第30話 変装は成功?
少しの白い雲が漂う青空の下。
「やあ、おまたせ」
赤毛を爽やかになびかせ、彼は現れた。
正直、拍子抜けであった。
ドワーフとダークエルフ以外の二人──イルクとヒルシムは、はっきりと顔が見える状態で登場したのだ。これにはエリシアも驚かざるを得なかったようで、一瞬言葉を詰まらせている。
ミアは深くかぶったフードの中で四人をしっかりと確認していた。その脇をレイノワールが堂々と通り過ぎ、イルクへ手を差し出した。
「リーダーのノワールと言う。マハトリムパーティーの代わりに、今日はよろしく頼む」
かちゃり、とレイノワールの細い首にかけられたターコイズの首飾りが音を立てる。レイノワールが羽織るローブの背中には鮮やかな曼荼羅が渦巻いていた。
「魔法師……ここでは魔導師と言うのだったか、私は普段そういった役割を担っている」
マハトリムからの受け売りである知識を織り交ぜながら、異国情緒のある雰囲気を醸し出させる。
今このパーティーはレイノワール──ノワールをリーダーに据えた、ノワールパーティーということになっている。そしてその妹としてミアが横に立ち並んだ。耳を見られては血縁でないことがバレてしまうので、曼荼羅の咲くフードをしっかりと寄せて会釈する。
「妹のベルです」
レイノワールとお揃いにした口紅は、普段つけないような派手な色味で少し違和感が拭えない。そしてグーテンベルクから抜き出した仮の名前も慣れない。
イルクが顔を覗き込こもうと屈んでくるので、顔を隠しながら背けた。
「すまない、妹は人見知りで」
「次第に慣れていくだろうし、気にしないさ」
ひらりと手を返すイルクに今度はメルバが一歩近づく。
「メルバリンです。モンスターを探すくらいしかできませんが、よろしくお願いします」
ミアは横目でメルバを見た。
とんでもない猫被りだ。
そんな当のメルバはミアに人目もくれず、もじもじとして見上げる。心底嫌悪感を抱いているのだろうが、そんな様子をおくびにも出さず上目遣いをしていた。
「小さいね。幾つかな?」
「十三です」
イルクとメルバはすでにバッカーノで対面している。雰囲気を変え、それから格好をいつもと全く違うようにしなければ、すぐに気づかれてしまうだろう。歳を誤魔化すのも効果的だ。メルバの短い二つ結びがぴょこんと揺れる。
最後に、とイルクは少し離れた場所でぽつんといる一人を見やった。エリシアだ──はイルクと目が合うなり、不信感を宿らせた目つきをする。
「彼女は?」
「マリアという。彼女は箱入りというやつでね、私たちと打ち解けるのにも時間がかかった」
姓のロスマリオネットから仮の名を抽出するのには少し苦労がいった。しかしマリアという名前は今のエリシアにとても似合っている、とミアは思う。
長い金髪は緩く一つの三つ編みにまとめられていて、身体のラインがはっきりと出る白のレオタードにスカートのようなフリルがついたものを身に纏っている。見た者から剣妃や剣姫と呼ばれてもいいくらいには似合っていた。
もっとも本人はこの格好を恥ずかしいからという理由で嫌がっていたが。
「じゃあ、そろそろダンジョンへ潜ろうか」
イルクの統率で、見た目も種族もちぐはぐな八人が洞窟の方へと姿を消す。初めの五階層まではミアでもナイフ片手で捌ける程度だ。
さらりと受け流したが、ミアたちはイルクパーティーについて紹介をしてもらっていない。そのうえ彼らの内、イルクと狼人のヒルシムを除いた二人はずっと姿を隠している。たしかダークエルフの女性がベルネッタ、ドワーフの戦士がディンガルという名前だったか。
まじまじと観察をしているとヒルシムと目が合ったような気がした。瞳が一瞬、きらめいたような気がしてフードを下げる。
ミアは後方に離れてついてきているマリア──エリシアの許へ駆け寄った。
「……ヒルシムに勘付かれる前に」
そして小声でささやくと、ミアはポンプを押すような仕草を見せた。エリシアは役に徹した無表情っぷりで小さく頷く。
狼人は鼻がいいことで知られている。エリシアはすでにヒルシムと接触経験があるし、メルバも酒場で接近しているので、見た目が違えど匂いで気づかれてしまうかもしれない。
エリシアは腰に下げたポーチから小瓶を取り出すと、自身の襟元と手首に振りかけた。マハトリムからおすすめを受けた、中東で人気の香りだ。つんと鼻を突くような鋭さが特徴の香水で、汗の匂いとも不快に混ざらないらしい。
「ありがたいな、階層主を討伐する私たちのために、湧きつぶしが行われている」
レイノワールはぽつりと呟いた。それにイルクが人の好さそうに頷く。
「そうだね。ギルドが宣伝してくれたのかな」
ミアは話し声を聞きとって、ダンジョンの壁を見上げた。元から凸凹とした洞窟のような岩肌には抉られたような跡がたくさん見受けられる。これはまだ生まれる予定でないモンスターの卵をほじくり出し、切りつけた証だ。これをすることによって三日ほどは新しいモンスターが生まれて来なくなる。
順調に足を進めてやってきた二十五階層、ミアは肌がピリリとした感触に襲われるのを感じた。そして不意に遠くからパキ、と岩のかけらが零れ落ちる音が響いてくる。ついにダンジョンらしい姿を見せてくれる時が来たのだ。
ミアは地に足つかない調子で、杖を構えた。
普段とは違う戦闘方法になることが、ミアを高揚させていた。
蟲は使えない。使えば正体がバレてしまう。使えるのは自身が習得している中級までの治癒魔法と狙撃魔法、付与魔法だけだった。制限がミアの闘争心を燃えさせていた。
「総員、戦闘開始!」
イルクの掛け声を引き金に、ミアは瞬時に青に光る魔方陣を展開させた。




