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プロローグ ――八十八回目の答え

霊峰息吹から20.2キロ。

山肌に身を伏せ、景真はゆっくりと息を吐いた。

眼下には日本異能者協会本部の研究院がある。

さらにその奥――聖域結界に守られた霊峰息吹の頂上神殿。

神殿そのものは見えない。

見えるのは結界の揺らぎだけだ。

「・・・あと7秒」

誰にも聞こえないようにつぶやく。

ここには景真しかいない。

クラスメイトは予定どおり協会本部の見学へ向かい、神殿へ案内される。

引率の教師1名、エージェントも数名いる。

全く足りない。

87回、ほとんど全滅した。

最初は何も知らずに死んだ。

2回目は教師へ警告した。

3回目は協会へ知らせたら笑われて相手にされなかった。

4回目は神殿へ全員で登らなかった。

その場合、ドウマンはどこにも現れなかった。

5回目は光の魔槍で胸を貫いた。

ダメージはわずかで、光の魔晶石も奪われた。

6回目は頂上神殿への到着を遅らせた。

ドウマンはわれわれ生徒が神殿に入るタイミングで現れた。

47回目。

結界の外からすべての魔力を解き放ち狙撃することに成功した。

・・・ドウマンは討てた。

だが協会本部が爆発し、山は崩れ生き埋めが続出した。

生徒も教師も助からないだろう。

成功だが、失敗だった。

そして88回目。

ようやく、この一撃にたどり着いた、自分だけは神殿に昇らないという選択肢だ。

景真は魔槍を構える。

右腕に魔力が集まる。

限界まで圧縮された光が槍の先端で一本の刀身となる。

「出てくるのは分かっている・・・」

結界がわずかに揺れた。

感じる・・・黒い影。

ドウマンだ。

「今・・・」

光り輝く魔槍は放たれた。

それは一直線に空を裂き、20キロ先の結界を貫通する。

一瞬遅れて、山全体が震えた。

轟音。

巨大な爆風。

景真には見えない。

だが分かる。

命中した。

その瞬間だった。

右腕の感覚が消えた。

「――ッ!」

右肘から先が光になって弾け飛ぶ。

魔力回路が焼き切れる。

全身の血が逆流するような激痛。

景真は膝をついた。

「成功だ。腕は重傷だが・・・」


八十八回目にして初めてだった。

初めて全員が生き残る未来。

初めて魔晶石も奪われない未来。

初めてドウマンが完全に消滅する未来。

景真は静かに目を閉じた。

「これで・・・終わった・・・あとは精度を・・・」

そのまま意識は闇へ沈んだ。




数日後。

夢の大書庫。

天井の見えない本棚。

無数の書物。

中央には巨大な柱時計。

景真だけが入ることのできる夢の世界。

何百回も世界を検証し続けた場所。

「確認するか」

柱時計へ手を伸ばす。

針を昨日へ戻す。

景色が歪む。

教室。

昨日の放課後。

「景真、暇なら一緒に帰らない?」

風間紫苑が少しだけ照れくさそうに笑う。

景真は聞きたかったことだけ尋ねる。

「春季集中講座って受けた?」

「受けてないわ。」

そこまでだった。

世界が音もなく崩れる。

「……え?」

次の瞬間には書庫へ戻っていた。

柱時計の前。

景真は眉をひそめる。

「短すぎる」

もう一度。

昨日へ。

また5分ほどで終わる。

3回。

4回。

5回。

結果は変わらない。

「……まさか。」

冷たい汗が背中を伝った。

夢過去認識。

景真がそう名付けた能力。

現実を変えることはできない。

だが過去を何度でも追体験できる。

会話も。

尾行も。

尋問も。

戦闘も。

納得するまで繰り返せた。

だからドウマンにも勝てた。

6時間でも。

10時間でも。

最高で15時間前後も。

検証できた。

それも百回以上だ。

それが5分。

しかも数回で魔力が尽きる。

「弱体化……したのか。」

柱時計を見上げる。

返事はない。

あのドウマンへの一撃。

能力の限界を超えて放った代償。

8年溜めに溜めた魔力を注ぎ込んだ代償なのか。

能力そのものが大きく削れてしまったのだ。

「……参ったな。」

景真は茫然とした。

この能力だけが、自分の武器だった。

落ちぶれた龍王家。

才能もない。

家では居場所もない。

戦闘能力も低い。

だから未来を検証するしか、生き残る方法はなかった。

その翼が折れた。

静かな書庫で、一冊の本が棚から落ちる。

誰も触れていない。

勝手にページがめくれる。

最後の一頁。

そこには黒い文字だけが浮かんでいた。

――次の災厄は、すでに始まっている。

景真は目を細める。

ドウマンは倒した。

それでも終わらない。

終われない・・・まだ始まってすらいない。

自分には、まだやるべきことがある。

そして数日後。

彼は学園で、一つの異変に気付く。

異能者たちの身体に、誰にも見えない黒い"種子"が芽吹き始めていることを。


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