死という現実(4)
「お願いします。」
莉奈がそう言い入場ゲートのスタッフにスマホの画面を見せる。
「はい。では腕を出してください。」
そうして、莉奈、直人、紫苑の腕にブラックライトスタンプを押していくスタッフ。
3人分押し終えるとゲートバーを回して入るように促される。
入場ゲートを通り終えると莉奈は一度大きな伸びをする。
「さてと......直人、紫苑何から見ようか。」
「とりあえず、道なりに進んで行けば良くないか?本命のイルカショーまで時間はあるしな。」
「私もそれでいい。」
旅行2日目は旅館からそれなりの距離にある水族館へ来ている奏多たち。今日は、この水族館で1日を満喫する予定だった。
「それじゃあ、それで行こう。」
莉奈はご機嫌だった。その隣を直人はいつも通り落ち着いた雰囲気で歩き出し、紫苑は2人の後ろをいつも通り歩いていく。いつも通りの光景だった。
ゲート近くは大口を開けた鮫の顎模型が置いてあったり、天井には大型の魚や亀の模型が吊るされていた。
紫苑達はそれぞれ感想をいいながら歩き、たまに邪魔にならない位置で写真を撮ったりしていた。
「やっぱりすごいね。入口だけでも全然楽しめるよ。」
「そうだな。階層も三階だてになっているし、好きに見て周れるのはいいな。」
「ね、でもさ。やっぱり魚見に行こうよ。あそこから行けるみたいだしさ。」
「わかった。月島、いくぞ。」
「ん。」
莉奈は直人の手を引くと少し足早に進んでいく。紫苑は短く返事をすると2人の跡を追う。
「見て、クマノミとイソギンチャクだ。」
指を指しながら言った水槽の中には確かにクマノミとイソギンチャクがいた。
水槽の中でも、イソギンチャクの中を泳いでいるクマノミは海の中の生態そのものだった。
生態を意識して一緒の水槽に入れているのか、ただ単に同じ水槽に入っていたのかは莉奈たちの知り得ないことだが、生態を意識しているなら海の中でどう過ごしているのかが視覚的にわかるので、こういった施設では珍しくないのかもしれない。
奏多も水槽の中を泳ぐ魚を見ていた。
昨日の紫苑のことを思うと心配になったのでたまに気にしてみると、彼女はルールを守って写真を撮っていたので、紫苑を気にかけつつも魚を見る奏多だった。
そして幾分か近辺の水槽を見たあとは、この水族館の中で一番大きいとされている巨大水槽の場所まで移動する。
「綺麗。」
紫苑が小さい声でつぶやいていた。
確かに見ている水槽は断片的だが、水槽の中は海底の一部を抜き取ったみたいに再現がされており、とても綺麗だった。
ここで奏多は生前に思った夢が1つ叶えられることに気がついた。
実際にできるかは別だが、なんとなくその欲求が止められなかった。
奏多は水槽に手を当てると、侵入するという意識を強める。すると少しだけ手間取ったが水槽の中に入ることができた。
死んでいてもちゃんと水の中にいるという感覚がある。なのでそのまま鮫の側まで泳ぐと一緒になって泳ぐ。
奏多が生前思っていたのは鮫と一緒に泳ぐだった。
「いや、マジか出来ちまった。これはいい思い出だわ。実際鮫と泳ぐなんて一緒無理だと思っていたからこれは嬉しいな。」
奏多は少し興奮しながら鮫と並走する。並走しながら紫苑達を見ると紫苑は水槽にスマホを向けていて、莉奈は魚を指さしながら直人に話しかけていた。
やっぱり3人の仲は少し遠いと思った。良し悪しではなく遠いと感じたのは距離感があるように見えるからだ。一緒にいるから仲がいい、確かにそう見えなくはないのだが一緒にいる時間が長い奏多からすると距離を感じてしまうのだ。
奏多は泳ぐのを辞めるとガラスに触れて水槽から出る、水槽から出た奏多はそのまま紫苑の隣に移動する。
すると、紫苑はしゃがんで解説板を見始めた。
この水槽で泳いでいる魚や環境などが記載されている解説版は電子パネルのようになっており、自分でページが変えられるようになっていた。紫苑はたまに解説板に映った解説をスマホの中に収めていた。
「紫苑...。」
