第24話 騙されたパーティー
晴天。ミアは拠点の前で青い空を見上げた。
これから本格的に事が進むというのに、ミアはどこか清々しい気分を捨てきれずにいる。一人ではないからか。
雲間から太陽の光が顔を出す眩しさに、フードを寄せた。
「お待たせ」
エリシアが拠点から飛び出してくる。
「いえ、大丈夫ですか?」
「全く問題ないわ。メルバを見かけたもんだから、オフィーリア・メイサンダーの話をしたら長くなっちゃって」
そうだ、とミアは思い出す。
ミアと似たスキルの持ち主だという、オフィーリア・メイサンダー。
ミアは彼女を知らないが、エリシアの口ぶりからして有名人なのだろう。
「いつ会う予定なんですか?」
「そうね、週末がいいって言ってたわ。基本的に活動サイクルが読めない人なんですって」
「明後日ですか」
「そう。だから今日はダンジョンに潜る準備をしないと」
エリシアは先に歩き出す。ミアはエリシアの言葉を汲み取りかねて、首を傾げた。置いて行かれないよう慌てて横に立ち並んで尋ねる。
「どうしてダンジョンに?」
「……さあ、私にもわからないのよね。メルバが彼女に会うにはダンジョンに潜る準備が必要だって」
「ダンジョンに住んでるなんてこと、ありませんよね?」
「さすがにね」
エリシアは肩をすくめて笑った。確かにダンジョンに住むなんて無茶苦茶だ。
ギルドに到着すると、エリシアは真っ先にクエストの掲示板を眺めに向かった。貼り紙の九割は「中級階層の鉱石を取ってきてくれ」や「ポーションの材料になる草を刈ってきてほしい」などで埋め尽くされているが、そのうちにやけに目に付く異色のクエストがある。
「三十五階層の階層主討伐クエスト、ね」
三十階層以降は、五階層ごとに階層主が出現する。そして三十階層以降は長期遠征が必須だ。
ミアはローブの留め金を握り締めた。
正直なところ、ミアは長期遠征に行ったことがない。なぜならミアはLv.3だったから。
長期遠征はLv.4以上の冒険者が行うのが基本だ。それ以下だと体力も魔力も続かず、途中で足枷になるパターンが多い。
だからエリシアたちも長期遠征に行こうとミアに言ったりすることもなかった。
【クエスト協力募集】
クエスト内容:三十五階層の階層主討伐クエスト
募集条件:Lv.4以上の冒険者が最低四名用意できるパーティー
報酬:消費したポーション、武器を差し引いた分を山分け
討伐予定日:三十五階層階層主が出現後、一週間以内
その他連絡はこちらまで→マハトリムパーティー
エリシアはパーティー名を読み上げると腕を組んだ。
「マハトリム……。聞きなれないわね、中東の方の名前かしら」
「あちらの方にも小規模なダンジョンがあると聞いたことがあります。そちらで冒険者をされていた方がウルサリアにやってきたのでしょうか」
「そうね、私もそう思うわ」
ウルサリアよりも小さいというわけだから、協力してダンジョンを攻略したことがないのだろうか。少し危機感の欠けた募集要項にミアは心配になる。
エリシアは貼り紙を剥がすと、カウンターの奥にいるセルンを見つけて名前を呼んだ。セルンはぴくん、とウサギの耳を揺らしてこちらに反応する。
「私たち、このクエストに興味があるの。この……マハトリムパーティーの拠点を知らない?」
エリシアは紙に書かれた文字を指さしながら尋ねる。セルンはそれでしたら、と何やら名簿を取り出して見せてくれた。
「西通りですね。地図をお渡ししましょうか」
「ええ、お願いするわ」
西通りということはやはり遠くからやってきたのだろう。あの辺りはさまざまな地方出身の冒険者のために、衣服の種類や食べ物を良く取り揃えている。そして治安もいい。マハトリムパーティーはそれなりの貯えもありそうだ。
充分に狙われる条件を備えている。
「八名で運営されているパーティーになります。移民にはよくある家族ぐるみのパーティーですね。リーダーは家長のマハトリム様になります」
