第10話 『玉姫さま』
―――朝だ。
約束の時間より十五分早く、景真は校門前へ来ていた。
(まだダブルスにエントリーできていない。一晩で水瀬さんの気が変わっていたらどうしよう。好感度は大事だ・・・つまり遅刻は論外・・・にしても必要十分条件だ。どうしても必要な時に相手から誘いが来るなんて)
昨日はほとんど眠れなかったので分身と一緒に魔術を練習していた。
ちなみに夢の書庫に入れる時間は最高でこちらのの時間で20分ほど。
向こうでは50時間ほどが限界だ。
それにしても緊張する。
初めて女性と待ち合わせをしたのだ・・・先輩の場合は向こうからやってくるからな、久我真白とはそんな感じじゃないし。
これはまるでデートの待ち合わせか告白とやらのようだ。
正確にはダブルスの相方候補との面談だ。
恋愛ではないが相手に変な印象を与えたくないと考えると無性にドキドキする。
(大丈夫きっとなんとかなる・・・)
そう何度も自分へ言い聞かせる。
やがて遠くから一人の女子生徒がこちらへ歩いてきた。
白いセーラー服?
うちの学校の生徒じゃないのか・・・うちはブレザーだし?
そして肩までのしなやかな黒髪。
艶々した顔。
そして──
「・・・」
景真の思考は一旦止まった。
・・・大きい。
予想よりずっと大きい。
アイコンはデフォルメではなかった。
(ほ、本当にほぼ球体だったじゃないか・・・すごい曲線だ)
少し緊張した面持ちの水瀬月乃はぺこりと頭を下げた。
「初めまして、水瀬月乃です、昨日はありがとう」
「龍王景真です、こちらこそ」
近付いてくる。
さらにでかい。
(でっか、視界が・・・いや身長は僕の方が上だけど・・・)
思わず少し後ろへ下がった。
月乃が少し寂しそうに笑う。
「やっぱり・・・みんな驚きますからね」
「いや、素晴らしい、耐久力が高いのは間違いない」
景真は真面目に首を振った、そして月乃は少し恥ずかしそうだ。
(まずはステータス確認だ・・・)
ステータス閲覧不可・・・
探知防衛魔術だ・・・
まあ珍しくはない、僕もステータス読めないようにしてるからな、教員もよく使用している。
では隠せない生体ステータスを数字化だ、レベルが上がってかなり細かく数値化できるようになったのだ。
血圧・脈拍正常。
体温36°台。
159センチ。
159キロ・・・。
(まじ!身長と体重が同じ・・・見たことない、数学的に美しい)
「それに全く揺れることなく歩いている。バランスもいいし、筋力は体重の3倍は支えられるとすると、常人の数倍・・・すごいパワーだしそれを魔力で増強できる」
「・・・」
「しかも数学的にも美しい」
「え?」
「呼吸正常、心拍数も低め、強力なアスリートのそれだ」
(魔力や異能者レベルは見えないが観察できる範囲のステータスは高いぞ・・・バランスも筋力もいい。心肺機能も高い・・・ひょっとして力士に近いのかもしれない・・・)
(力士だって、筋力強化魔法とかいいんじゃ・・・)
「君は強い、見るだけで分かる」
「ええっ?」
いつの間にか両手を口に当てて月乃は耳まで真っ赤になっていた。
(やっぱり聞いてた通り、王家の人って変わってる)
でも、嫌ではない。
体型を弄られる。
笑われる。
ずっと、そう思っていた。
この高校に転入してきてから、ずっとだった。
この人は違う・・・のかも。
「属性は?ちなみに僕は書いてある通りで主属性は光です」
「あたしは・・・あの・・・水、水なんです」
「水?」
今日・・・景真は冷水をかぶったように二度目の衝撃を受けた。
(水属性?想定外・・・)
水属性は、魔術戦闘では基本的に後衛タイプで、戦闘には参加しないタイプだ。
まず魔装鎧を作れない、防御力が低いのだ・・・魔装衣とかチュニック程度なら可能だろうが。
