癒えぬ傷跡
「レオノールは大丈夫なんですか?」
眠ったレオノールを見てシルヴァが尋ねる。レオノールの様子は傍目で見ても異常だった。シルヴァが心配するのも無理はない。
「ガザールではまだ知られてねぇか。レオノールはな、母親の腹ん中にいる時に攫われたんだ。金獅子の血を引く実験体としてな。俺が救出した時、レオノールは3歳だった」
「そんな……」
レオノールは今6歳。人生の半分を実験体として過ごしたことになる。そんな壮絶な過去があるなんて、シルヴァはちっとも気づかなかった。
確かにレオノールはいつも無表情だが、感情表現は豊かだったから。蔓を使ったり、キスしてきたり、尻尾を握ったり、いつも体全体でアピールしてきた。
シルヴァが落ち込んだ時は慰めてくれて、常に味方でいてくれた。ロイ以外味方のいなかったシルヴァにとって特別な存在だ。
「レオノールはどうして何も言ってくれなかったんだろう」
悔しさに涙が滲む。そんなに自分が頼りなかったのかと。
「テメェだけじゃねぇよ」
「え?」
「レオノールは俺にも研究所でのことは何も言わねぇ。どうやって過ごしてきたのか、何を思ってきたのか、一度もだ。母親のことすら聞かれたことはねぇな。今回が初めてだ」
アークバルトはため息をつくと、頭をガシガシとかいた。不甲斐ない自分に対する苛立ちを紛らわしているのだろう。
「ここの実験体と自分を重ね合わせてるんだろうな」
「レオノールと新人類は全然違う!!」
「当然だろ。レオノールとニンゲンを一緒にすんな。だがなぁ……」
一度言葉を止めるとアークバルトはシルヴァに嫌な笑みを向ける。
「レオノールが研究所で人間を何十人も喰ってるっていったら、テメェはどうする?」
シルヴァは、ガンっと何かに殴られたような衝撃を感じた。新人類は何のために人間を食べたのか……それは生きるためではないのか。じゃあ、レオノールは?レオノールも生きるために食べたのだとしたら、それは何が違うというのか。
「俺は……レオノールに助けられたんだ。生きているのが罪だって言われて、ずっと苦しかった。化け物だって言われて、自分がすごく怖かった」
シルヴァは自分が何を言っているの分からなかった。ただ、誰かに聞いて欲しいだけなのか……いや、きっとその相手はレオノールだ。
「レオノールはそんな俺が好きだって言ってくれた。生きてもいいんだって思えた。俺にとってレオノールは新人類とは違う!!例えレオノールが何人食べていようと、俺の中のレオノールは変わらない!!ちょっと天然で、破天荒で、常識なんか蹴っ飛ばしちゃうくらい非常識だけど……どうしようもなく優しくて温かいんだ!!」
「訂正しろ。俺のレオノールは天使だ。純粋で無垢で世界一可愛い。偶にキスしたら嫌がるが、それはレオノールが恥ずかしがり屋さんだからだ。モジモジしながらパパ好きって言ってくる姿は永遠に保存しておくレベルだ」
「それ誰のことですか?」
思わずシルヴァは突っ込んだ。何かいい話だったのが台無しである。
「まぁいい。テメェは思ったより見どころがあるな、シルヴァ」
初めてアークバルトに名前を呼ばれてシルヴァは硬直する。なんだか認められたような気がしてシルヴァの尻尾が横に揺れた。
「う……ん」
二人の間に微妙な絆が生まれようとした時、レオノールの目が開いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫?」
起き上がったレオノールはハッとして周りを見る。どうやら遺跡の中で寝てしまったようだ。寝る直前に聞いた話しを思い出して、少し胸が苦しくなる。
「わたし だいじょぶ」
「嘘つけ。ひどい顔色だ」
「そうだよ。今日はもう帰ろ?」
随分と心配をかけてしまったようだ。蔓で元気アピールをしようと思ったが、見たら萎れていたので慌てて引っ込める。
それを見た2人は痛ましい顔でレオノールを見た。
「帰るぞ」
強い声音でそう言われ、レオノールは立ち上がろうとするが体が震えて力が出ない。異変に気付かれまいとレオノールはバンザイをする。きっとアークバルトが抱き上げてくれるはずだ。
「レオノール、感情を溜め込むな。全部吐き出しちまえ」
そう言われても、レオノールは分からない。今自分がどんな感情を抱いているのか、本当に分からないのだ。
困ったレオノールの目にナニカが映ったのはそんな時だ。ナニカは真っ直ぐシルヴァへと向かっており、当の本人は全く気付いていない。
レオノールは助けようとするが、震える体は全く言うことを聞かなかった。
「だめ!」
レオノールが叫んだのとアークバルトが動いたのは同時だった。アークバルトの足がダンッとナニカを踏み抜き、ようやく気付いたシルヴァの毛が逆立つ。
「まだ生きてやがったのか」
念入りに炎で焼いてアークバルトが戻って来ると、ぶるぶると震えるレオノールを包み込む。
「もう怖くねぇだろ」
「こわい なに?」
そこでようやくアークバルトはレオノールの状態に気付いた。1つずつ、1つずつ感情を取り戻していたことを忘れていたのだ。
「そうだ。その感情の名は恐怖だ。お前はシルヴァを失うことが怖かったんだよ」
「わたし しるゔぁ まもれ、なかった。まもる やくそく した、のに」
ポロポロと涙を零すレオノールをアークバルトが優しくなでていると、こちらも気落ちしたシルヴァがやって来た。
「レオノールだけじゃないよ。俺も動けなかった。ううん、気付くことも出来なかった」
「わたし つよい、のに。まもれ、なかった」
「レオノールは守ってくれたよ。ほら」
シルヴァが腕輪を見せると淡く輝いていた。レオノールの力が働いている証拠だ。
「俺、決めた。もっと、もっと強くなる。そしたらレオノールが動けなくなっても、俺が守るから」
弱い人間に守ると言われてレオノールはビックリすると同時に、こそばゆいような感情が浮かんできた。それは嫌な感じではなく、どこか温かい。
「こういうのは経験だ。経験を積めば嫌でも動けるようになる」
「俺、帰ったらもっと鍛えます!」
シルヴァが元気よく言えば、「わたしも」とレオノールも張り切るが……
「レオノールは成体になってからだ」
1人だけ子供扱いにレオノールはぶぅっと膨れる。気付いたら体の震えも止まり、萎れていた蔓も元に戻っていた。




