レオノールの怒り
「レオノール様が非常にお怒りです」
バーニャの言葉に、帰ってきたアークバルトとついでに立ち寄ったザギルの顔が凍った。
「何で怒ってんのか分かるか?」
「アークバルト様の居場所をお尋ねになられ、第一王子殿下と街を視察中だとお答え致しました所、様子がお変わりになりました」
「置いていかれたと思ったのではないか?」
子どもによくある癇癪である。アークバルトも同意見だ。
「とにかくレオノールの元に案内しろ」
そうして行き着いた先は池だった。いつも咲き乱れている花が咲いてないことが、レオノールの怒りの表れだと感じる。
「こんな所に池があったか?」
ザギルの疑問はサクッとスルーされ、アークバルトは池の畔に膝をついた。
「レオノール、お土産だぞ〜」
腕輪から取り出した宝石を差し出せば、伸びてきた蔓が宝石をペシッと弾き飛ばした。
「これは……本気だな」
ザギルもチョコレートを手の平に乗せてみるが、こちらも同じ反応だった。
「どうしたら許してくれる?」
アークバルトが真摯な表情でそう問えば、色取り取りの毒キノコが生えてきた。まるで近づくなと言わんばかりだ。
ゾンビのように生気のなくなったアークバルトを引っ張ってきたザギルは、池を振り返ってからキリリとした表情で提案する。
「シルヴァを召喚しよう」
そう、子どもの相手は子どもに任すのだ。秘技、丸投げである。
そんな訳で現場に呼ばれたシルヴァと、話を聞いて付いてきたロイが集まった。理由を聞いたシルヴァは冷たい目でアークバルトとザギルを見る。
「レオノールに内緒で街に行ったんですか?」
それは怒って当たり前だ、とシルヴァはレオノールの味方になることを決めた。
「いや、ほら、視察だ。仕事だったのだ」
「じゃあ、それを説明すれば良かったのに」
静かに怒り出したシルヴァに、視察に一枚噛んでいたロイは目を瞑って無言を貫き、ザギルはタジタジだ。シルヴァの意外な一面である。ただ……
「レオノールが、俺のレオノールが……」
何処からどう見てもヤバい精神状態なアークバルトを見て、シルヴァは仕方ない、と大人になった。
「俺が話を聞いてみます」
頼りにならない大人3人組に背を向けて池に歩き出せば、毒キノコが嘘のように消えていく。どうやらシルヴァは近付いてもいいらしい。
池の側にしゃがんでレオノールに話しかける。
「レオノールは一緒に街に行きたかったんだよね」
その途端、伸びてきた蔓がシルヴァを池の中へ引きずり込んだ。「うわっ」と声を上げようとしてここが水の中だと気づき、慌てて悲鳴を飲み込んだシルヴァの唇に柔らかな何かが押し付けられる。それと同時に口の中に入ってきたモノをゴクリと飲み込んだ。
シルヴァのファーストキスが散った瞬間である。
『これで いき できる』
頭の中に響いたレオノールの声に答えようとして、水の中だと思い出したが不思議と苦しくない。
『みずのなか いきできる たね のました』
さっき飲んだのは種だったのか、とシルヴァはお腹を撫でる。木が生えてこないかちょっと心配だ。
『たね わたしの いちぶ。かいわ できる』
どうやったら話せるのか分からなかったシルヴァは、頭の中でレオノールに話しかけてみる。
『こう?聞こえる?』
『きこえる』
レオノールはシルヴァの手を掴むと水の中をスルスルと移動していき、蔓で編んだ椅子へ並んで座る。
『レオノールはライオネル殿下が内緒で街に行ったことに怒ってるの?』
『それだけ ちがう』
お茶会だと嘘をつかれたことの悲しさ。シルヴァの案内で一緒に街に行く約束を破られた怒り。更にはお土産だと言って宝石を差し出してきた!一緒にお土産を選ぼうと言っていたのに!
『そっかぁ。それは怒っても仕方ないよ。でも、いつまでもここにいる訳にはいかないよ』
『わたし ゆるすの いや』
『よし!じゃあ、やり返そう!』
『どうやって?』
『同じ事をやり返すんだよ。俺とレオノールで出かけて、お土産を選んで、ライオネル殿下は留守番をするんだ!あ、でも護衛は付いちゃうと思うけど』
流石に子ども2人では出かけられない。その位の常識は持ち合わせているシルヴァである。チラリとレオノールを見れば、目をまん丸にしている。
『たのしそう』
パッと笑ったレオノールにシルヴァも嬉しくなる。きっとこの笑顔にはずっと敵わない。
『まずは父上の説得からかな』
魂が抜けた様子のアークバルトは、許すといえば何でもしそうなので問題はない気がする。
『レオノールはここにいて。説得して来るから!』
『わかった。しるゔぁ ありがと』
『お礼を言うのは説得に成功してからだよ』
お互いに笑い合い、シルヴァは上を目指して泳ぎ始めた。
「と言うわけで、レオノールと一緒に街に行かせて下さい」
「ダメだ!俺のレオノールに手を出す奴に任せられるか!!」
アークバルトの目は血走っていた。そう、レオノールとシルヴァのキスシーンを目撃してしまったのだ。キスをしたのはレオノールだが、アークバルトの脳内では無理やりされた事になっている。
「レオノールはこの条件じゃないと許さないと言ってます」
「あああああああ!この俺がレオノールとの約束を破ったなんて!」
頭を掻きむしり始めたアークバルトを置いて、シルヴァはロイの様子を窺う。
「ふむ。貴族街までなら構わない。もちろん護衛付きだ」
「それでいいです」
「よくねぇ!デートだぞ!」
激昂するアークバルトを見る3人の目は面倒くさそうだ。誰が説得するかで互いを見るが、シルヴァに任すわけには行かないので、事実上ロイとザギルの一騎打ちだ。不毛な押し付け合いか続く中、可愛らしい声が響いた。
「ぱぱ やくそく やぶった。きらい」
バッと振り返ったアークバルトが見たのは、池の上……正確にはその表面を覆う蔓の上に立つレオノールだ。
「レオノール!!」
アークバルトが近寄ろうとすれば、毒キノコが生えて行く手を遮る。嫌がるレオノールに近付くことが出来ずに、アークバルトはその場に留まるしかなかった。これ以上嫌われる訳にはいかないのだ。
「ぱぱ きらい」
「レオノール……」
「ぱぱ きらい」
「……分かった。行ってこい」
ついにアークバルトの心が折れた。
ニッコリ笑ったレオノールはシルヴァに手を振り、シルヴァも手を振り返す。子どもたちの完全勝利だ。