「紫苑、次のところ行くよ。」
奏多が紫苑に声をかけようとした時、同じタイミングで莉奈も紫苑に声をかけた。
紫苑は、莉奈の方を見て立ち上がると、スマホをポケットにしまう。
「莉奈、ちょっといい?」
「ん?どうしたの。」
「あのさ、しばらくさ柴崎と一緒に見てきなよ。」
「急にどうしたの?」
「ねぇ、柴崎もどう?。たまには彼女と2人の時間も欲しいんじゃない?」
莉奈は少し戸惑っていた。しかし紫苑は直人にも2人で楽しめと言いう。
引くきはないようだった。
「わかった。昼飯はどうするんだ。」
「それぞれでいいんじゃないかしら。食べたいと思った時間が一緒で距離が近ければ一緒に食べればいいと思う。じゃないとお腹空いてないのに食べなきゃいけない、もう少し見たいのにご飯を食べに見るのをやめなきゃいけないって、いうように相手に合わせることになるでしょ?」
紫苑は水族館のパフレットを鞄から取り出して見せる。「一応、キッチンカーはそれぞれのエリアにあるし、がっつり食べたいならDエリアに行けばいいし」
「紫苑は本当にそれでいいの?」
紫苑は頷くと直人は「わかった」と言って莉奈の腕を引いて先に行ってしまった。
「これでいいよね。」
紫苑はそう言うとパンフレットを鞄の中に入れて、上着のポケットに手を入れると歩き出す。今日はイヤホンをつけないみたいだった。
紫苑が歩いていったのは莉奈と直人が歩いていった水中ドームの方ではなく、その隣にある別ルートの方だった。
しばらく薄暗い道なりに進むと、そこには小型の水槽がいくつも備え付けられた空間だった。
「ここって。」
奏多が紫苑について歩くと1つの部屋に着く。
そこにはいろんな海月がカラーライトに照らされてピンクや紫、空色の光を放っていた。
海月は奏多が好きな水性生物の一種だった。
水に浮かんだり、開いて閉じてを繰り返して自由に泳いだりしている姿がとても愛らしく、そんな海月が昔から好きだった。
紫苑は海月の写真をいくつか収めていく。たまに自分の背景に海月を写して自撮りも挟んでいる。
「紫苑が自撮りとか珍しいな。」
なんて言いながら奏多は紫苑の隣の空きスペースに移動し、海月と被らない位置でスマホの中に収まったりして少し遊ぶ。
一旦満足したのか紫苑はスマホをまたしまうとゆっくりと歩き始める。
小さい子供や、その親と思われる人がいたり、カップルと思われる組み合わせもある。様々なグループがいるのにこの空間は意外と静かだった。
そして奥の方に進むと沢山の海月の水槽の中で、円柱の柱の一部が水槽になっているゾーンが出てくる。そこにも様々な種類の海月がいるが1つだけ、海月とは違う生物が泳いでいた。
それはクリオネだった。
「そういえば、紫苑は水性生物のなかでクリオネが好きだったよな。」
「...。」
紫苑は言葉を返さなかったが、スマホを取り出してまた写真を撮り始めた。
いろんな角度だったり、写真を撮るフォーマットを調整しながら満足いくまで写真を撮り続けていた。
数分経ったが流石に捕食のための行動は見られず、解説板に映っていた捕食のタイミングの写真を撮って我慢していた。
しばらく、海月とクリオネの部屋で時間を過ごした後、奥に続く通路を通って移動すると大広間に出た。
奏多は紫苑が向かう場所にただ着いていくだが、後ろではなく隣を歩くようにした。
「そういえば、さっき水中ドームは使わなかったな。」
紫苑がそうポツリとこぼした。歩いている方向を途中で転換して、今いる位置から巨大水槽の方へと歩き出す。
水中ドームの中は一言で言うならとても神秘的な場所だった。優雅に泳ぐ魚や亀が真横や天井付近を泳いでいるのはもちろん、天井から刺す日の光が魚の体に反射して水の中を輝かせていた。
紫苑は本日何回目かのスマホでの撮影を始める。奏多は紫苑が楽しめているようで嬉しかった。
昨日の自分の言葉が届いたとは思っていないが、他人に気を使わずに気を楽にしてこういう施設で羽を伸ばせるのは心身ともにリラックスできるので十分に楽しんでほしいと思った。
