友との別れ
次にレオノールが目覚めた時、全てが終わっていた。
アルマとタラバを死者の世界に送る時に無理をしたため、その後しばらく眠っていたのだ。新人類の時は自分の体を媒体にしたので、そこまで力は使わなかったのだが、死者の世界へ繋がる扉を創るとなると話は違う。何せ現世と幽世、つまりは別の世界同士を繋ぐということ。その分消耗も激しい。
だがレオノールは頑張ってチクった。
眠たい目を擦りつつ、グレイグ公爵がラグナを捕らえていた場所を教えた。まあ、今入っているのはデュオ・アムーレの影だが。それと執務室にある机の引き出しが二重底になっており、その中に隠してあるシルヴィアとの同盟書の存在も。
ザギルに毒を盛っていたのも祖霊信仰派のグレイグ公爵だ。まあ、グレイグ公爵の場合、祖霊信仰というよりも幼いシルヴァの方が与し易いという欲のせいだったが。
そのお陰でグレイグ公爵の捕縛はあっという間だった。芋づる式にザギル暗殺に協力した貴族も捕まり、一斉に粛清される事になった。
シシリィは最後まで関与を否定していたが、ザギルに毒入りの差し入れを渡していたのは彼女だったので、同じく処刑となった。まあ夫が暗殺にガッツリ関わっているので、無罪を主張しても結果は変わらなかっただろうが。
今回の首謀者であるシルヴィアとバサラも余罪を調べた後、毒杯を賜り呆気ない最期を送ったという。
処刑された貴族の中にはターナの叔父であるアウグスト男爵も含まれており、今後はラグナが家を継ぐ予定だ。姉弟ともレオノールの要求通り、正式にシルヴァ付きになった。
ベルガは特に何もしていないのでそのままだ。シルヴィアの手によってわざと無能に育てられたこともあり、これからの頑張り次第で未来は変わって来るだろう。本人も思うところがあるのか、今は大人しくしているという。
ちなみにラシーヌとイルミカは会議の後、すぐにトライランドに帰国したそうだ。ただ黒幕と思われるエリック・ワンダルサスは姿をくらましており、現在もまだ見つかっていない。
アークバルトから諸々の結末を聞いたレオノールはガーンとショックを受ける。
「おうひ しょけい されてる」
シルヴィアに特大のメッをしようと思っていたレオノールの思惑は外れた。
ガックリと崩れ落ちたレオノールに、アークバルトが布の掛かった何かを差し出してくる。布を取ってみると豪奢な鳥かごが出てきた。その中のモノを見たレオノールは、パッと顔を輝かせてアークバルトに抱きついた。
「ぱぱ ありがと」
「お前が欲しがると思ってな。取っておいたんだ」
中に入っていたのはシルヴィアとバサラの魂。
ただバサラには興味がなかったので籠の外へポイっと捨てた。そのうち死者の世界へたどり着くだろう。たぶん。
「しのかみの なにおいて しるゔぃあの たましい きょぜつする。ししゃの とびら えいえんに ひらかれない」
ぽわっとレオノールの手から出た光がシルヴィアの魂に吸い込まれる。刻印を刻んだのだ。
「えいごうの くるしみ しるがいい」
今まで誰も見たことのない邪悪な顔で嗤ったレオノールは、シルヴィアの魂を解き放った。
暗殺未遂からの貴族の粛清で、当然のことながらガザールの国は荒れに荒れていた。ロイとザギルは寝る暇もなく働き、シルヴァも父と兄を支えようと猛勉強している。
そんな中、他国の皇族であるアークバルトとレオノールがこのまま滞在するのは余り外聞がよろしくない。そんな訳で、2人は帰国の途につくことになったのだが……それを聞いたレオノールは全力で拒否した。
ロイの元に行って追い返され、ザギルの元に行って追い返され、シルヴァの元に行っても「ごめん、今忙しいから」と遊んでもらえなかった。
そこで渋々帰国することにした。
「国が落ち着いたらいつでも遊びに来てくれ」
レオノールはロイに抱っこされてグリグリと顔を擦り付けた後、ザギルにパスされる。ザギルにもグリグリすると次はシルヴァの番だ。
