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第25話 オフィーリアとの対面

「手紙は入れてきたか?」


 メルバが遠くから駆け足でやってきたミアに尋ねかけた。

 ミアは息を切らしながら頷く。今日はオフィーリアに会いに行く日だ。メルバがダンジョンへ潜る準備をしろと言った通り、今四人はダンジョンの前の広場に集まっている。


 ミアはマハトリムパーティーの拠点に話がしたい旨の手紙を投函していたので、一人集合に遅れていた。


「きちんと入れてきました」

「場所は間違ってない?」

「大丈夫だと思います」


 エリシアは念を押して尋ねてくれる。ミアはしっかりと頷いた。というか、間違えようもない。


 あの異国情緒溢れる建物はいかにも「マハトリム!」と主張しているようで、ご丁寧に玄関には表札がぶら下がっていた。表札そのものもまたウルサリアではあまり見かけない。


「じゃあ出発しましょう」


 エリシアの一声で、四人はダンジョンへと身を沈めていく。

 オフィーリア・メイサンダーはダンジョンが大好きなのだろうか。それとも身を隠さなくてはいけない理由でもあるだろうか。ミアは疑問を抱きながらも足を進める。


 しかしここは間違ってもダンジョン。杖を抱きかかえ集中力を高めていく。

 洞窟のような岩壁が割れる音を探ろうと息を殺した。しかしメルバはいつもの偵察らしい動きを見せず、エリシアもミアと同じように動揺している。


「……どうしてモンスターが湧かないの?」

「それはあたしらが潜る前に狩りつくされているからだよ」

「メルバがやったの?」

「まさか」


 メルバは肩をすくめてみせる。レイノワールは表情が読めないので詳しい感情は知れないが、少なくともモンスターのいないダンジョンを珍しいものとして見ていた。


 ミアが撫でた岩肌はどこも、ナイフで抉られたときのようにごつごつと鋭くなっている。


「何階層まで降りるの?」

「十五だな」


 不気味だ。自分たちの話し声だけが響いている。モンスターの咆哮だけでなく、他のパーティーの声すらも聞こえない。


「……冒険者もいないな」


 レイノワールがやっと口を開いた。


「まあな」


 メルバは淡白に答える。


「なぜだ?」


 メルバは問い詰めに少し顔をしかめた。聞いてくれるなと言いたげだが、こういう時レイノワールは役立つ。あえて空気を読まない精神は、場合によっては功を奏すのだ。


「……モンスターのいないダンジョンに冒険者が潜るのか?」


 しかしそれも上手く躱されてしまう。

 いや、ミアにはその答えを用意していたように見えた。


「オフィーリアさんがそう言えと、メルバに言ったんですか?」


 ミアがすかさず尋ねるがメルバは答えない。代わりに肯定を示すように、メルバの歩調が速くなる。いよいよオフィーリアは只者ではなさそうだ。


 まばらな靴音だけがダンジョンの中に響いている。

 そして気が付けばあっという間に十四階層にいた。この階段さえ降りれば十五階層だ。躊躇いなく階段を降りてゆく。いつもなら数段ずつ飛ばして駆け下りるので、この階段がこんなにも緩やかだとは気づかなかった。


「……メルバ、どこに行くの?」

「こっちだ」


 そこは階段の裏だ。そちらは突き当りだと、メルバは分かっていてなお指さす。


「どういうこと?」


 エリシアが困惑の声を上げるが、メルバは構わず岩壁に手を這わせた。そして四人が全体重を掛けても動かなさそうな岩壁をメルバは押し込んだ。地響きとともに岩の一部がきれいな長方形にへこむ。ギィ、と軋む音を響かせて扉は動き、隙間から風が吹き込んだ。


 ミアは煽られる前髪を抑えながら、隙間から零れる光に目を凝らした。ぼんやりと、そしてゆらゆらと揺れる温かい光を認める。


 石畳は切り崩しただけでなく、平らになるよう丁寧に削られた跡がある。ミアはそれを目で辿っていると一段が浅い階段にぶつかった。自然と視線が上がる。そして燭台二つを携えた玉座に目が留まった。