しばらくすると紫苑はドームの中に設置されているキューブスツールに座って、撮った写真や動画を確認している。
奏多は隣から覗き込む。普段ならそんなことはしないが、なんとなく撮っていたものを見たかったのだ。
写真や動画の中には少し焦点があっていなかったり、余分なスペースがあったりと所々気になる箇所はあったが、頻繁に写真や動画を撮らないのでうまく撮れなかったのかと思った。
紫苑はそんな写真も消すことはなく大事にお気に入り登録をしていたので、奏多は微笑むと触れられない手で紫苑の頭をぽんぽんと軽く撫でた。
紫苑の顔が幸せそうに見えたのはこの時間が楽しいと感じているからだろう。
休憩も兼ねて水中ドームに座っていた紫苑の耳に館内放送が聞こえた。
『このあと12時より予定しておりますイルカショーがもうまもなく始まります。ぜひBエリアにご来場くださいませ。』
紫苑は立ち上がるとスマホをしまった。なんとなくショーを見てみたくなったのだ。
さっきの大広間の方まで戻ると、Bエリアを指す看板を見つけて看板が指す方へ歩き続ける。
館内放送が流れたというのに周りの家族は意外と移動していなかった。
今紫苑がいるのはAエリアで、Bエリアは隣なので少し歩けば途中からでもイルカショーは見えられるだろう。とりあえず周りの家族の動きは放っておいて紫苑はショーが行われるBエリアに移動する。会場に着くと前5列ほどはかなり人で埋まっていたが、2階あたりに位置する場所はかなり空いていた。
紫苑は横の階段を登るとスタッフに「まだ、前列空いてますが上の階でよろしいですか?」と聞かれた。すでにショーは始まっていたという事もあり、スタッフに大丈夫と答えるとそのまま階段を登りきり一番後ろの列に座る。
イルカは全部で3匹だった。それぞれに付いているのかドルフィントレーナーも3人いた。
笛を吹いたり、ジェスチャーをしてそれぞれに指示を出していた。下の階ではイルカが跳ねることによって生み出された水飛沫をガードするために透明シートを持ち上げたりしているのが目に入る。
紫苑は1人静かにただ、イルカがパフォーマンスをしているのを見て時間を潰している。
ただ、ぼーっと何も考えずに見ている、会場の歓声が大きくなってきたなと思ったらラストパフォーマンスをするための準備がされる。天井から吊るされているボールが少し下がり、リングが2つ降りる。
そして2匹のイルカがリングを交互に跳ねながら潜り抜けるという器用なことをし始め、音楽のクライマックスと同時に最後の1匹が空高く飛び上がるとボールを弾いた。
観客は大盛り上がりで会場が沸いていた、そしてドルフィントレーナーたちが礼をすると、司会が出てきてイルカと写真を撮れるタイミングがきた。
紫苑は立ち上がると、会場から離れるために歩き出した。階段を降りながら他の人の邪魔にならないように譲り合ったりして降りていく。
イルカは可愛いと思っている紫苑だが、一緒に写真を撮りたいほどかと言われたらそうでもなかった。
それなら、他の家族やカップルたちに譲ったほうがいいだろうとそう判断しただけだった。
階段を降りると、そのままCエリアに行くための通路を使ってこの場から移動する。
Cエリアに着くとゲートを通る。Cエリアはかなり暗めのエリアになっていた。
少し進むと『深海へようこそ』と表記された看板が立っていて、深海魚の模型が置いてあった。
所々にライトがあるので、真っ暗というわけではないが、よく見ないと場合によっては人にぶつかりそうなほどで、光らせている模型の近くをできるだけ通って人に当たらないように気をつける。
模型の他にも水槽はちゃんとあり、その中で泳いでいるのは海老や蟹、グソクムシと深海魚が数種類だった。
紫苑はじっくり見ることなく淡々と歩いていく、途中有名なリュウグウノツカイの全長模型がある横を通り抜けて隣のDエリアに移動してしまう。
