過去との決別
一番最初の広間に戻って来た時、アークバルトの足が止まる。
「囲まれてんな」
誰もいない広間を見渡すシルヴァに、レオノールは上を指差す。天井にはミイラが張り付いており、レオノール達を閉じ込めるように展開していた。
異様に長い爪が天井に食い込み、時折パラパラと破片が落ちてくる。その口から覗く、細く長い牙は血を吸うために特化したもののようだ。
「微かだが金獅子の力を感じるな。どうりで今まで生きてこれた訳だ」
生命を司る金獅子の力が、ミイラになってもその命を繋いだのだ――次の獲物が入ってくるまで。
ここに入ってきたのが普通の人間であれば、なす術なく新人類に喰われ、脅威が世界に解き放たれていただろう。
だがここにいるのは金獅子だ。その力を奪うことなど造作もない。アークバルトが手を掲げた瞬間、レオノールが待ったをかける。
「わたし たたかう。あれは わたしなの」
「レオノールとアレは違う」
「ちがわない。ぱぱ いない。きっとわたし ああなってた」
「その未来自体があり得ねぇ。俺は必ずお前を見つけ出す。どんなことをしてもな」
キョトンと瞬き、レオノールは嬉しそうに笑う。その言葉が真実だと感じて。でも……
「わたし かこと けつべつする」
レオノールは新人類と戦うのではない。自分の過去を清算するのだ。恐怖も怒りもここに置いていく。
レオノールの決意の固さに、アークバルトはその場を譲るとシルヴァの横へ並ぶ。
「感謝しろよ。今だけ特別に守ってやる」
「今だけです。俺は強くなるんで」
アークバルトに言い返し、決意を固めたシルヴァは不機嫌そうに尻尾を揺らした。
「わたしが あいて」
そう宣言しても新人類の意識はシルヴァに向いていた。この中で人間はシルヴァだけ。飢えている彼らがシルヴァを狙うのは当然のことだ。ならば……相手が自分を無視できなくするまでだ。
アークバルトと違い、レオノールには新人類が持つ金獅子の力を奪うことは出来ない。それは他人の魔力を操るような離れ業だ。
レオノールが使うのは"死"の力。
周囲の温度が一気に下がり、空気がキラキラと光り出す――ダイヤモンドダストだ。息を吸えば肺が瞬時に凍り、立ったまま死を迎えることだろう。
ガシャリ、ガシャリ、と天井から新人類が降ってきて、その体を散らす。それでも生きているのか無事な手足で前へ進もうと足掻いている。
――哀れだ。あまりにも。
彼らは生命力が強いのではない。ただ死に拒絶されているだけ。ならばレオノールは彼らを受け入れよう。甘美な"死"を以て。
「あわれな こらに とわの ねむりを」
強風がレオノールへと向かう……いや違う。レオノールが吸い込んでいるのだ。ブラックホールのように全てを。
必死に抵抗していた新人類の体から光が抜ける。1つ、また1つと。それは魂の輝きだ。流星のように尾を引きながら、魂がレオノールへと吸い込まれていく。数千年の時を超え、彼らはようやく安寧を賜ったのだ。
「ばいばい かこの わたし」
残された死骸も風で崩れ、彼らの生きた痕跡ごとその存在を消し去った。
「よく見ておけよ。これがレオノールの力だ」
急激に下がった気温に体を震わすシルヴァを金の炎が包み込む。レオノールの腕輪も反応して、温かな熱を放つ植物が体に巻き付いてきた。
「氷の力?」
「氷は副産物だ。俺の炎と同じだな」
あの理不尽な力が副産物だと知ってシルヴァの顔が引きつる。
「氷は死と同じだ。全てが停止した状態。静寂が氷を生み出す。見ろ。死が魂を迎えに来た」
初めて見る魂にシルヴァは魅入られたように視線を外すことができなかった。何故か彼らが羨ましく感じ、シルヴァの足が前へ出るが……すんでの所でアークバルトに襟首を掴まれた。
「死にてぇのか」
ハッと正気に返ってアークバルトに抱きつくと、ペイッと振り払われる。座り込んだシルヴァは、次々とレオノールの体の中に吸い込まれていく魂を、ただ見ていた。美しい、そう感じた。
「あの魂はレオノールが吸収したんですか?」
「いや、レオノールは死者の世界に迎え入れただけだ。長い時をかけて浄化され、新たな魂として生まれてくる」
「どんな所なんですか?」
「知らねぇ。レオノールに聞いてみろ」
「ええー」
「いいか、俺は生命の神なんだよ。死者の世界に入ったら焼き尽くしちまう。死者の管理はバレンシアガの領域だ」
「でもバレンシアガ様は死者の世界じゃなくて、この世界にいたんですよね?」
嫌そうにアークバルトがシルヴァを見る。さすがに説明するのが面倒臭くなってきたのだ。
そんなアークバルトに代わり、一仕事終えて帰ってきたレオノールが答える。
「このせかい こんとん。せいとし りょうほうある」
だから生命の神と死の神が一緒にいられる唯一の場所なのだ、とレオノールは説明する。
「だから らいおねると ばれんしあが このせかい つくった」
一緒にいるために。
きっと彼らも一人ぼっちは嫌だったのだ。レオノールがアークバルトとずっと一緒にいたいように。
初めて聞く創世神話にシルヴァは目を輝かせる。この話を知っているのはきっと自分だけだ。
「死後の世界ってどんな所なの?」
「こおりのせかい。たましい ねむるばしょ」
行ったことはないが、それでも分かる。それはきっと死の神の本能だ。
「でも わたし いけない。らいおねるの ちから あるから」
そう考えると、レオノールは自分の存在に疑問を感じる。バレンシアガの力が変質して出来た植物を操る力に、生命と死の力。何だかバラバラだ。
「じゃあ、レオノールは何の神になるの?」
シルヴァも同じように感じたのか質問してくる。レオノールは困ってアークバルトを見た。
「レオノールは色々持ってるからな。混沌の神ってところか?」
「こんとんの かみ」
何だか格好いい呼び名にレオノールの目が輝く。
「わたし きょうから こんとんの かみ」
胸を張ってシルヴァに自慢すれば、「格好いい!」と拍手が返ってくる。流石はレオノールのマブダチだ。
こうしてシルヴァとレオノール、ついでにアークバルトの冒険は終わった。