攻撃魔術があるって聞いたこともない。
特に雷属性が天敵でほとんどの防御魔術や結界は破られる。
水属性の異能者はこの高校にも少なからずいるが魔術戦闘にエントリーする生徒は基本的にいない。
水属性は圧倒的に戦闘向きではないのだ。
異能士協会でも回復や支援要員がほとんどだ。
(水属性でレベル23・・・?どういう鍛え方してるんだ?水属性は戦わないから大抵レベルは低いのに)
「そ・・・それはそれは珍しいですね」
「はい・・・やっぱりだめですよね、魔装できないのは致命的だって言う人がほとんどででもあたしは!」
(考えようによっては・・・)
「いやいや問題ない、相手にとって全く未知数であることを生かす手はいくらでもある。われわれがもしエントリーしてもだれも戦い方は予想できない・・・ほとんどダブルスは同じ属性で組むからね、例えば地属性だと一つのバフで二人とも強化できるしね」
「え、あたしはあの!」
「光と水のコンビなんてありえないくらいレアだ・・・こちらは相手の戦い方は予想できる、向こうはできない。これはアドバンテージだ」
(月乃にスピードは期待できない、僕が前衛に出るしかないか・・・彼女の戦闘用の魔術が知りたいが・・・)
「じゃあサブ属性は?」
「魔晶石とは三つ契約していて全て水属性なの、理由はあるんだけど・・・」
「持って生まれた属性が水、だよね、で契約したのが水、水、水ということ・・・」
(水の加護を三つって同じ属性は無意味なはずだけど・・・)
何か聞かれたくないことでもあるのかただ不安そうに乙女のような月乃は少し目を伏せた。
「戦えない属性だって言われてるわ」
「歴史的に水属性が戦闘で活躍したなんて話はいくらでもある、水属性自体は比較的新しい属性なんだけどね・・・じゃあとりあえず登録する方向でいいかな?」
「え、あたしのこと何も知らないのに組んでくれるの?」
ニコっと景真は笑う。
景真の顔は今日初めて知ったのだが整っているのは間違いない。
そして、全くもって嫌いな笑顔ではなかった。
もっと怖い・固い人物を予想していたのだ。
どうも自分の予想は外れていたようで邪気のない景真の顔をちらっと見るだけで月乃の顔は今一度真っ赤になっていた。
「レベル23なら十分強いよ。僕からの『組みたい』という気持ちは昨日もう伝えてある。リーダーは君でいいけど一つ一つの戦闘の計画、攻略的なことは任せてほしい、分析は得意でね」
「え、あたしまだ能力とか見せていないのだけど・・・あとどうしてダブルスに出たいとか・・・もういいの?」
「能力なんて成長中でしょう・・・ぜひ僕と組んでください、お願いします」
「え、ええはい、でも。もし組むならリーダーは貴方にお願いします」
(ここで心変わりされても困る・・・レベル23が嘘でもこの体格を生かす方法はいくらでもある、例えば盾にするとか?・・・まあ今は何一つ思いつかないが・・・きゅんちゃんに頼んで光と水で何ができるか調べてもらおう、あと魔術戦闘における力士の強みとは何かを・・・なんだったらサブ属性を増やす手もあるし、水三つって意味不明だよ)
少なからず月乃は驚いていた。
またこの目の前の予想外のことしか言わない景真に興味が湧いていた。
なにも否定されな。
それは珍しい経験だった。
この高校で。
いや今までの人生で覚えがない。
(この人は・・・初めての人、あたしを否定しない人・・・)
「あ、ただし目指すのは全国16位以内です・・・全国制覇とかどうでもいいんで・・・それでも良ければ、まあどうしてもって言うなら優勝目指してもいいけど」
