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第23話 望まぬ再会

 レイノワールたちと合流するころには、メルバは酷くげっそりしていた。

 ティーセットはレイノワールが自費で購入したようだが、代わりにこれはどうだあれはどうだ、と得意分野ではない話について意見を聞かれ、挙句の果てには何に興味があるんだと苦言を呈されてしまったらしい。


「お前とはしばらく出かけねぇ」

「なんだ、面白くないな」


 メルバの恨み節をレイノワールはさらりと受け流す。むしろその返答で、メルバは顔を更に歪ませた。しかしそれもエリシアの一言で落着する。


「今晩は『バッカーノ』にしよう、ってミアと話してたの。どう?」


 メルバとレイノワールは顔を見合わせて、肯定的な意見を示した。

 今日買ったものは一度拠点に置きに帰り、おめかしした服を着替えてから酒場へ向かう。


 扉を開くなりトレイを持ったリクラスと目が合う。そしてすぐに、彼はぱっと笑顔を見せた。優しい人だ。


「四名様ですね。こちらのお席へどうぞ」


 きちんと業務はこなしているが、声が上ずっている。ミアは小さい声で「ご心配おかけしました」とリクラスに謝った。彼は首を振ると、メニューを静かに置く。


「エリシアが酷く落ち込んでいたから、帰って来てくれて本当にありがとう。幼馴染みが肩を落としているのを平然と見て居られるほど、薄情な男じゃないからさ」


 彼は、はは、と困り眉で小さく笑う。エリシアは少し顔を赤くして「もうその話はいいから」と言葉を遮ろうとした。それに気を利かせてかリクラスは再び業務に戻って、テーブルを去って行く。


「エリシアはいろんな人に思われていますね」


 ミアは思わず口を開いていた。目はメニューに落ちたまま、無意識に。

 エリシアはえ、と言葉をこぼす。


「ち、違うわよ?」


 今度はミアが尋ねる番だ。


「え?」

「わ、私は別に……その、あいつとはただの幼馴染みだし」


 なぜエリシアは必死になっているんだろう。ミアはぽかんとしたままエリシアを見上げた。

 そしてメルバとレイノワールに視線をやると、二人は素知らぬ顔でメニューを覗いている。いつもなら注文するものはすぐに決まるので、あからさまな演技だ。

 やっとエリシアは、はっと我に返って手を振った。


「あ、いや。そんな話はしていないわね」

「いえ、別にいいですけど……」

「とにかく、私はその……ミアが一番だから」

「あ……、」


 ミアはその真っすぐな視線と率直な言葉に、メニューへ顔を埋める。


「ありがとうございます」


 すぐにエリシアも顔を赤くしてメニュー表へ目を向けた。

 恥ずかしいけれど、何か少しもやもやとしたものが晴れたような気がした。そしてミアは、先ほどの「いろんな人に思われている」という言葉が、いい意味で言ったものではなかったことに気づく。だからエリシアが慌てて弁明してくれたのだ。


 微妙な沈黙を破ったのはレイノワールだった。注文を頼むために、彼女は店員を呼ぶ。やってきたのは幸いにもリクラスではなくて、ミアは手っ取り早く目についたカルボナーラを注文した。

 問題はその後だった。


 ガシャン、と思わず耳を塞ぎたくなるような暴力的な音が、店の端から聞こえてくる。そしてすぐに男性の大声が飛び込んできた。


「っざけんな! オレのこの……この腕を見てもそれを言い続けんのかテメェ!」


 床にぶちまけられたビールの海に、ジョッキのガラス片と氷が滑っていく。

 ミアは思わず椅子から腰を浮かせかけた。あの声は数日前に聞いていた。イルクパーティーの狩人、ヒルシムのものだ。

 エリシアもすぐに気づいたようで、目を瞠って声の方にくぎ付けになっている。


「もう御免だ! 命までかけてやるような娯楽なんてオレには──」

「ヒルシム。頭に血が上ると冷静な判断を欠いてしまう癖は良くないな」


 彼を宥める声の主に、ミアは自身の腕を掴んで己を咎めた。平常心だ。みし、と骨が軋む音さえ聞きながら、浅い呼吸を深いものに変えていく。しかし依然、心臓の音がうるさく響いていて、ミアは心を落ち着かせるためにグラスへ手を伸ばす。