「詳しくありがとう。それからポーションとかナイフを補充したいんだけど」
エリシアはパーティーについての情報をまとめた紙を受け取ると、セルンに次のお願いをした。セルンは奥へと消えていくので、ミアはその隙に一つの懸念点を尋ねる。
「あのクエスト、間違っていませんか? すでに仲間が見つかっていたら貼り紙は剥がされていると思います」
「あいつらが調子に乗ってたのが昨日だって考えると、まだ貼り紙が貼られたままでもおかしくはないでしょ? それにあのクエストじゃなったら、また探す別の方法を考えたらいいのよ」
確かに、他のパーティーの協力を募っているものはあれだけだった。すでに剥がされているなら──あまり褒められたことじゃないがゴミ箱を漁ればいい。昨日の張り紙はまだ収集されていないはずなのだから。
しばらくすると、セルンが大きな麻袋とポーションの箱を抱えながら焦り顔でやって来る。
「申し訳ありません。先ほどのクエスト、すでに協力者が見つかっておりまして定員いっぱいなんです」
「あら、そうなのね」
エリシアは眉を下げて、悲しそうな演技をした。ミアも少し驚いたような顔を作っておく。
「ポーションは……」
「いただくわ。出来ればもう一箱」
「では、その間に武器の確認をなさってください」
セルンはウサギの尻尾をぴょこんと跳ねさせて、再び奥へ引っ込んでいく。
「運が良かったわね。あれで当たりみたい」
エリシアは麻袋を開くと、中に詰められた武器を一つ一つ確認し始めた。すでにエリシアパーティーはいつも何号のナイフを注文するか登録してある。余分なものは購入しなければいいだけだし、この方法が一番楽だ。
エリシアが日常的に使う短剣はギルドでは補充しない高級なものなので、ここで揃えておくのはメルバの使い捨て用と、ミアとレイノワールの予備用だ。
「こっちがわたしの七号ですね」
「ええ。こっちが五号で、八号ね。数は足りそうかしら」
号数はそれぞれ手のサイズに合わせるために定められたもので、レイノワールの八号が女性の標準的なサイズになる。ミアは手の中でしばらく握り、ナイフに欠陥がないか確かめる。
ぱたぱたと戻ってきたセルンは、再びクエストについて詫びた。エリシアは大丈夫だと言って首を振る。これ以上謝られては、こちらとしても少し心が痛い。
「ナイフはちょうどね。ポーションもありがとう」
「拠点までお運びいたしましょうか」
「大丈夫よ。その為に二人で来たんだもの」
エリシアはじゃらじゃらと取り出した麻袋の中身を確認すると、口を紐で縛ってカウンターに差し出した。
「ちょうどだと思うけど、確認してくれるかしら」
セルンは素早く金額を数え、ピッタリだと頷く。こういった技量はギルド職員、皆兼ね備えているので、ミアはいつも感嘆の息を漏らした。
「では無事の帰還をお待ちしております」
職員独特の挨拶を背中越しに掛けられて、二人はギルドを後にする。
歩き始めてしばらくすると、エリシアはセルンから受け取っていた紙を取り出した。ミアは重量感のあるポーションの箱を抱え直しながらそれを覗き込む。
「これからの予定を少し考えながら帰りましょう。明後日はオフィーリアのところに行く必要があるから、その次の日にでもマハトリムパーティーに話をするのが無難かしらね」
「手紙を書くべきですか?」
ミアはふと思い立って、尋ねてみる。
突然の訪問は向こうも驚くに違いない。この日付にこういった話がしたいので、と手紙を送っておいた方が警戒心も薄れるんじゃないだろうか。ましてや家族ぐるみのパーティーなのだ。
「いい案ね。ミアが書いてくれるの?」
「はい。それはもちろん」
エリシアは紙をポーションの箱を持っていない手で器用に折りたたむと、ミアのローブの留め金の部分に差し込んだ。ミアは畳まれた紙を見下ろすと、意気込んだように再び箱を持ち直した。




