とある女の決断
ヨルイエ、それが女の名である。
ヨルイエはイーストエンドにある小国エーイゾで生まれた。両親ともに魔導具師で、ヨルイエも幼い頃から魔導具が大好きだった。
許可を得ては分解して直し方を教えてもらい、魔導具に使われている魔導陣の本を絵本代わりに読んで過ごした。そんな幼少期を過ごしたのだ。成長した時には立派な魔導具バカになっていた。
だが不幸なことにエーイゾには専門的な勉強をする学舎もなく、全てが先達の知識と技術で成り立っている国であった。当然それは明確な技術力の差となって表れ、周りの国から見れば田舎臭く映っただろう。
ヨルイエもそれを理解していた。
それでも自分の……自分だけの魔導具が作りたかった。今まで誰も見たことのない魔導具を。
ヨルイエは自分が天才ではないと知っている。ただ時折、フッと頭の中にアイデアが浮かんだ。どうにかしてそれを再現しようとしたが、大半は上手く行かなかった。上手くできたのは大したことのない魔導具ばかり。いや、既存の魔導具の劣化版だ。
そんなヨルイエに転機が訪れたのは、20歳を過ぎた頃だった。
神聖王国オフィーリアという国が周辺諸国に攻め入り始めたのだ。普人族が神に選ばれた種族だと謳っているらしい。
ヨルイエは馬鹿馬鹿しいと感じた。だって天才はどの種族からでも生まれるものだから。神に選ばれるのは個人であって種族ではない、それがヨルイエの考えだ。
最初は対岸の火事だった。
それが現実味を帯び始めたのは獣人族やドワーフ族など他の種族がエーイゾに逃げて来たからだ。それと一緒にオフィーリア教徒もやって来た。
エーイゾは他種族国家だが、8割が普人族で構成されており、オフィーリア教が徐々に浸透し始めた。
そんな中、ヨルイエは運命に出会った。
熊人族の男だ。名はナビと言う。背は見上げるように高く恐ろしい顔つきだが、その大きな手は器用で、あっという間に魔導具を組み上げていく。天才とはナビのための言葉なのだと分かった。
ヨルイエは自分の頭の中のアイデアを吐き出し、ナビが形にする。そうして新しく出来た魔導具がカメラとプリンター、USBだ。名付け親はヨルイエだ。何故か名前が頭の中に浮かんだので。
作り上げた魔導具を職人ギルドに登録し、販売し始めたのも束の間、他種族狩りが始まった。
当然ヨルイエはナビを匿った。最初は両親も賛成してくれたが、徐々に他種族狩りが激しさを増してきた。匿った者が見せしめに殺され始めたのだ。ここに来て両親の態度は一変した。ナビに出て行ってくれと言い始めたのだ。
ナビもそれに納得した。これ以上迷惑はかけられないからと。
それに猛反発したのはヨルイエだ。
ナビは誰にも渡さない。ヨルイエの大切な相棒なのだから。
ヨルイエの決断は早かった。手元にあるカメラとプリンターとUSBをある分だけ売って資金に換えると、ナビと家を飛び出したのだ。当然ナビは止めたが、ヨルイエは聞かなかった。
魔の森の浅層を隠れながら進んで西を目指した。
西には有名な獣人族の国があったからだ。ただ、力持ちで体力もある熊人族のナビはともかく、ヨルイエは魔術も使えない普人族の女だ。強行軍に体がついて行かず、倒れてしまった。
「先に行って。後で追いつくから」
「こんな所に置いていけるわけないだろ!?」
「大丈夫よ。私だけなら魔の森を出てもどうにかなるわ」
オフィーリア教は普人族には優しいと聞く。ただし異教徒は別だ。尋問という名の拷問を受け、悲惨な最期を遂げるという。それを知っているナビはヨルイエを抱えて運び、狩猟小屋と思しき場所へ潜伏することになった。
最初の3日は問題なく過ぎた。
ヨルイエの熱も下がり、もう少し休んだら移動しようと話していた矢先……声がした。
「ここだ!この辺りで獣人族を見たんだ!」
