはいえ・・・あれを探知外から一撃で倒すのは極めて困難である、聖魔大戦あるいは始まっているのかもしれん」
―――昼休み。
2-Aの教室。
横顔りりしい九条烈華が腕を組む、炎のオーラがメラメラその体を包む。
6名くらいの取り巻きが囲んでいる。
隣に紫苑もいる。
「磐城瑠璃華はまだ休んでいるのか?」
肩をすぼめながら紫苑はため息。
「ショックなことでもあったんじゃない?」
「龍王宗家に近づけるような家柄ではない、能力ではない、精神もない、既にあの女の心は折れている、1年以上戦闘訓練にも参加していない、その身に説教せねばならん!」
「烈華って物騒ね、一応先輩よ」
「もし景真殿が迷惑しておるなら、私は粛清するつもりであった」
「・・・怖」
舌を出して紫苑は苦笑した。
そして少しだけ安心していた、景真の横に磐城瑠璃華がいると無性にいらいらしたのだ。
―――磐城瑠璃華が学校へ来ない理由は誰も知らない。
本当の意味では景真も知らない。
―――放課後。
意を決して景真は磐城瑠璃華の家を訪れた。
女性の家なんて行ったことないのだ。
非常に足取りが重い、どう見ても景真は緊張していた。
呼び鈴を鳴らす・・・。
返事はない。
もう一度。
なんの動きもない・・・。
帰ろうかと思ったところで景真は自分への視線とわずかな音に気付いた。
しばらくして扉が少しだけ開いた。
そこにいたのは、以前の瑠璃華ではなかった。
金髪は濡れていた。
目の下には隈・・・明らかにやつれていた。
それでも景真はホッとした、ここ数日ほぼずっと一緒にいたのだ、そしてそれは心地よかったのかもしれない。
「・・・景真くん」
「大丈夫ですか?危ない真似させてすみません」
彼女は笑おうとして、でも失敗した、涙ぐんでしまったのだ。
「ごめんね」
それだけだった。
ドアの奥からシャワーの音が聞こえる、ちょうどシャワー中だったようだ。
「今は無理なの・・・誰にも会いたくない」声はか細いがきっぱりとした拒絶だった。
予想はしていた。
毎日毎日あったメッセージもランチ会も放課後の喫茶店もなにもかも止まっているのだ。
・・・この三日、既読スルー、通話にも出ない。
こんな経験のない景真はただ焦燥感にとらわれていた。
瑠璃華抜きで祝勝会する気にもならず・・・結局、この事件で最初に関わった瑠璃華が救われたかも分からない。
ここに来るだけでも決死の思いだった景真は無理には踏み込まなかった、踏み込めなかったのだ。
「・・・また来るよ」
小さく頭を下げる。
扉が閉まる寸前、
彼女は消えそうな声で呟いた。
「ありがとう・・・」
力なく景真は玄関前で数秒立ち尽くした。
何もできない、過去認識をつかって会話をやり直しても何も思いつかないだろう。
―――その夜。
自室で・・・ベッドで足を組んで横になっている。
(瑠璃華先輩には拒絶された・・・もともと一人でするって決めてるし別にいいのに・・・なんでこんなに気分悪いんだ・・・まさか寂しいなんてことは・・・)
(違う違う・・・よしんば僕は瑠璃華先輩をダブルスに誘うつもりだったんだ、個人戦出場は見送ってもらって・・・それはいい手だ・・・ああ、あんな強敵に勝ったのになんで心が晴れない・・・)
景真は携帯を開く。
インターハイ校内予選。
ダブルス申込締切。
明日17時まで・・・。
「・・・こっちも限界だな」
個人戦は論外・・・僕より強いのがこの高校には500人はいるだろう。
実力不足。
狙うなら人気のないダブルスしかない。
自分のIDで学校の掲示板を開く。
《ダブルス相方募集中》
17名。
名前と学年、好きにアピールできるがレベルを書いているとは限らない、属性は全員書いているようだ・・・必須項目なのか。
だいたい締め切り前日で相手が決まってないなんてここに名前のある奴らは全員終わってる可能性がある・・・やっぱりどいつもレベル低い・・・レベル書いてない3人は却下。
めぼしいのはほんの3人くらいだ・・・。
