封じられしモノ
「本当にあった」
目の前にある白骨死体をシルヴァは恐る恐る覗き込む。その白骨死体は扉の前に倒れており、扉も今までとは違う銀色だ。その扉の横には小さな箱のような物が取り付けられており、淡く輝いている。
「なにか ある」
躊躇うことなくレオノールは白骨死体へ手を伸ばし、手に持っているカードを取り上げる。その衝撃で年季の入った白骨死体はガラガラと崩れ落ちた。
「ダメだよ!こういうのは慎重にいかないと!」
シルヴァのお小言を聞き流し、レオノールは手に入れカードを渋い顔をしたアークバルトに見せる。
「何というか……レオノールは引きが強いな」
「どういう意味ですか?」
「これはヤバい方の当たりだ」
「え!?それって何か封じられてるっていう?」
「まずこのカードは、立ち入りが制限されている区域に入るためのもんだ」
アークバルトはカードに魔力を流したり、扉に当てたりしているレオノールの手からカードを取り上げると、説明を続ける。
「んで、そういう区域は当然重要な施設だ。それにこの死体、腕が片方ねぇ」
先程崩れ落ちた白骨死体を見てみると確かに手と思わしき部位は一つしかない。誰かさんが破壊したせいで非常に分かりにくいが。
「つまり?」
「この中で戦闘が発生して逃げてきた可能性がある」
封じられた存在がにわかに信憑性を帯びてきた。
全滅、と言う言葉がシルヴァの脳裏を過ぎり、警戒しながら扉から距離を取る。慎重派なシルヴァと違い、脳筋派なレオノールはカードを取り返そうとぴょんぴょんアークバルトに飛びかかっていた。
「とびら あける」
「仕方ねぇな」
そう言ってアークバルトは扉を思いっきり殴りつけた。ドゴンっと音がして、その拳が扉を突き破る。
「かーど かんけい なかった」
レオノールが落ちてきたカードを掴み、ショックを受ける。あれだけ必死に取り返そうとしたのに。
「ギルドカードと同じで本人にしか使えねぇよ。魔力認証が掛かってんだ」
では何故取り上げたのか、レオノールは小一時間問いただしたかったが、アークバルトの蹴りで扉が吹っ飛んだことでどうでもよくなった。
ポイっとカードを捨てたレオノールが中を覗き込むと、暗い闇が広がっていた。
再び抱え上げられて後ろに戻されると、アークバルトを先頭に中へ入る。扉の側にはミイラ化した死体が何体も転がっており、非常に不気味だ。
「レオノール、念のため入り口を塞いでおいてくれ」
言われた通りに根と蔓でガッチリと塞ぎ、一筋の光すら入ってこない。
「あの……言いにくいんだけど、ここまで暗かったら、その、見えないんだ」
ネコ科の目は少しの光があれば瞳孔の大きさを調節して見ることが出来るが、本当の暗闇には対応できないのだ。
仕方なしにアークバルトが金の炎を出して辺りを照らす。そこに映し出されたのは白骨死体の山だった。
「ひえっ!」
レオノールはシルヴァに抱きしめられる。レオノールも満更ではなかったので抱きしめ返した。即座に2人を引き離したアークバルトは、レオノールを抱えたまま奥へと進んでいく。
少し進めば縦に長い透明なガラスで出来たカプセルの様な物がズラッと並んでいた。いくつかのカプセルは割れているが、無事なカプセルの中には人の形をしたナニカが入っている。
アークバルトがカプセルを割ってナニカを引きずり出せば、ソレはグズリと溶けていった。
「危険はねぇようだな」
「そのやり方って普通なんですか?」
生きていたら襲ってきてもおかしくない、とシルヴァは思う。
「いちいち調べてられっかよ。これが一番早ぇ」
つまりは普通ではないという事だ。帰ったら遺跡探索のセオリーについて調べよう、とシルヴァは心に誓った。
「あっち ほん ある」
蔓を伸ばしていたレオノールが奥にある部屋を指差す。そこには今もまだ使われていてもおかしくない状態の本と机があった。
「これは……部屋全体に保存の魔法がかけられてんな。よほど重要な場所みてぇだ。」
レオノールは机の中身をひっくり返し、アークバルトは本の中身を確認し始める。
「みんな、もっと慎重になった方がいいんじゃないかな」
シルヴァの忠告は誰の耳にも届かず、暗闇の中へ消えていった。
「これは……研究日誌だな」
ポツリと呟かれたその言葉にレオノールの体がビクっと震える。ハッとしたアークバルトがレオノールを抱えてその背をゆっくりとなでると、強張った体から力が抜けていく。
「そろそろ帰るか?」
レオノールは迷う。本当は帰りたい。このまま何も知らずに日常へ戻りたい。だが、その思いとは裏腹に知らなければならない、という思いも強くある。決別しなければ……自分の過去と。
「けんきゅうにっし よんで」
震える声でそういったレオノールに、アークバルトは僅かに逡巡した後、この施設で起きた出来事を語る。
このシェルターが起動したのはバレンシアガの死後だ。避難してきた人間で溢れ、その人数は施設の許容量を大きく越えていた。
明かりや飲み水は周辺を漂う魔力を吸収して確保できるが、食料は違った。決まった量しか生産できず、それも無限ではない。備蓄してある魔核が尽きた時が人々が終焉を迎える時だ。
そこで行われたのが間引きだ。
間引きの対象となった人間は実験に使われた。それは新人類を誕生させる実験だった。余った食料を有活用し、人類を生かそうとする試みは、なるほど崇高なものだろう。その食料が人間でなければ。
研究者が注目した食材は人間の血だった。
定期的に抜いても問題はなく、もし少量の血で生きていけるのなら全ての問題が解決する。施設で作られた食料を人間が食べ、その人間の血を新人類が飲む。そうすれば間引く必要がなくなり、全ての人間に生き残るチャンスが生まれる。
最初は上手くいっていた。
新人類は少量の血で満足し、食料は人間に配分される。人間と新人類は手を取り合い、苦境に立ち向かっていったが……彼らは気づかなかった。血を飲む度に薄れていく新人類の理性に。
「我々は間違えたのだ。せめて新人類を……いや、この化け物共をここに閉じ込めなければならない。それが我々の最期の責任だ。我々は祈る神を失ったが、それでも祈ろう。デイヴが……彼がこの施設を封印できることを――日誌はここで終わりだ」
レオノールは恐ろしくて目を閉じる。新人類はアークバルトに会わなかった自分の未来の姿そのものだ。
近い将来、レオノールは全ての研究者を喰らい尽くしていただろう。それは確信だ。成長と共に増す力と極度の飢えが、レオノールにそれ以外の選択肢を許さない。
そうすればどうなっていただろう。
きっと人間を恨んでいた。人を喰らい、糧にし、成長して……本物の化け物になっていた。新人類のように。
そうなればシルヴァも食べていたかもしれない。その可能性にレオノールはゾッとする。
「大丈夫だ。レオノールには俺がいる。新人類のようにはならねぇよ。俺がさせねぇ。だから今はゆっくり休め」
レオノールの髪をアークバルトが優しく舐める。すると恐怖が飛んでいき、安堵がその胸を満たす。
そうだ。自分はもう出会ったのだ――大切な半身と。もう離れることはない。
安心したレオノールはゆっくりと意識を手放した。




