お城探索
レオノールは城の中をシルヴァに案内してもらっていた。デュオ・アムーレではレオノールが移動する時は人払いがされているので、大勢の人間が働く城の中は新鮮だったりする。ちなみにアークバルトはレオノールが「じゃましないで」と言ったので留守番だ。
「しるゔぁの へや どこ?」
「僕の部屋は皇族しか入れない場所にあるから行けないんだよ。ごめんね」
ちょこちょこ歩くレオノールに合わせているので、シルヴァは頻繁に振り返りながら説明をする。
「て つなぐ」
そう要求すればシルヴァは素直に手を差し出した。その手にはピンクの肉球があり、とても可愛らしい。レオノールが手を握れば、ぷにっと弾力のある柔らかさが返ってきた。
「どこ いく?」
「えっと、レオノールは何処か行きたいところってある?」
そう言われてレオノールは考える。
デュオ・アムーレにいた時もレオノールの行動範囲は狭かった。ギルバートの執務室か、マリアベルとお茶会をする庭園、あとはラプトル隊の所くらいだ。
「にわ みる」
「分かった」
辿り着いたのは最も美しい正面の庭園だ。ただレオノールの興味を引くものはなく、ちょっと見てまた移動する。いくつか庭園を見て回ったが、レオノールの求めるものはなかった。
「どくそう どくきのこ ない」
「え!?普通、庭園に毒草も毒キノコもないから!」
「でゅお・あむーれ たくさん はえてる」
「お城に?」
「そう」
カルチャーショックを受けるシルヴァだったが、デュオ・アムーレが特殊なだけである。
「らぷー いる?」
「らぷーって何かな?」
「らぷとる」
「ごめんね。うちにはラプトルいないんだ。他の騎獣ならいるけど、見てみる?」
「みる」
幸いなことに今いる場所とそれほど離れておらず、少し歩けば厩舎が見えた。そこに居たのは八本足の馬、スレイプニルだ。
全身に鱗が生えており、肉食なのか口からは鋭い牙が覗いている。気性も激しく乗り手を選ぶが、上手く乗りこなせれば、これ程頼もしい相棒はいない。
「あまり近寄ったらダメだよ。従魔の首輪を着けてるけど、スレイプニルは凶暴だから」
そう言われて聞くようなレオノールではない。1番強そうなスレイプニルの前にバーンと立つと、指を指して命じる。
「わたしに したがう」
グワッと瞳孔が縦に裂け、エメラルドの目が爛々と輝く。眼帯に隠された金眼も同じ様に輝いていることだろう。
興奮したスレイプニルは棹立ちになり、嘶きを上げるが、レオノールが力をちょっと解放すれば途端に大人しくなった。頭を下げて服従するスレイプニルに満足すると、レオノールはその首に蔓を巻きつけて自分を持ち上げる。
スレイプニルの背にちょこんと座ったレオノールは、今度はシルヴァを持ち上げて後ろに座らせた。
「あっち いく」
「え!?ちょっと、まっ!?」
展開について行けないシルヴァが悲鳴を上げるが、勢いよく飛び出したスレイプニルには届かない。レオノールは落ちないように蔓で自分とシルヴァを固定して、顔に吹き付けてくる風に目を細める。
踏みならされた道を行くことしばし、レオノールは訓練場へと到着した。
「くんれん みる」
「……」
シルヴァは息も絶え絶えである。
仕方がない、とレオノールは再び蔓を巻き付けて自分とシルヴァを降ろすと、帰っていくスレイプニルへと手を振った。
「いい?勝手にスレイプニルに乗ったらダメなんだよ。厩舎の人が怒られちゃう」
どこまでも優しいシルヴァに、レオノールは世界の真理を教えてあげる。
「ばれなきゃ だいじょぶ」
スレイプニルは返したのだ。目撃者が居ないことも確認済みだ。あとはスレイプニルが何食わぬ顔で元の場所に戻れば完璧である。
「レオノールって結構悪い子だよね」
「わたし いいこ」
心外だとレオノールが言い張ってもシルヴァの半眼は直らない。これが文化の違いだとレオノールは学んだ。
訓練場の前に到着すれば、兵士たちの怒号と共に剣戟の音が聞こえてくる。シルヴァも物珍しそうに辺りを見回しているので、来るのは初めてなのかもしれない。
誰にも気付かれないのをいい事に、訓練場の扉を開けたレオノールはズンズン奥へと進んでいく。警備は大丈夫なのだろうか。
雨でも訓練できるように屋根があり、建物も自体も金属を混ぜこんでいるのかメタリックな輝きを放っている。試しにレオノールが踏み込めば、メキッという音とともに小さな穴が開いた。
「やっぱり悪い子だよね」
「たてもの きょうど ふそくしてる。しるゔぁ きをつける」
根っこで床を修繕するが周りと色合いが違い、直ぐにバレそうだ。ただ強度はレオノールの根っこの方が高いので、何も問題はない筈である。
「誰かいるのか?」
もたもたしている間に誰かに見つかってしまったようだ。階段から降りてきたのは、ロイを若くしたような男だった。
「ザギル兄上……」
俯き震えるシルヴァに代わり、レオノールが答える。
「けんがく きた」
「君は確か金獅子帝の甥御の……」
「わたし れおのーる」
「そうか。私はガザール帝国第1王子ザギルだ。気軽にザギルと呼んでくれ。弟が世話になっている」
「ざぎる なに してる?」
遠慮というものを知らないレオノールは早速の呼び捨てだ。ザギルは僅かに面食らった顔をしたものの、直ぐに笑みを浮かべて階段の上を見る。
「私はガザール軍の第三軍団長に就任していてな、この上に執務室があるのだ」
釣られてレオノールも上を見るが、別に執務室には興味がない。
書類が机にドーンと乗っかり、それを嫌々ながらも捌いていく場所だと知っているからだ。ちなみにレオノールの偏見の原因はギルバートとアークバルトである。
「くんれん みていい?」
「構わない。私も今から行く予定だった」
「いっしょ いく」
そう言ってレオノールはシルヴァの手を引っ張る。いつもは素直に付いてくるシルヴァは、床をじっと見たまま動こうとしない。
「しるゔぁ?」
「あー、私はまたの機会にした方がよさそうだ。2人で行ってきなさい」
気まずそうに再び階段を登っていこうとするザギルを、レオノールは蔓で止めた。
「しるゔぁ、ざぎる てき ちがう」
怯えるシルヴァにレオノールはゆっくりと言い聞かせる。
ザギルに敵意は感じない。感じるのは心配と後悔、そして愛情だ。掛け違ったボタンの様な気持ち悪さが2人の間にある。
「てきと みかた みさだめる。ざぎる しるゔぁの みかた」
「嘘だ!!」
そう叫んで走り出したシルヴァを今度は蔓で持ち上げる。シルヴァの足は残念ながら空回りし、全く前には進んでいない。やがて諦めたのか、グッタリと大人しくなったシルヴァをザギルへと差し出した。
困惑した顔でシルヴァを受け止めたザギルがこちらを見る。
「なぜ私がシルヴァの味方だと?」
「ざぎる、しるゔぁ すき。みれば わかる」
レオノールからすれば、分からない人間がおかしいのだ。感情は目に宿る。目を見れば相手がどう思っているか一目瞭然だ。
ただアークバルトに言わせれば、人間の感情と行動はまた別らしい。その辺りはレオノールもよく分かっていない。人間は複雑な生き物なのだ。