(ま、僕が一番レベル低いが・・・)
一人ずつ書き込みを確認する。
1年生。
地属性、サブ属性風。
レベル18。
コメント・・・できれば相手は地属性の1年生を希望。
弱すぎるし却下したいが・・・。
申し込み人数2人か。
2年生。
レベル22。
地属性のみ。
申し込み人数5人。
返信してないようだ・・・コメントも白紙で出る気ないかも、明日直接会いに行く手はあるけど。レベルはこの中ではまあまあ。
3年生。
レベル21。
火属性、サブ属性で火。
コメント・・・希望は火属性か雷属性でレベル25以上でないとお断り。
しかも受験のために練習はあまりできないかもって・・・。
申し込み人数3人か、自分より高レベルしか無理ってコイツ・・・。
だいたい前日申し込んでない奴らは多分出場しない連中だ。
校内個人戦予選はクリックするだけで出場できるが個人戦エントリーするとダブルスは出れない・・・団体戦は選抜委員の教師たちの推薦がいる。
(ああ・・・)
仕方ない・・・相方探しの掲示板に載せておこう。
龍王景真。
2年生。
光属性。
レベル1。
コメント・・・属性不問、相手はレベル高めを希望。当方は分析得意です。
(レベル15だけどバレるとまずいんだ・・・なのでレベル1・・・ふう・・ふふふ・・・だ、だれがこんな選手をバディにするんだ?・・・いわくつきの龍王家だし・・・前日に名前書き込むって痛い奴だ・・・しかも目立ちたくないのに公式掲示板に名前を載せるなんて・・・いい笑いものだ)
数分先を未来予知できても出場できなければ意味がない、予知と言っても一瞬寝ないといけないが・・・。
とはいえ相方のレベルが低すぎればどうにもならない。
―――ピコン―――
うん?
画面からアラームだ。
通知・・・。
メッセージだって!
えええ?
『こんばんは龍王景真さん
困っているんです
ダブルス組みませんか
同じく2年生です
レベルは23はあります
返信お待ちしております
できれば明日お会いして組むか相談したいです
属性相性とかありますし
よろしくお願い申し上げます』
(こ、こ、こ、これ・・・ど、どうやって返事するんだ、丁寧な文章・・・女子かな・・・23はありますって本当か・・・いたずらの可能性も)
て、て、手が震える。
へ、へ、へ、返信だ。
「書いた通りです、あなたの属性は不問です、あなたさえ良ければ組みましょう、今すぐでも」
よ、よし!送信!
送信って失敗しないのか?
ん?何か来た・・・ID?
直接リンク?
ああ携帯同士でってことか?
RAINでつながるってそうかそうかそう使うのか。
彼女もしくは彼とRAINで繋がった。
彼女のRAINの表紙は何かのキャラのようなのが写っている、ほぼ球体の女性っぽい?・・・変わった趣味だな。
僕の表紙はNo imageだ、初期状態だ、写真載せるのもなにかかっこ悪い気がするし。
『うれしい。ではよろしくお願いいたします』
『水瀬月乃っていいます。あのまず最初に写真は見てくれましたか?』
「龍王景真です。アイコン見たよ。すごくいいね。ほぼ球体なのに余計な線がなくて、幾何学的な曲線美を感じる。美しいものは好きなんだ・・・気が合いそうだ」
『ええっ!よかった・・・そんなこと言う人初めて・・・信じなくていいけど運命かもしれない。ずっと探していたのかもしれない』
「運命とは統計的なものだよ、仮説を信じる必要はない、そこに感情はいらない」
『あたしなんかと組んで辛いことがあるかもしれない、本当に大丈夫ですか?』
「僕は悪名高い龍王家の直系だよ、後ろ指刺される可能性があるのは君の方だ。全力で守るよ・・・」
『うれしい・・・あたしを見ても驚かなかったのはあなたが初めて・・・改めてよろしくお願いします』
景真は画面を見つめた。
(見ても・・・?)
(写真って・・・どれだ)
(あれ?)
もう一度プロフィール画像を拡大する。
・・・・・・。
(え?人?なの?・・・なにかのキャラクターじゃないの?)




