重要な証拠
シルヴィアが連れて行かれるのを見送り、ロイは全てが夢のように感じた。今まで苦労してきたのが嘘のようだ。
「先に言っとくが、この城は封鎖させてもらったからな。せっかく盛り上がってきたのに、ネズミに逃げられたらつまらねぇ」
意地悪く嗤うアークバルトの言葉に貴族たちが外を見れば、蔓がびっしりと城を囲んでいた。
「通路も全て封じた。悪く思うなよ」
それには秘密の通路も含まれているのだと、ロイは理解した。言葉通りネズミ一匹外に出れないに違いない。
「いや、むしろ感謝する。シルヴァにグラスを渡した犯人を逃がしたくない」
騒ぐ貴族を落ち着かせ、部屋を全て開放するように指示を出す。部屋割は配下に任せ、他国からの貴賓の警備を厳重にするように申し伝える。
指示を出し終えてロイが戻って来れば、早速とばかりに宰相が話しかけてきた。
「陛下、こちらの書類は改めるのに少々時間がかかります」
「分かった順次改めてくれ」
宰相が一礼して立ち去ろうとすれば、バサラが書類の入った箱を取り上げる。
「護衛も兼ねて私が送って行きましょう」
「ドミニク将軍に送ってもらえるとは、何とも豪勢ですな」
そう言って宰相が笑った瞬間、不自然な風が吹いて書類の一枚がロイの足下に落ちた。何気なく拾って中身を見ればそれは逢引の手紙だった。相手の名は……バサラ。
友人でもあり従兄弟でもある男の名にロイは息を呑んだ。最も信頼できると思っていたロイの右腕だ。
「バサラ。この手紙は何だ?」
硬い声がロイの口から溢れる。その声に答えるのは沈黙だけだ。
呆然としていた宰相もすぐに鋭い目つきでバサラを睨む。このまま書類を運んでいたら自分がどうなっていたかを悟ったのだ。
「何か言ったらどうだ!」
「何も言えねぇよ。この空間の異常さに気づいたんだろ」
アークバルトが嗤いながら教えれば、バサラは唇を噛み締めながらこちらを睨みつけてくる。
それを見て少し冷静になったロイは、天井を指差しているレオノールに気付いた。上を見れば頭ほどもある巨大な花が多く咲き誇っており、ロイは何となくこの空間の異常さの理由を察した。
ロイの予想ではアークバルトよりもレオノールの方が怪しい。それはもう色々と。
「容疑が晴れるまで拘束させてもらう」
ロイがそう命じれば、待ってましたとばかりに蔓がグルグル巻きにした。この状態なら仲間がいたところで脱出は出来ないだろう。
「連れて行け」
恐る恐る蔓を掴んだ騎士に運ばれていくバサラを見ながら、ロイはレオノールに笑いかける。
「色々と聞かせてもらうぞ」
「そのまえに しるゔぁ やすます」
「俺は、大丈夫、です」
泣き疲れてフラフラとしているシルヴァは、それでもしっかりとロイを見て主張する。
ロイが「無理はするな」と言おうとした矢先、レオノールの蔓に生えた花から花粉がシルヴァへと吹き付けられた。シルヴァの目が閉じ、パタリと倒れるのをロイが受け止める。
非難の目をロイが向ければ、そこには無表情に戻ったレオノールがいた。
「しるゔぁ きかせるの メッよ。かんけいしゃ あつめる」
「私たちも混ざっていいかな?」
そう声をかけてきたのはラシーヌだ。隣にはイルミカもいる。
「これはガザールの問題なので悪いが遠慮してもらう」
「そのひと かんけいしゃ」
ロイが断れば、レオノールは書類の中から蔓で一枚の紙を引っ張り出した。「はい」と渡された書類に目を通したロイは、一度目を瞑るとその書類をラシーヌへ渡す。
それはシルヴィアの兄であるエリック・ワンダルサスからの手紙で、ロイの暗殺を唆すものであった。毒もエリックが手に入れたもののようだ。
「私の国もネズミ退治が必要のようだね」
「でもこれで良い口実ができたわ」
ニッコリと笑い合う姉夫婦から目を逸らし、ロイはレオノールに優しく語りかける。
「レオノールはこの書類の中身を把握しているのかな?」
「ろい わたし おこらない?」
上目遣いでそう問われ、ロイは目を瞬いた。その姿は悪戯がバレた子どものようだ。
レオノールがいなければ陰謀にも気付かず、そのまま死んでいただろう。裏で色々と動いていたようだが、それは全てシルヴァのためだと分かる。そもそも命の恩人に怒るほどロイは恩知らずではない。
「礼を言うことはあっても怒ることはない」
そう確約すれば、レオノールはどこかホッとしたような顔をした。無表情なので分かりにくいが。
「わたし ぜんぶ しってる」
書類は全て紙でできている。つまりは植物だ。その上に書かれた文字を知ることなどレオノールにとっては簡単なことだ。ちょっと意識すればいいだけなので。
「宰相、その書類は執務室……いや、会議室の方がいいか。そこに運んでくれ。宰相にも参加してもらう」
「畏まりました」
「たーなも よぶ」
そう言えば、シルヴァのポケットから出てきた瓶を入れたのはターナか。中身を水にすり替えたのは苦肉の策だったのだろう。
ロイはターナが裏切るとは思っていない。あるとすれば……人質を取られたか。ターナの病弱な弟ラグナを思い、ロイは暗い顔になる。恐らくラグナはもう……。
ターナを呼ぶよう指示を出したロイは、抱え上げたシルヴァの温もりに安堵する。この温もりを守れたことを喜ぶと同時に、犠牲になった者へ哀悼を捧げる。仇は必ず討つ、と誓いながら。