Dエリアは魚を見るというよりかは化石を見たり、魚の骨模型が置かれていてその他に子どもたちが遊ぶ遊具なども設けられていた。
Dエリアは休憩所にもなっていて、フードコートもある。紫苑は少しくらい食べようと思い、テナントの方に行く。
水族館ということもあり、海鮮のメニューが多かった。
14時過ぎだが、まだ人は沢山いて座れるか分からない状態だったので最悪立って食べられるものとして、ハンバーガー屋に並ぶ。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」
「えっとー、これを1つお願いします。」
「かしこまりました。お会計1点で730円です。」
紫苑は支払いをペイ払いで済ませてゲストページャーを受け取る。のぞみは薄いことを視野に入れながら空いている席がないか歩き回る。
歩き回った結果空いている席はなかったのですぐ受け取れるようにハンバーガー屋のところまで戻る。
戻ってしばらくすると、ポケットの中から『ピピピピ』と甲高い音がなった。
ポケットから音を発しているゲストページャーを取り出すとそれを持って受け取り口に行く。
「大変お待たせいたしました。ご注文の白身魚フライのチーズバーガーです。」
「ありがとうございます。あ、ごめんなさいトレーはいらないです。」
紫苑の言葉に少し驚いた定員だったが、察した顔をすると紙袋の中にペーパーとハンバーガーを入れた。
「熱いので気をつけてくださいね。」
そう言って紫苑に紙袋を渡した。
紫苑はそれを受け取るとフードコートの隅の方に行き、他にもいた席に座れなかった人たちと同じように壁に寄りかかってバーガーを食べ始めた。
奏多は昼休憩をとり始めた紫苑の隣に立つと、ただぼーっと目の前の光景を見ていた。
施設自体が家族、カップル、友人、そういった層が集まる場所であるということなのは理解してる、それに今は夏休みの時期なので、通常より人数が多いことはわかる。
「やっぱり、こういうところは賑やかだよな。」
「……。」
「いや、別に紫苑が悪いわけではないんだけどな。あいつらもな、もう少し3人でいるっていう自覚は持って欲しかったよな。」
紫苑は何も答えないが、奏多は話かけ続けていた。
実際は静かにしていた時もあったが、海月を見ていた時もクリオネを見つけた時もイルカショーを見ている時だって、タイミングが合えば声をかけ続けていた。
しかし、紫苑は反応することなくただ静かに水槽を見ていただけだ。
クリオネと海月のいた場所では写真を撮っていたがイルカショーに関しては写真を撮らずに時間を過ごしていた。
別に不思議ではないが、奏多には紫苑の表情と雰囲気くらいでしか機嫌はわからない。
それは幽霊になったからと変わることはなかった。
と、紫苑がバーガーを食べ終えたみたいだった。紙袋の中にバーガーの包み紙を入れて口を閉じるとそれをできるだけ小さくしていた。
紫苑が歩き始めたので、奏多はその後ろをついて歩く。
近くのダストボックスにゴミを入れると紫苑はAエリアの方へ歩き始める。
Aエリアに移動した紫苑は2階にきていた。
2階には映像パネルと椅子が沢山置いてあった。
ここは実物の魚を見るのではなく、映像を通して魚の生態を見るようなエリアになっていた。
備え付けのヘッドホンをつければ音声でも解説を聞くことができるようだった。
ヘッドほんから溢れている音声を聞く限りでは字幕をただ読み上げているだけなので、小さい子供に優しい設計となっていた。
紫苑は空いている席に座って椅子を倒すと備え付けのウェットシートでヘッドホンを拭いてからそれをつけると映像パネルを操作しながら、クリオネの解説を見たり海月や亀といった、魚以外の映像を見て楽しんでいた。
実は奏多は過去に2回ほど、紫苑と水族館に来たことがあるのだが、2回目の時に発覚したことがある。それは紫苑が魚に興味がないことだった。もっというなら魚のような形をしている生物に興味がないということだ。