「この先に確か小屋があったな」
「ああ、もしかしたらそこに潜んでるのかもしれん。騎士様を呼んでこよう!」
騎士様という言葉にヨルイエとナビは体を震わせる。特別な力を神から授かった神聖騎士団の話は有名だったからだ。
「お願い、逃げて」
「ダメだ!一緒に逃げると約束しただろ!」
ヨルイエとナビは手を繋ぐと、運を天に任せて小屋から飛び出した。
「いたぞ!獣人族だ!」
「異教徒の女も一緒だ!」
「騎士様!あそこです!」
後ろから追ってくる足音を聞きながら、ヨルイエは必死に駆けた。途中で足がもつれて倒れそうになったらナビが抱え、それでも2人で逃げた。
白い閃光が奔ったのはそんな時だ。
「グアアア!」
ナビと一緒にヨルイエは地面に転がる。ヨルイエが起き上がった時、ナビの足は膝から先がなかった。
「ナビ!!」
ナビを守るようにヨルイエは両手を広げて立ち塞がる。
「異教徒の女か」
純白の鎧を着た騎士が抜き身の剣を片手に近寄ってくる。神聖騎士だ。
「今からでも悔い改めよ。さすれば罪も赦されよう」
「ふざけないで!神に選ばれたのはナビよ!彼の手はこの世にないものを創り上げるの!私の……私の唯一の愛する人なんだから!」
涙をこぼしながらもヨルイエは譲らない。それは彼女の人生における信念だ。
「哀れな女だ。本当の神を知らんとは」
「ハッ!本当の神が何だって?」
突然割り込んできた男の声に、ヨルイエが振り向くと、そこには炎の様な男がいた。
輝くような金色の髪には炎のように赤い色が走り、その目も燃えるような金色。神秘的な色合いだ。
身長は2メートルを優に越えるだろう。その逞しい肉体は服の上からでも明らかで、顔も驚くほど整っている。野性的な美しさを持つ男だ。
只者ではない。そう感じる。
肌がピリピリとひりつき、騎士を前にした時とは違う畏れがヨルイエの体を支配する。
「誰だ!貴様は!」
果敢に啖呵を切る騎士に、男は嘲笑う。
「神の使徒を名乗りながら、この世界の神を知らねぇとは笑わせる」
「貴様ァァァ!オフィーリア様こそ唯一神!神の裁きを受けよ!」
真横に振られた剣から白い閃光が走り、男に当たったが……それだけだった。男は何事もなかったかの様に佇み、騎士は何度も剣を振りかざす。
「バ、バカな!あり得ない!何故神の御力が効かんのだ!」
「アホくせぇ。借り物の信仰の力が本物の神に効くわけねぇだろ。そろそろ消えろニンゲン」
その言葉と同時に騎士は金色の炎に包まれ塵となった。後をついてきていたオフィーリア教徒も同様に。
その炎がナビに向かった時、ヨルイエは反射的にナビに覆い被さったが……全く熱くなかった。むしろ苦しかった体が楽になり、ナビを見てみるとなくなった筈の足が生えていた。
――本物の神だ。
ヨルイエは本能のままに平伏した。横を見ればナビも同じように畏まっている。
「ヨルイエとナビ、であってるな?」
「「は、はい!」」
「テメェらを助けたのはスカウトするためだ」
言葉の意味がよく分からないヨルイエは困惑したが……男がカメラを取り出した瞬間、理解した。
「俺の国でカメラを作れ。プリンターとUSBもだ」
スカウトと言う名の命令にヨルイエは質問で返した。自分たちを必要としているのなら殺されはしないと踏んで。
「国とは何処のことでしょう?」
まさか神の国に連れて行かれるのだろうか、とビクビクしていると意外な答えが帰ってきた。
「デュオ・アムーレだ」
「それはお伽噺の……」
「お伽噺じゃねぇよ。ウェセント大陸にある国だ。それと、俺の命令には"はい"と答えろ。それ以外の答えは存在しねぇ」
横暴な言葉も、何故か神らしいと感じる。どちらにしろ行く当てのなかったヨルイエとナビは頷くことしか出来なかった。