「……」


 ミアの側をメルバが通り過ぎてゆく。そして慣れた仕草で誰よりも先に膝をついた。

 ミアは呆然として、その小さな背中を眺めてしまう。


「メルバ・ロウム、参りました」

「畏まっちゃって、かわいいわね。いつもはもっと生意気でしょう?」


 メルバは疎ましそうな目つきでオフィーリアを見上げた。


 彼女の声は良く通る。歌うような滑らかさを備えていて、耳心地がいい。それにオフィーリアの髪色は目をくぎ付けにさせた。ゆらゆらと海中を漂うように広がる柔らかい赤毛に、深海の色をした瞳。

 カリスマ性というものとはこういうものなのだと、ミアは妙に納得させられる。


「よく来たわね、ミア・グーテンベルク」


 エリシアとレイノワールなど眼中になさそうに、オフィーリアは挨拶をする。ミアは彼女から目を離さないように会釈した。


「すごく素敵な髪ね。私の髪ってば……うねってしまって大変なの。グーテンベルクの髪は指どおりが良さそう」


 くすくすと笑って、彼女はたわいもない話を始める。


「くせ毛は湿気が大敵。だからこういう場所にいるともう好き勝手にはねちゃって……切ってしまおうかと何度思ったことかしら」

「……切らないんですか?」


 ミアは会話の一環として訊いた。オフィーリアは少しだけ目を丸くするが、すぐに弓なりにしてええと頷く。それはなぜ、と答える前に彼女はおしゃべりだった。


「切ったらもっと収拾がつかなくなるって聞いたから。それにね、この髪を蛇みたいだって勝手に恐れて勝手に怯える人間がたくさんいて……すごく面白いでしょう?」


 まるで自分が人間ではないように彼女は言った。

 面白いだろうか。怯えられるのはミアにとっていいこととは思えない。だから自身につけられた異名も不名誉だと忌避している。

 しかし彼女は違うらしかった。化け物のように扱われる状況を楽しんでいる。


「私はね、地上にいた頃も根も葉もない噂で魔女扱いされたわ。『赤髪はその印だ』とか『蛇に懐かれるなんて魔女しかありえない』とか。あなたもそうじゃない?」


 ミアは首を縦にも横にも振らない。

 そういった悪口を耳にしたことはあったが、いつもエリシアが睨みを利かせてくれた。そんな言葉、自分とって大したことじゃない。エリシアにもそう知ってほしかった。


「……ねえ少し退屈しているのよ。だからね、二択のどちらかを選んで?」


 オフィーリアが綺麗な指先を二本立てる。まっすぐに伸びた人差し指と中指に、ミアは視線を誘導された。


「イルクパーティーの弱点を知っているの。ご存じ? 私、イルクの姉なのよ」


 ミアは思わず息を止める。そしてゆっくりとエリシアを振り返った。エリシアはミアと目を合わせてくれない。ミアは指先がじん、と痺れたような気がしたが、拳に強く握り込んだ。


「以前エリシアパーティーがイルクの手によって半壊に陥ったことも、グーテンベルクがダンジョンの入り口での騒動の発端を作ったことも。全部知っている」


 オフィーリアは怪しげに笑みを作る。この人はどこまで知っているのだろう。ミアは背筋に寒気が走った。まるで蛇だ。あらゆる場所から手を伸ばし、獲物をからめとる蛇。


「前置きが長くなってしまったわね。それじゃあ一択目。……私からイルクの情報を得る代わりに、グーテンベルクがここに残る」


 エリシアが一歩踏み出したのが見えた。しかし小さい歯ぎしりが聞こえただけで、食って掛かったりはしない。


「もう一択は、私からは何も聞けず、すごすごとみじめに帰る」


 さあ、どっちがいい?