初めて来た時は魚と魚以外とで反応が違くて、好きな魚が居なくてなのかなと思ったが関係を気付いた後にきた水族館で紫苑に言われたことがある。
「私、魚あんまり興味ないのよね。もちろん例外はあるけど。」
奏多はなんで言ってくれなかったのかと聞いたら、「なんでって、奏多が来たかったんでしょ?だったらいいじゃない、私は魚以外を見て楽しめるし。奏多が楽しそうな顔をしているのが好きだから」と返された。
奏多はそれ以来、例外に当たる魚型の生物がいる場所と、クリオネがいる場所を頑張って探したが両方見られる場所は遠かったり、一時的にしか見られずクリオネがいない場所か、その魚型の生物がいなくてクリオネがいる場所しか探せず紫苑を水族館に連れていくことはなかった。
ちなみにその魚型の生物とはシャチのことである。シャチはドルフィンショーの時にしか見られないので、それ以外だと時間だけが持て余してしまうという事、学生なのであまり遠出ができないという事、そういう観点からテーマパークに行ったり、観光旅行をしたりが多かった。
「でも謎なんだよな。シャチって哺乳類で魚の形してるのに、同じイルカは別って言うんだもんな。可愛いとは感じるみたいだけど。」
なんてことを呟くと紫苑はヘッドホンを外して椅子から降りるとそのまま化粧室に行ってしまう。
流石に化粧室の中にはついていけないので化粧室の入り口付近でしゃがんで紫苑が出てくるのを待つ。
奏多は待っている間、上を向いたりしてこの後どうするのかなとか、ここにいない莉奈と直人は何をしているのかなとかを考えて待っていた。
この後、化粧室から出てきた紫苑は一度3階に上がったがそこは何もなく、巨大な魚の模型を上から見るくらいしかすることがない空きスペースだったので朝いたクリオネのエリアまで戻ってきていた。
薄暗い中、照らされる海月を見るわけではなく、海月の水槽を休みながら見られるキューブスツールに座っている。
海月を背景にしながら空間全体を見ていた。
奏多はそんな紫苑の隣に座った。左手は腰を抱くように回して、以前よくしていた座り方をする。
今この場には数組の家族連れしかいなかった。子供達も特に騒いだりしていないのでかなり静かな空間が作られていた。
紫苑は何も言わない、奏多も黙って座っている。
それだけなのに、今はそれが一番幸せだと思った。今までもこうやって休むことがあった。
特に夢の国だったりアトラクションパークなどで歩き疲れた時は紫苑の腰に手を回して2人でよく休むことがあった。
懐かしい、そう感じさせるのは最後に紫苑と一緒に出かけたのが数ヶ月前だからという理由だけではないだろう。
奏多は紫苑を見ると、紫苑は目を瞑って綺麗な姿勢で眠っていた。
「マジか。まぁ荷物は抱えているし、ここなら表情とかも近づかないとわからないからあれだけど、流石に不用心すぎるだろ。俺は今紫苑の隣にいるけど、隣にいないんだぞ。」
奏多は紫苑の額を右人差し指で突きながら、クスッと笑いながらただ見守っていた。
そういえば、こうやって休んでいる時に紫苑を自身に寄りかからせて軽く寝させることをしたこともあったなと思いならが今はそれができない自分を責めたくなった。
「……あれ、寝ちゃってた。」
紫苑がそんなことを言いながら目尻をこすりながら小さく欠伸をしている。
結局寝ていた間、特に何かあるわけでもなかったので問題はないが流石に全然起きなかったので奏多は途中からかなり心配していた。
紫苑はスマホを開いて時間を確認すると16時半くらいだった。
「嘘、1時間くらい寝てるじゃない。」
紫苑は慌てた様子で、鞄の中身を確認している。
「よかった、全部ある。....ったく不用心にも程があるわね。」
紫苑はそう言いながら立ち上がろうとすると思ったより力が入らなかったようで、立ち上がらずに握り拳を作って足を叩いていた。
「まぁ、あれだけ同じ体制で寝れば足も痺れるだろ。」
奏多は苦笑いを浮かべながら立ち上がると軽く伸びる。
幽霊の奏多ですら足に痺れを感じるのだ、きっと紫苑はちゃんと痺れているだろう。
