変わらない日常(2)
奏多は目を覚ます。
カーテンの隙間から溢れる陽の光に照らされて眩しさを感じる。
奏多は体を起こすと、ベッドに座ったまま体を伸ばして凝り固まった体を解す。
満足がいくとベッドから降りてリビングに移動する。
「誰もいねぇな。てか、時間を見ることができても日付が分からなきゃどれだけ寝てたとか分からねぇな。」
朝一番の悪態を口から溢しながら家を出た。
今日の目的は莉奈を観察することだ。
そのためにも一度莉奈の家にいく必要があった。
奏多は家から出ると莉奈の家の方に向かって歩く。
そこまで時間がかかる距離ではないので、軽く走っていく。
家の前に車がなく、出かけてしまったかなと思いながらお邪魔しますと家の中に入っていく奏多。
記憶を辿って莉奈の部屋がある場所へ向かう。
「そう言えば、莉奈の家に来たのも久しぶりだな。最後に来たのはいつだ?......中学、いや小学生の時か?」
最後に来たのがいつかもわからず、思い出すことも出来なかったのでそのまま、扉の前で「すまん」と謝ってから部屋の中に侵入する。
オレンジ色と黄色で染まった部屋は記憶にある風景とはかなり違っていて、違う部屋に入ったのかと思ったが、机の上にある写真を見れば、本人の部屋だとわかった。
「にしても、置いてある写真は1つ以外全部直人との写真だな。それに、1つだけ俺が写っている3人の写真はあるけれど、やっぱり紫苑は写ってないんだな。」
薄々そんな気はしていたがやっぱりそうなんだと改めて思い返した。
莉奈本人も莉奈の両親もいないので会話は聞けないが、なんとなく紫苑には申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「いや、あくまでも俺のその気持ちが強くなっただけで、決めつけるのは良くないか。」
奏多の声は響かない。
ただ思ったことを口にしただけだし、誰にも聞かれなくていい。
じゃあ言う必要はあるのかという別の問題があるが、言いたいことは口にして言っていいと思う。
.....幽霊だし。
「今更...か。いや、........行くか。」
奏多は莉奈の部屋を出ると直人の家にそのまま向かう。
直人の家はこの辺りでは比較的に広い土地に建っていた。
それに、ブルーグレー色なので場所さえ知っていれば簡単に見つけられる。
「お邪魔します。」
とりあえず、そう言いながら侵入すると靴がいくつか置いてあった。
その中に直人のサッカーシューズと普段履きの靴を見つける。
「直人はいそうだな。」
奏多は直人の部屋がある3階まで移動する。
直人の部屋の前まで来れば流石に話し声が聞こえた。
奏多は、とりあえず入っても大丈夫そうかを判断するために部屋の外で少し待つ。
「あーもう、わかんない。」
「どこだ。......これ去年の問題だぞ、頑張れよ。」
「そんなこ言ったって数学わかんない。何これ、頭おかしくなる〜。」
会話を聞く限り入っても大丈夫だなと判断した奏多は部屋に侵入すると、そこでクッションをお腹と足で抱え込みながら手を頭に置いて、うだうだ唸っている莉菜と少し呆れた顔で莉奈を見る直人がいた。
直人は仕方ないと言いながら一個ずつ丁寧に解説を始める。
奏多は空いている場所に座り、胡座をかくと膝に肘を立てて周りを見渡す。
「ここに来たのも多分中学前半か、小学の後半あたりだよな。ほんと、お前らの部屋に来るの久しぶりすぎてなんか新鮮気分なんだけどよ。見たところお前の部屋はそこまで変わってないんだな。なんか安心したわ。」
奏多は今もなお莉奈のわからないところを解説している直人の顔を見ながら言う。
相変わらずこの2人は変わらないというか、変わり切らないというか。
幼馴染だからこそ思うところがある。
「なお、これ終わったら休憩しよ。」
「別にしてもいいけど何回目だ。終わらないってことは俺がさせないから大丈夫だけど、後になると辛くなるぞ。」
「う〜....、わかってるよ。ちょっとお手洗い。」
莉奈はそう言うと立ち上がって部屋を出ていく。
「まったく。早く終わらせて泊まりを楽しむんじゃなかったのかよ。」
直人はそんなことを言いながら、苦笑いをしていた。
ほんと昔から変わらないな。
俺と莉奈が宿題面倒っている間も直人は黙々とやり続けて、解けない問題は解き方を教えてくれていた。
それ自体は変わらないのだ。
この光景だって懐かしいと感じる。
でも、それだけだった。
しばらくして、廊下で話し声が聞こえた。
「莉奈ちゃん。これ持っていきな。」
「ありがとうございます。お義母さん。」
そんな声が聞こえたあと、莉奈が手に菓子盆を持って入ってきた。
「お義母さんが持って行きなって。」
「そうか。先に休憩するか?」
「んー。うんん、キリのいいところまで進める。」
そう言って莉奈は直人に解説をしてもらいながら、頑張って解いていた。
奏多は本来の目的とは違うものの、結果的に2人同時に観察できるのでいいかと思っていたが現実は甘くなかった。
2人はなかなか紫苑の話題、それに近しい話題を出さなかった。
そりゃ、彼氏彼女の2人でいる時に、その場にいない人の名前は会話の中でなかなか出てこないなと今更ながら頭を抱える。