「え、え?・・・全国で16位以内・・・いきなり今年16位ですって、いえあたしも16位目標でいいですけど、十分な目標です。いえあのもちろん精一杯努めます、よろしくお願いします」
ガシッと握手した。
―――PM15:30・・・。
二人は職員室内の大会受付担当者の所へ向かった。
「ここへ来たってことはダブルスかい?」
「・・・はい」
「登録お願いいたします」
担当の教師はまじまじと二人を見た。
1人は龍王家の無能で落ちこぼれ。
そういえば昨日相手を募集しているのは確認した。
冗談かと思ったのだが。
(その相手がコレか・・・このシルエットはうわさの転校生。学年で一番重い。ほぼ球体)
「ネットで申し込めるんだがね」
「いえ、ネットは信用していなくて」
「でもしかし龍王君は確かレベル・・・くっ・・」
画面に表示される。
2-A龍王景真 光属性 自己申告レベル1
2-H水瀬月乃 水属性 自己申告レベル23
担当教師は我慢していたのだが苦笑している。
「ほ、本当にいいのかい?ケガすると思うがね・・・」
「はい」
「はい」
「一応聞いておくが全身魔装はできるかい?」
「できません」
「できません」
「・・・そうだよね、じゃあどうするエントリーは?」
「します」
「します」
「・・・」
思いとどまれという意味なのだが二人とも聞いていない。
最弱だ・・・大ケガさせると、学校が責任を問われかねない。
奮闘むなしく二人に押し切られた。
登録完了。
数秒後。
学内掲示板。
【ダブルス新規登録】
龍王-水瀬ペア
2-A龍王景真 光属性 自己申告レベル1
2-H水瀬月乃 水属性 自己申告レベル23
ダブルス部門は個人戦に比べて人気がないとはいえコメント欄はすぐに書き込みでいっぱいになった。
『ネタ?』
『無能の龍王家兄ってまだいたのか?』
『水属性が出るって?』
『記念にでるとか・・・』
『水って出ていいの?』
『玉姫さまってなんだ?』
『転校生の二つ名w』
『水もおかしいし光のレベル1ってwww』
『無能兄ちゃんと玉姫さまか・・・』
『初戦敗退確定』
『レベル1って何?高校生?』
(ああ世間の目が痛い…目立つのは嫌だ…とても嫌だ、初めて龍王家の悪質なゴシップ記事を見たことを思い出すな・・・ダメ兄ちゃんと玉姫さまって・・・玉姫も酷いニックネームだな)
ふうっと景真と月乃は視線を合わせて携帯を閉じた。
「ごめんなさい。あたしのせいでひどい言われよう・・・」
背中を丸めた月乃が申し訳なさそうに言う。
「半分は僕の悪口だね」
特に気にしてないと景真はふつうに笑っている。
「僕はもう慣れてる、こんなことでブレない、校内掲示板でこの書き込みだからね。実際は10倍くらいひどいことを言われてそうだね」
「10倍?いえあたしの方こそ慣れています、自分の一族からもけなされてます、親や親せきからだって・・・あたしとっても特殊な状況に置かれてて、言ってもいいけど」
「それは幸せなことだね」
「え!どうして?」
「僕には親も親戚もいないからね。不幸自慢じゃ勝てないよ」
「あ!・・・ふふ、面白い人・・・」
「君こそイレギュラーすぎる、何らかの特異点になりえる、異能者の家系は背負うものがある、意味不明な流儀や家訓があったりする、火と雷は絶えず争い、地属性は憎悪を募らせている、風はなにかよからぬことを企んでいる、水もどうせヤバいんでしょう?同じ属性でも分家同士で対立したりするし本家を追い落としたりする、親兄弟姉妹で殺し合いなんて珍しくない、魑魅魍魎の世界だね」
「ふふふ、なんだか思い詰めていたのがバカみたい、あたしだけが特殊じゃないですよね」
「僕なんて地獄に両足突っ込んでるよ」
不思議と二人とも、吹っ切れたようないい笑顔だった。
「景真君って呼んでもいいですか?」
「ご自由に・・・」