紫苑はやっとの思いで立ち上がると、少しだけ動きを大袈裟にして無理やり痺れを取ろうとしていた。
しばらくして、問題なく動かせるくらいになるとクリオネがいる水槽まで移動した。
先ほどとライトの色が違ったので、違う輝きをするクリオネの写真を複数枚撮ると水族館の入場ゲートの方まで行く。
「すいません。一旦出てもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。念の為スタンプ押しましょうか?」
「そうですね。お願いします。」
「はい.....うん、これで大丈夫ですね。外で手を洗う時スタンプの場所を強く洗ってしまうとスタンプが消えてしまう可能性があるので気をつけてくださいね。」
「わかりました。」
紫苑はゲートをくぐって水族館から出ると、端に移動してスマホを開く。
『一旦館内から出る。ちょっと行きたいところあるから、戻る時にまで館内にいたら連絡ちょうだい。そうじゃなければ先に寮戻る。』
紫苑はグループチャットに送ると、マップアプリを起動させる。
目的地を入力して音声ガイドを付けるとワイヤレスイヤホンを取り出すと案内に従って歩き出した。
奏多はどこに向かっているのか気になりつつも静かにその後ろを追った。
体感30分くらい歩いてついた場所は堤防でテトラポッドが沢山置いてある場所だった。
そしてその外れには荒い岩が道なりになっている場所があり紫苑はそこに向かって走り出す。
奏多は紫苑の行動を不思議に思いながらも後を同じように走って追いかける。
紫苑が立ち止まったので奏多も止まると、紫苑が息を整えながら「間に合った」と言った。
「間に合った。まだ少し早いから少し練習しなきゃ。」
紫苑はそう言うなり、スマホを取り出して写真を撮り始める。
調整レイヤーを使ってできるだけ思い浮かべている写真が撮れるように調整していく。
「ちょっと、時間が怪しいわね。まったく、承認欲求が高くないから自撮りとか写真をあまり撮らなかったことをここで後悔するなんてね。」
紫苑は焦りを口にしながらも、調整していく。
そしていい感じに調整できたのか今度は鞄の中から、かなりコンパクトにできる三脚を取り出すと組み立ていき、それを岩場に合わせて調整すると設置して、スマホを取り付けた。
そして一旦タイマーを設定して岩場の奥に進んでシャッターが切られると戻ってくる。
奏多はただ見ていることしかできなかった。なぜ紫苑がそんなことをしているのかわからなかったが戻ってきた紫苑の口から「私の位置もバッチリね。あとはうまく撮れることを祈るだけ」と独り言を溢すと、紫苑はモバイルバッテリーを取り出しコードでスマホと繋げるとナイトモードとマナーモードの確認をしてスマホの撮影ボタンを押すとさっきの位置まで移動する。
特に何をするわけでもなく、紫苑はその場で止まっている風に靡く髪を避けることもなく。ある程度時間が経った頃今更ながら奏多はカメラがタイムラプスになっていることに気がついた。
そして、スマホ越しに見たことで思い出したことがある。
「紫苑、海行かね?」
「急にどうしたの。」
「これさオレンジに少しだけ紫がかった空の写真なんだけどよ。アーチがいい感じに写っていて綺麗だろ、今度2人で撮りたいなって。」
「何それ。まぁ奏多が行きたいならいいけど....気分が向いたらね。」
以前、そんな会話をした。
「そうか、あの写真ってここだったんだ。.....紫苑、気分が向いたらとか言いながらちゃんと調べてくれてたのか。」
奏多は少し涙を浮かべながら紫苑の隣に移動する。
写真には映らない、でも何か奇跡でも起きて紫苑の隣にシルエットが浮かべばいいなってそう思っただけだった。
奏多は紫苑の隣で少し足を曲げてアーチがちゃんとカメラに収まるイメージで立つ。
すると、紫苑が少し奏多の方によって、首を少しだけ傾げた。
「……。」
紫苑と奏多が写真を撮る時、いつも紫苑は少しだけ奏多に頭を寄せて奏多の肩に少し乗せるのだ。