 あまりにこちら側に不利な二択に、ミアは絶句した。

 直前に全てを知っていると言ったのは、あまりにひどい。ミアには選択権がない、と言わんばかりだ。「すごすごとみじめに帰る」と言った言葉選びも悪意しか感じられない。


 オフィーリアは目を細めて赤い舌で唇をなめて見せた。背後に蛇がちらつく。

 自分とは何も似ていない。ミアは心底思った。


「お……脅す気ですか?」

「『脅す』? 違うわよ、これは遊びなの」


 玉座で彼女は大きく伸びをし、そしてすくっと立ち上がった。思った以上に背丈があることに気づく。エリシアと同じくらいだ。


「私かわいい女の子と遊ぶのが大好きなの。ねえ、メルバ? あなたもわかっていて私を楽しませてくれたのよね」


 矛先がメルバへ向く。ミアもオフィーリアと同じように、メルバへ注目していた。


「久々に面白いものを見させてもらったわ。あなた、まだ諦めてなかったのね?」


 メルバは小さく唾を飲んだ。そして一段ずつ丁寧に降りてくるオフィーリアを注視する。


「酒場の彼のことよ」


 オフィーリアはメルバの耳に口許を寄せて囁いた。しかし広い空間は声をよく反射する。

 メルバは顔を赤くして否定を叫んだ。


「い、今その話は関係な──」

「ああ、そうね。その話はまた二人きりの時にゆっくり話しましょうか。……それで、グーテンベルク」


 ミアは降りてきたオフィーリアに迫られて、足を数歩退けた。しかし手首を右手で掴まれて、反対の手は腰に回される。ミアの小さい頭から、フードが零れ落ちた。視界が急に明るくなり反射的に体を反らす。


 ミアはぎょっとして彼女の腕を押しやった。


「ちょ、ちょっと、やめてください」

「充分考える時間は与えたでしょう? ほら、いい返答を聞かせて」


 背後から歯ぎしりの音が聞こえる。オフィーリアは口角を上げたまま合っていた視線を一瞬だけ逸らし、ミアの肩口から誰かと目を合わせた。おまけに鼻で笑うなんて性格が悪い。。


 ミアは必死に考えた。

 今の最良はきっと、ミアがオフィーリアのもとに行くことだ。しかしミアは彼女と一緒にいたいと思えない。何か酷いことが待ち受けているようにしか思えないのだ。


 それに。

 ミアは背中に感じる圧をしっかりと受け止めていた。大丈夫、黙って一人でどこかに行ったりしない。もう心配させたりしない。

 すでに決めていたし、約束した。ミアは命の恩人との約束を破るほど、非道な人間じゃない。


「……」


 にったりと笑う彼女を前に、ミアは再び強く彼女の腕を押しのけた。オフィーリアもここまではっきり拒絶されるとは思っていなかったのか、後ろに少しだけよろめく。


「エリシアと離れるくらいなら、あの人の弱点なんて自分で探し出します」


 ミアは明確に告げる。

 よく響く岩壁は、ミアの決意をなんども反響させた。

 オフィーリアが表情から笑みを消した。表情が抜け落ちたような顔で、まさにきょとん、という言葉が似合っていた。


「それに、買ったばかりのティーセットもまだ使っていませんし」


 同意を求めるようにエリシアを振り返る。エリシアは今にも「ざまぁみなさい」と言わんばかりに、自信に満ちた笑みを湛えていた。


「……はぁ?」


 最初に声を上げたのはメルバだった。困惑のあまり何か言わないと気が済まなかったようで、しばらく呻き声を繰り返す。


 しかしオフィーリアは腹を抱えて笑いだした。次に目を丸くしたのはミアの方だ。笑い声が室内に充満する。

 彼女はひとしきり笑い終えると、目の端に浮かんだ涙を指先で掬った。


「いいわ……いいわね。あなたってば私と全く反対みたい。いい人に巡り合えたようで何よりだわ」


 ミアは彼女の視線の先を辿った。エリシアとぴったり目が合う。


「さ、地上におかえり。私はお邪魔のようだし。……メルバ、皆を地上に送ってあげて。今日はそのまま帰りなさい」


 オフィーリアはひらりと手を返すと、ミアに背を向けて階段を上っていった。

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