第1話 『無能と呼ばれた嫡男』
十六歳。
東都異能高等学校二年。
龍王景真は人生を賭けた一撃を放とうとしていた。
かつて異能者を束ねた龍王家は終焉を迎えようとしている。
父は死に、継母は弟を後継者に据えようとしている。
直系はもう自分しかいないのだ。
その血も潰えるだろう・・・いまのままだと。
追いつめられているのだ、もう逃げ場はない。
無能ゆえに生き延びてきた。
だがもう限界だ。
無能と呼ばれる僕に残された道は一つだけしかなかった。
急速なレベルアップだ。
そのためにレベル70級の妖を倒せば、僕は人生を変えられる。
千載一遇のチャンスだと言ってもいい。
強力な魔性生物でなければならない。
そう信じて、龍王景真は霊峰息吹を遠目に見た。
日本異能士協会の総本山。
その山頂では今まさに、一体の妖が現れた。
この異常に強力な化物を倒すのは普通なら複数のS級エージェントが出る案件だ。
でも間に合わない。
そしてその必要もない。
僕が殺すからだ。
パーカーを着ている僕は顔は出していない。
かなりの距離を走ったのだが息は切れていない。
監視カメラ的なものは全て避けているはずだ。
(そしてやっと狙撃ポイントだ・・・)
うっそうとした茂みから景真が飛び出るとそこは開けていて崖になっている。
そしてその先には霊峰息吹という山がある・・・日本異能士協会総本山の裏側にあたる。だいたいここから頂上まで20km離れている。
(やっと見えた・・・上手くいけばびっくりするほどレベルアップできる)
一般人の目には見えないが強力な結界で幾重にも覆われている。
静かに景真はあたりの気配に気を配る。
(誰もいないはずだが念のためにはね・・・)
常人ではない景真の目には僅かに見えている・・・いままさに霊峰息吹の山頂付近で神殿のような場所で戦闘行為が行われつつある。
ドウマンと呼ばれる非常に強力な闇属性の妖魔と同級生が既に対峙していた・・・いつの間にか彼らのすぐそばで妖魔は実体化していた。
信じられないほど強力な敵を前に特別クラスの生徒たちは反射的に能力を開放している。
霊力を物質化して俺をまとう纏う魔装という能力だ。
両者の行動パターンを分析しなくてももうわずかに結界内がチカチカと光っている。
魔力が衝突し始めている。
戦闘開始したわけだ。
(闇払いの長たる龍王家直系をなめるなよ・・・ドウマン、お前の闇の力を感じるぞ・・・)
(今更緊張はない・・・必要ない・・・シミュレーション通りでいい・・・緊張しても倒せる確率は上がらない)
クラスメイトたちはレベル30前後。
ドウマンはその倍以上で何一つ攻撃は通らない。
高校生が勝てる相手じゃないことは明白だった。
そして頂上付近に引率の教師は一人いるが他に異能者はいない、つまり助けてくれる誰かはいない。
自由行動・・・自分たちだけで好きな場所を見学させてもらっていたのがあだとなった形だ。
マスタークラスのエージェントでもいれば別だろうが、このままでは1分も待たずにクラスメイトたちは全滅する。
まあいない方が計算し易いのでこれでいい。
クラスメイトはこのままでは生き残れない・・・その事実を前にしても僕の心に揺らぎはない。
もうすでに数秒ほどだが両者の戦いは始まっている。
魔装して全身を鎧で包んだ生徒たちと羽を広げれば10メートルを超える人間と蝙蝠を足したような化物・・・2本のいびつな角を生やし・・・いわゆる悪魔のような形のドウマンだ。
僕は霊峰の頂上に意識を集中する。
(まあ焦ることはない・・・タイミングも位置はわかっているのだから・・・必要なのは集中し能力を集約すること)
極限まで集中する、自身のリミッターを速やかに解除する、何千回もしてきたようにだが実際は初めてだ。
感覚がびっくりするほど冴えていく。空間を感覚で認識できる。
・・・いる。
感じる。
魔装武具である魔槍を具現化する。
20km離れていようが関係ない、敵はすぐ目の前にいるように感じる。
約8年ため込んだエネルギーを全て使う・・・この能力のために自分は普段なんの能力も使えず役立たずと言われ、レベルアップすらできないでいたのだ。
幼少期からいつ継母に消されて殺されてもおかしくなかった。
無能者を装い、無害を装い生きてきたのだ。
それも今日終わる。
最強クラスの異能者に生まれ変わってやる。
使う技はただ一つ、夢の中でたっぷりとシミュレーションできている。
この一撃はS級エージェントの自爆技など比べ物にならないくらいに強い・・・。