そっとシルヴァの前に下ろされたレオノールは肉球をギュッと握る。
「わたしのこと わすれ ないで」
「絶対に忘れないよ」
「わたし いなくて さみしい?」
「うん、寂しい」
「よる なく?」
「な、泣く……かも」
「さみしくて しんじゃう?」
「死にはしないかな」
「ほらレオノール出発の時間だ」
アークバルトに声をかけられても、レオノールはシルヴァの側を離れたくなかった。人間はすぐに死んでしまうのに。
「心配しなくてもまた会える」
「そうだ。いつでも歓迎する」
ロイとザギルが慰めてもレオノールはシルヴァの服をギュッと握ったままだ。
このまま一緒にいたい。一緒にお肉を食べて、一緒に遊んで、そして一緒に眠るのだ。
レオノールにとって"死"とは終わりであり、始まりでもある。だから死んでもまた会える、そう思っていたのに……それはきっと今のシルヴァとは別のシルヴァ。レオノールの大好きなシルヴァとは別の存在。
――怖い
別れるのが
離れるのが
自分の力がシルヴァを守るとわかっているのに。
それでも動けない。レオノールはグチャグチャなこの感情の名を知らない。
仕方なしにアークバルトがレオノールを抱き上げてシルヴァから引き離そうとしたその瞬間、溜まっていた感情が嵐のように吹き荒れた。
「ふえ、ふええええええん!」
声を上げて泣き始めたレオノールに、ロイとザギルは驚きの表情を見せた。
「しっかりしてるように見えて、やはり子どもなのだな」
「何だか少し安心しますね」
今までのやらかしを思い浮かべて2人はしみじみと呟き、シルヴァはギュッとレオノールを抱きしめて約束をする。
「今度は俺が会いに行くよ」
「いつ くる?あした?」
「明日はまだデュオ・アムーレに着いてないでしょ」
そう言ってシルヴァがロイを見る。
シルヴァ1人でデュオ・アムーレには行けないのだから仕方ない。
「そうだな……シルヴァが12歳になれば外交に連れて行っても問題ない。共に建国祭に行くか」
「じゅうに……」
レオノールは6歳なので後6年ある。とても待てそうにない。何としてでも他の方法を考えなくては。そう思っていたら、シルヴァがロイの顔を決然と見上げた。
「俺、15になったら、デュオ・アムーレに留学したいです」
ロイは予想していたのか、寂しそうに笑うとシルヴァの頭をなでた。
子どもが羽ばたいていくのは誇らしくもあり、寂しくもある。それがまだ6歳であれば尚更に。
「勉強にライオネル語と古代語を追加する。ウェセント大陸西部の歴史もだ。出来るな?」
「やります!」
気合を入れてそう答えたシルヴァは、レオノールの手をギュッと握る。
「絶対に合格するから!そうしたら一緒に学園に通おう!」
学園に通うのは建国祭より遠い9年後。それでもレオノールは嬉しかった。3年は一緒にいられるのだと知って。
これ以上の我儘はシルヴァの決意に水を差す、そう思ったレオノールは我儘な心に蓋をした。
「わたし まってる。まいにち てがみかく」
「うん!」と答えようとして、シルヴァはハッとして言葉を止める。レオノールの場合、比喩ではなく本当に毎日手紙を書きそうだと思ったからだ。
シルヴァは手紙の海にに溺れる未来の自分を幻視した。
「手紙は交互に出すものだよ。まずは俺が書くから、そうしたら返事を頂戴?」
「まいにち かいたら メッなの?」
「そしたら読むのに時間がかかって、返事を出すのが遅れちゃうよ」
シルヴァに言われて確かに、とレオノールは納得した。シルヴァは手紙地獄を華麗に回避した。
「しるゔぁ また あう」
「うん。またね、レオノール」
互いに再会を約束しあい、2人は別れる。しばらくは別の道を歩むのだ。その道が再び交じり合う日まで。
レオノールは飛空艇に乗っても窓からずっとシルヴァに手を振り続けた。その姿がみえなくなるまで、ずっと。




