第29話 一蓮托生
夕日の差す大通りで、ミアはふと立ち止まった。長い三つの影がゆっくりと遠ざかっていく。ぐんぐんと伸びていくそれを眺めてもなお、ミアは立ちすくんでいた。
ミアがついて来ていないことに気づいたエリシアは振り返る。心配を含む逆光の表情と夕日に照らされる金髪のポニーテールを、ミアはぼんやりと捉える。
「疲れちゃった?」
エリシアが手を伸ばしながら近づいてくる。残りの二人も振り返って、その様子を眺めていた。
事実として、ミアは体を動かしていない割に疲労困憊だった。現在ミアが使役している蟲たちには、壁の隙間から脱出させ裏庭に一時待機を命じているが、今も体はずっしりと重く、ダンジョンではないのにポーションをいただきたいほどだ。
「ごめんなさい」
ミアは謝罪を口から零して、動こうとしない膝を叱咤する。
しかしぴくりとも動かない。ミアはふと、ああ、明日が怖いのだと思った。エリシアがいるとどうしても復讐心から遠ざかってしまう。けれどもう今は復讐とかいう醜い話ではないのだ。悪事を暴く、正義で照らす、これは大切なこと。頭ではわかっていても、沈む夕日がミアをそこにとどめさせた。
俯いていたミアの視界が不意に暗がった。顔をあげると目の前にエリシアが迫っている。
この人がいるから、正しい道を進むことができている。思ってくれている彼女に、恩を仇で返す様なことはしたくない。
エリシアはミアの前でゆっくりと背中を向けるようにしゃがみ込んだ。ミアは気の抜けた声が漏れてしまう。
「ほら、乗って」
「そ、そんな……おんぶとか、そんな年齢でもないのに」
「じゃあ、お姫様抱っこがいい?」
エリシアは振り返りざまにいたずらっぽくはにかんだ。ミアもつられて思わず口角が上がる。けれどそのまま、再び頬から笑みが去って行くのを感じた。
それを見たエリシアはしゃがんだまま振り返って、ミアの手を取って撫でる。ミアの手の甲を何度も、大切なものにするのと同じように。
「……誰だって進めない時はあるわ」
ミアは手を引きかけた。でもぐっと力を込めて拒絶しないように留まる。エリシアの優しさが今は怖い。けれど悪いことにはならないと知っているから。
「辛かったら休憩してもいいけど……休憩が許されないときもあるでしょ?」
エリシアの手は温かかかった。エリシアに触れられてやっと、ミアは自身の手が拳を握りすぎて冷たくなっていたことを知った。じんわりと熱が移っていく。
「そんなときは人を頼るのよ。無理やり誰かに連れていってもらうの。そしたらいざという時、足が動くってものよ」
エリシアは体験談のように語った。
ミアは何故か少しだけ心がぎゅっとなるのを感じた。それは少しずるい。撫でてくれている手を捕まえて、初めてミアから握り締めてみる。エリシアは驚いた顔をしてミアを見上げていた。
ミアはエリシアから顔を逸らした。
あまり見つめないでほしい。きっと夕日で表情がはっきりと照らされているだろうから。
「進みましょう」
「……」
エリシアの肩にそっと手を添える。エリシアが向けた背中に、ゆっくりと自身の体重を預けた。エリシアは軽々と立ち上がって、さすがの頼もしさを再確認する。
「エリシア号、出発しまーす」
おどけるエリシアの肩に腕を回してしっかりと抱き着いた。
きっとこれは近い未来、人を救う行為だから、メルバやレイノワールも協力してくれている。ならば応えたい。応えないといけない。
エリシアの肩に回す手に力が入った。すぐにエリシアは気づいて「大丈夫?」と声をかけてくれる。ミアは自身が空回っているのだと自己分析をしていた。エリシアの問いに遅れて返す。
「……大丈夫じゃないです」
「そう」
エリシアは頷いて背負い直してくれた。
ミアは通りを照らす真っ赤な夕日から逃げるように、進む方とは別を向いた。




