第31話 怪しいポーション
それとほぼ同時に、後方にいたエリシアが空気を切り裂くような勢いで駆けだす。そしてウシ型モンスターを前に鞘からレイピアを引き抜くと即座に一線を薙いだ。モラクスオックスは、エリシアの独壇場だ。いつもと同じく利き足の左を軸に、まるで踊るように串刺しにしていく。蝶のように舞い、蜂のように刺す。ミアはこの服装一つで、エリシアが劇団の踊り子のように見えるものだと感心する。
いや、感心している場合ではない。
ミアと同じように気を取られていた数名も我に返って、羽音煩く周囲を飛び回るカラス型モンスターの処理に取りかかった。濡れ羽色の毛に覆われた体が暗いダンジョンにしっかりと溶け込んでいるが、魔法陣などの魔法の光だけを頼りに攻撃を当てる。ミアはそれらが倒せる最低限の出力で、しっかりと急所を射止めた。マルファスの特徴は小さな体と俊敏性。しかしその身軽さゆえに《《ガワ》》が薄いことが弱点だ。
ちらりと振り向くレイノワールの視線にミアは頷いた。役目を果たさねば。普段と違う連騰スタイルのミアは、そもそも戦力の頭数に入っていない。これは当初からの作戦だった。
「……『凍てつけ、悪に従う者たちよ。──氷凍束縛』」
ミアが杖をひと振りすると氷の破片が鋭い軌道を描いて、動き続けているマルファスを捕捉する。マルファスの羽が岩壁と一体に氷漬けにされ、モンスターたちは身動きが取れなくなってしまう。ミアが中級魔法の中で最も得意とする氷属性の魔法だ。これは性に合っているのかミアが意識半分でも攻撃し続けられる魔法なので、ミアは早速戦線から半ば離脱してイルクパーティーの観察を始めた。
ミアたちに決定的に足りないのは、彼らのダンジョンでの働きやスキルなどの知識だ。地上での動きはある程度把握できているはずだが、戦闘に関しては全くと言っていいほど何も知らない。もし敵対するようなことがあれば、レベルだけで考えたときエリシアパーティーが確実に負ける。しかしレベルの差を埋められるだけの情報があれば、勝機はあるのだ。
動きに合わせてなびく彼女に似た赤髪を視界に捉える。まずはイルク。エリシアやメルバと同じく前衛で動く、双剣の使い手だ。武器はアシンメトリーで右手に長剣、左手にその半分ほどの長さの剣を握っている。スキルはおそらく剣士でありがちな付与魔法だ。属性は──。
イルクは剣にこびりついた血を払う代わりに詠唱を呟いた。
「『纏え、神の御声。──俊風』」
モンスターの血が滴っていた剣身は、すぐさま風のおかげで輝きを取り戻す。そして彼はくるりと手の中で一回しすると、エリシアの背後に迫っていたモラクスオックスに一線をお見舞いした。風を纏った剣は切れ味を上げて、軽々しく巨体の上半身を分断する。
認めたくはないが、彼はLv.7。ここにいる誰よりもレベルが高いので、さすがの力量だ。
刃物が風を切り裂く音を聞いたかと思うと、飛び上がっているエリシアが空中で身を翻し、モラクスオックスの大きな頭を靴底で蹴飛ばしていた。尻のラインを隠していたフリルがひらり舞い上がったのを目視してすぐに、彼女は軽やかに地面に降り立つ。そして直後バランスを崩したモラクスオックスが地響きと共に倒れ込んだ。
エリシアのレイピアで核を一突きされ、姿は塵となり消えてゆく。
「これでひとまずは終わりのようだな」
レイノワールの確認にエリシアはレイピアを鞘に収めながら黙って頷いた。
ミアも魔方陣を畳み、杖の構えを解く。人数が多いのもあって、一回の戦闘は短かった。
「次の戦闘は三十階層あたりだろうな」
「そうだね。じゃあ再び三十五階層を目指そうか」
レイノワールの推測にイルクが同意する。
その時、イルクが思い出したようにはたと足を止め、荷物持ちをしているベルネッタに声をかけた。誰もがイルクの行動を目で追う。背負っていたバックパックが降ろされ、中から取り出されたのは──細長い瓶。中には淡く発光する青の液体が揺らいでいる。
ギルドで支給されるポーションと明らかに違う。瓶は厚みがあるようだし、普通は黄緑色をしているはずの液体が青く、内容量は随分少なかった。
イルクは両手に四本ずつ掴むと、左手をレイノワールに差し出した。ミアはローブを引かれ、思わず後ろを振り返る。神妙な面持ちのエリシアがミアに視線を寄こすと、正面を向いて首を横に振った。
まさか。
「これは?」
レイノワールは表情に薄い笑みを湛えながらその四本を受け取り、イルクに尋ねる。イルクはただ肩を竦め、これが一番効くのだと言った。
「ただのポーションさ。普通のポーションと違うのは、彼女が作ったってことかな。これは特別、アムドゥシアスの角が入ってるんだよ」
作ったと言われているベルネッタは、素知らぬ顔でバックパックを背負い直している。
イルクの右手にある分は、イルクパーティーに一本ずつ渡される。しっかりとヒルシムの反応を目に焼き付けなければ。ミアは手が痛くなるほど杖を強く握り締めながら注目した。彼は感情が表情や行動に出やすいタイプだ。
ヒルシムはコルクの栓を抜いたかと思うと、一瞬顔をしかめ、そして薬を流す時のように瓶の中身を一気に呷った。
「ありがとう。……だが、今は必要なさそうだ。まだ疲れてもいないし、次のモンスターが出現しているわけでもない。その時にでもいただくとする」
さらりといなすレイノワールにミアは同調して頷く。怪しいものは出来るだけ口にしたくない。
イルクは一瞬目を細めたかと思うと、恐ろしくもすぐににっこりと笑顔を作った。
「無理すると、体調に関わってくることもあるというから……仕方がないね」
「ああ。今は気持ちだけ受け取っておくとする」
ミアの背負うバックパックに四本の瓶が収められる。そのせいで少し重くはなったが、問題はない。
そして一行は再び三十五階層を目指して、暗いダンジョンの中を進みはじめた。