今回も紫苑の頭の位置は多少ズレがあるが大体は肩の位置にある。
奏多はそんな所もいつもと同じと思いながら姿勢を保った。
かなりの時間同じ姿勢になっていたが、紫苑は見切りをつけてやめると、カメラを止めて片付けを始める。
一度スマホをポケットにしまい。モバイルバッテリーと三脚をしまうと、鞄を持ち上げて肩にかけて道路の方へ戻る。
そして、しまったスマホ取り出して画面を見ると来た道を戻った。
水族館に戻った紫苑は、お土産を購入するとすぐに水族館から出てしまった。
その後はどうするわけでもなく、ただ旅館に戻ってきた。
「おかえり、遅かったね。」
「えぇ。」
「どうしたの?何かあった?」
「別になんでもないわ。」
紫苑が莉奈の問いに流しながら答えると、荷物を整理してしまう。
「月島。メッセを読むのが遅くなったのは悪かったが流石に通知が入るようにはしておけよ。」
「そうね、ごめんなさい。」
実は写真を撮っている間、かなりの量のメッセージと電話を受信していたが、ナイトモードとマナーモードの組み合わせという、絶対に通知が入らないようにしていたので、2人の連絡を無視していたことになっていた。
実際は莉奈と直人自身も通知が届き難い状態ではあったが、それはお構いなしと言った感じだった。
奏多は流石に出る言葉もなく、ただ呆れていたがそんなことはどうでもよかった。
そして次の日の朝、朝食を終えた紫苑達は施設管理の海に行き、少し水遊びをした後、ルームキーを返して3泊2日の旅行を終えたのだった。
また別の日、旅行から帰ってきた紫苑は奏多の家に来ていた。
「あら、紫苑ちゃん。いらっしゃい。」
「こんにちは、お義母さん。」
「立ち話もなんだし、上がってく?」
「はい。お邪魔します。」
紫苑は奏多の母親に招かれるまま家の中へ入り、奏多にお線香をあげると、先日買ったお土産を渡す。
「お義母さん、よかったらこれお義父さんと一緒に食べてください。」
「まぁ、いいの?ありがとう。」
「それと、これよかったら奏多の隣に置かせてもらってもいいですか?」
こうして紫苑が取り出した2つの写真立ての中にはそれぞれ1枚の写真が入っていた。それはタイムラプスで撮った写真の中身だった。
「これは?」
「昔、奏多たちが泊まったことのあるリゾートホテルの近くにあるスポットなんですけど、奏多が行きたいって言っていて、一緒に行くことはできなかったのですが、せっかく行けたので写真を撮ってきたんです。1枚はスポットそのままを取ったんですけど、もう1つの方は....。」
そうして、紫苑の写真が写った写真立てを手にした奏多の母は目を見開くと少し涙を浮かべた。
「これ、まるで奏多と一緒に撮ったみたいに見えるわね。.....えぇもちろん両方とも置いてもらえるかしら。」
奏多の母が言った通りだった。
その写真は光と光が反射してできた影がいい感じに重なり、1人のシルエットを描きそこに幸せな顔でシルエットに頭を預けている紫苑の写真が写っていた。
奏多は、なんとなく奇跡って起きるんだなと思った。でもそのおかげで最高の思い出として残り続けてくれると思えることができた。
数十分、奏多の家にいた紫苑がお暇しようと立ち上がった時、奏多の母親が呼び止めた。
「紫苑ちゃん、これ奏多の部屋から出てきたんだけど。よかったら使ってくれないかしら。お友達でも、莉奈ちゃん達でもいいし。使わないのは勿体なし、奏多なら使ってくれって言うと思うから。」
紫苑はそれを受け取るかは迷った。だがテーマパークのチケットを見た時、奏多がこの夏休みに連れて行こうとしてくれていた場所のチケットだと悟った。
紫苑は震える手でそれを受け取るとお礼を言って、門を出た。
「紫苑ちゃんっ。また、いつでも遊びに来ていいからね。」
「はい......お義母さん、ありがとうございました。失礼します。」
紫苑は頭を下げると、自分の家へと歩みを進めた。
誤字脱字ありましたら教えていただけると幸いです。