それは速やかに発動した。
極源光子魔術――穿貫爆裂魔光咆。
光の濁流は光線となりあっという間に大気を切り裂き、全ての結界を破り目標へ到達する。
本来結界外からの攻撃は感知できない・・・だがドウマンは同級生たちを跳ね飛ばしながら残像が残るほどのスピードで回避移動していた。
結界を貫いた直系数メートルもの光線は九条烈華を飲み込みドウマンを貫いた・・・かに見えたが視界のもどった同級生たちの目に見えたのは右羽のないドウマンだった。
大してダメージはくらっていなかった。
(・・・僕は外したりしないよ)
狙うのはドウマンではない・・・。
わが先祖が作った神殿中央にある魔晶石を狙ったのだ。
神殿内部・外部もまばゆいばかりの光に包まれる。
神殿内を乱反射する光線はすべてを貫く・・・。
柱もクラスメイトたちもだ。
―――ギィエェエエェエ―――
ドウマンは絶叫した・・・砕かれ爆散し、粉状になってなお攻撃は続いた。
かつて暴虐の限りを尽くした妖は一人も殺すことなく消えていた。
あたりは静寂に包まれた。
同級生の1人が体を起こす。
近くに倒れているもう一人と顔を見合わせる。
自分たちの予想をはるかに超えた敵だったのだ、百戦錬磨の超高校生たちだったが生き残る可能性は1%もなかった。
「これは一体・・・」
「えええええ・・・なに・・・なにが起きたの・・・え、倒したの・・・」
すさまじい光のエネルギーは急速に消えていく。
先ほどまでの引きずり込まれるような絶望的な量の負の魔力がウソみたいに消失していた。
消し飛んだのはドウマンただ一体だけだった。
霊峰息吹のまばゆい光をわずかに肉眼で確認してすこし笑いがこぼれた。
(完全勝利だが・・・さあ逃げないと・・・)
僕はもう脱兎のように山を転げ降りている。
全然問題ない・・・超レベルアップだ・・・ケガなどしないくらいに強くなるだろう。
さあくるぞ・・・くるぞ・・・。
力が湧いてくるのを感じる。
来た・・・レベルアップだ・・・一瞬で凡人から超人へ・・・。
これでもう少し生きられる。
気配を消しながら超高速で飛んでやる。
都内まで余裕で飛行できるだろう・・・。
ん?
(んんん?な?に?・・・)
気配を消す魔術は発動・・・あとの術は能力不足・・・なんで。
山から転げ落ちながら自分自身を魔術測定する・・・。
驚愕した・・・開いた口が塞がらない。
能力を数値化する・・・レベル12・・・だって?
平均的な高校生レベル・・・だぞ。
超レベルアップはどうした??
この僕が計算ミスなんてするはずが・・・?
計算上は最低でもレベル40。
いや、35でも良かった。
それなら生き残れる。
レベル40はエリートでありこれを超える異能者はほんの一握りだ、そうなるはずだった。
(やばいレベル12だって・・・意味ない、しまったドウマンを倒した後のレベルアップまではシミュレーションしてない)
レベル40あれば・・・S級エージェントクラスに・・・。
様々な術が使用可能になって未来が広がるはず・・・だったのに。
不安の波の中で心臓がバクバクする。
(あああ・・どうする・・・来年まで生きられるのか・・・)
パニックになりかけている・・・当然だ、死刑宣告に近い状況だ。
でも・・・。
でもこんな時、僕は独特な考え方をする、ピンチはチャンスになり得るからだ。
幼少期から孤立無援だった僕には論理的思考だけが味方だったのだ。
論理的思考に感情は不要だ・・・答えにたどり着くのが遅くなるからだ。
孤独は安全だ。
自分が自分である以上何も恐れる理由はない・・・パニくるメリットはない。
すっーと頭が冷えてくるのが分かる、この程度のショックには慣れている・・・はずだ。
僕の取り柄は感情を廃した論理的思考だ。
もう一度練り直すしかない。
だがまず8年も魔力をため続けるのは不可能だ。
地道にレベル上げするか・・・。
そんな時間はない、であればどこかの属性代表の所有する地下迷宮に無理やり入り込むか。
(いや間に合わないな、継母は待ってくれない。父が死んでからずっとだ。いやその前からだろう。父の死さえ・・・あの人は僕を消したがっている)
(冷静に・・冷静に・・・より深く考えよう)
最悪、気配を消して国外へ逃げる手もある。
だが龍王家はどうなる・・・光の責務は。
250代続いたのに歴史も何もかも消えてしまう。
継母は待ってくれない。
龍王家も待ってくれない。
来年まで生きられる保証もない。
レベル12。
僕は自然と拳を握る。
――計画を全部作り直すしかない。