何か話のきっかけで、そこに辿り着くなんてことはあるだろうけど、まぁ無理だろ。
結局、この日は特に収穫もなく夜になったので帰ろうとした時、直人が莉奈に話しかけた。
「そういえば、8月に友達と遊ぶ予定あるのか?」
「ん?なんで。」
「いやほら、今日から1週間俺の家に泊まりだろ。お盆になれば爺さん、婆さんの家に行くだろうし。バイトだってあるんだから、遊ぶ時間限られるだろ。」
「あぁ、そう言うこと....。そうだね、あるにはあるよ。2、3回出かける予定が。」
莉奈はスマホを触りながら直人に振られた話題を答えていく。
「なら良いんだけどよ。あいつと遊ぶことがないから、いつもみたいに予定はパンパンにしてはないと思うけど。」
「んー?なお、何かな何が言いたいのかな?」
直人が変な質問をするから、何かあるんじゃないかと考えた莉奈が直人に向かってジト目で見つめる。
直人はそんなこと気にせずに話を続ける。
「奏多のおばさんから連絡があってよ。俺たちが昔よく遊んだ公園の近くの寺に、奏多の墓地を立てるんだと。それで、後でよかったら会いに行って来れってことだから月島と予定合わせようかと思ったんだけどよ。予定合わせられそうか?」
「え、う〜ん。どうだろ、紫苑の予定もあるだろうし。無理に一緒に行かなくてもいいんじゃない?」
直人と莉奈の会話を取りこぼさないように奏多は静かに聞く。歩き出そうとした姿勢のままだった奏多は手と足を揃えて棒立ちになる。
「紫苑ならおばさんたちと一緒に行きそうだし。誘っても断りはしないと思うけど、何回も行くことになりそうじゃない。」
「どうだろうな、まぁ誘わなければ1人でも普通に行きそうだからそこまで心配してないけど……それに、なおは紫苑のこと苦手....あまり好きじゃないでしょ。」
「ん?あぁ、嫌いではないけどな。確かに1、2歩足を下げて接してはいるかもな。月島は奏多の彼女だし、あいつ自体俺のことをあんまり好ましく思っていないだろうからな。なんとなくそんな気がするだけで、態度に出してしまっているのは申し訳ないが。でも、莉奈は普通に月島と話してたよな。」
「そうだね、話してはいるかな。でもそこまで長くは話さないよ、奏多のことで少し話すくらいだし。ほら莉奈って気難しいところあるしさ。確かに奏多と付き合い出してから話始めたから、いつもの流れで話しているけどお互いあまり干渉はしてないよ。」
直人は莉奈からの返答を聞くと、「そんなもんか。」と言って無理に誘わなくてもいいかと頷いてしまった。
奏多は完全にそうだとは言い切りたくないと思う感情が邪魔して、モヤモヤを拭い切ることができなかった。
それでも答えの大半は手に入ったはずと無理やり納得させて直人の家を出る。
自分の家に帰ってきた奏多はリビングの電気が付いていたので中に入る。
リビングでは奏多の両親がテレビを見ていた。
本来であれば、20時前に父親が帰ってくることはないが、珍しく帰ってきていてちょっとレアな場面に出会えた。
「変わらないな。小学生の頃、父さんがいつもより早く帰ってきた時は3人でバラエティ番組とか見てたな。最近じゃ俺が部屋に篭りっぱなしか紫苑が母と一緒に見ていて、俺と父さんが机の上で話したりが当たり前になっていたけど、こういうのも案外変わらないもんだな。」
奏多はそんな感想を呟きながら、久しぶりに2人の近くに座る。
気づいてはもらえないだろうけど、そうすることでまだ2人と一緒にいることができていると錯覚させることができて、頭が軽くなっていく感覚がある。
そう、無駄なことは考えなくていい。
人の関係なんて、自分が見ているものは一部でしかないのだから。
本人たちに聞くことができない、まして誰にも話を聞いてもらえない現状では考えなんて一歩通行にしか進まない。
つまり、答えを自己満足で決めて着地させるしかないのだ。
間違いなのか正解なのかを彷徨う暇があるならパッと忘れて楽になった方がいい。
まぁ完全に忘れることはできないのが、人間という生き物なのだけど。
奏多はやめよと心の中でつぶやいて、息をそっと吐く。
「そうだ、今日までだって何回も見てきたろ、人1人いなくなっても日常は変わらない。関係が近いほど、戻るのに時間がかかるが、そうでない人たちはそれが当たり前となっていく。きっとそれは俺が体験しても同じことなんだ。みんな違いなんてない、早いか遅いかだけ。結局それは1つのイベントであって、それが解消されて慣れてしまえば残るのは変わらない日常なんだ。」
奏多は自分に言い聞かせるように、また何言ってるのと突っ込んで欲しいなという気持ちから口に出して立ち上がると、自分の部屋に移動する。
「他人の感情なんて、そいつのものだし俺が割って入ってこうしろなんて傲慢は許されないからな。観察なんて忘れて、俺は紫苑の隣を歩いて生活してた方が俺の特になる。」
いつこの状態が終わるのかはわからないが、あの世に持っていく記憶があるとしたら悩んだ記憶よりも楽しんだ記憶の方がいいよな。
奏多は自分なりの答えを見つけて頷くとベッドに体を投げて仰向けになり目を瞑って眠りについた。
誤字脱字ありましたら教えていただけると幸いです。