 ミアのテーブルで注文を取っていた店員はいつの間にか奥へ人を呼びに行っていて、騒ぎを収めるために呼び出されたのはリクラスだった。


「失礼ですが、他のお客様の迷惑になることはお控えください」


 しかし口論に熱が入っていて、彼らにリクラスの声は届いていない。イルクパーティーの残りの二人も知らんぷりだ。

 イルクはヒルシムを挑発するようにへらりと嫌な笑みを浮かべた。


「大きな図体して小さな肝だな。お前ね、一年前にパーティー一つ騙した時点でここをやめていればよかったって話だろ?」


 視界の端で、メルバとレイノワールの表情が曇る。


「そのときお前はにこにこしながら言ってたじゃないか。冒険者とは『楽な商売だ』って。今回もその『楽な商売』をやるだけだ。違うか?」


 イルクは口が減らない調子と笑っていない目で、ヒルシムを突き刺していた。


「今あの六人組のパーティーはどうなっているやら知らないが、メンバーみんな子供ばっかりで……ああいや一人だけ歳を重ねたエルフもいたような気もするけど──お前はそいつらを騙すのに快く頷いただろ」


 ヒルシムは言葉に詰まっているようだった。何よりも、イルクパーティー騒動を収めるべくやってきたリクラスの様子がおかしい。震えて仕方ないのか右足を必死に掴んでいて、その手が無ければ今にでも膝をついてしまいそうだ。


 エリシアはさすがに頭に来たのか、ガタンと音を立てて椅子を立ち上がったがミアが引き留めた。エリシアが悲しい表情をして振り向くが、ミアは首を横に振る。


「今更真っ先に命を狙われそうになったから手を引こうだなんて、お前甘いんだよ」

「イルク……テッメェ……!」

「くどい」


 ヒルシムはイルクの胸倉を掴みかかった。イルクは小さく眉根を寄せると、テーブルの隅にあったグラスを手探りで当てる。イルクはグラスを掴み取ると、腕を大きく振りかぶった。


 瞬間ヒルシムはさすがの動体視力でグラスの動きを除ける。その水流は遮るものもなく、大きな軌道を描いた。

 ミアはすべてがゆっくりに見える世界の端で、一つ誰よりも早く動くものに気が付いた。


 パシャン、と水がかかる音がする。

 イルクとヒルシムは突然現れた小娘に驚き、リクラスは彼女から滴る水に呆然としていた。


「やるなら、外でやれ」


 酷く低く、冷ややかなメルバの声にミアは慄いた。そして彼女はすぐに、リクラスには水を片付けるように言う。リクラスはメルバの声で、やっと足が突き動かす。

 言い返そうと牙を剥きかけたヒルシムに、メルバは至って冷静に告げた。


「やってもいいが、外でやれ。ここは闘技場じゃない。そんなこともわからないのか」


 店内が静まり返る。ヒルシムはぐっと怯んで、鋭い爪を巻き込みながらこぶしを握りしめる。

 そのときイルクの指先が不自然に動き、陶磁器の皿をテーブルのふちに追いやった。ぐらり、とバランスを崩した皿は重力に従って落下していく。


「ガキがしゃしゃり出てくれるな」


 低い声がミアの耳に飛び込んできた。きっとその言葉を聞いたのはメルバと、耳のいいミアだけだ。

 直後、鼓膜を引き裂くような音が響いた。割れた皿の破片が床に散らばっていたガラス片とぶつかって、メルバの頬に赤い線が一筋走る。


 メルバは変わらぬ表情でイルクを見上げていた。イルクは怯みもしないメルバを、不愉快だと言わんばかりに睨み返していた。


「……姉貴に告げ口してもいいのか?」


 その一言にイルクはすぐにメルバが何者か気づいたようだ。はっと目を瞠る。黙り込んだイルクに、メルバは背を向けた。

 そしてイルクは苛立ちを露わにしつつも大人しく席に着く。ヒルシムは引っ掴んだ硬貨をテーブルに叩きつけると、急ぎ足で店を後にした。


 ミアたちのテーブルへ戻ってきたメルバは、びしょ濡れの服を指さして言う。


「着替える必要もあるし……帰るよ。あたしは今日、もうこの店に戻ってこない方がいいと思うんだ」

「そんな。メルバは悪いことなんて一つもしてないわ」


 頬から顎の方へ伸びている血を一瞥して、エリシアは首を振った。


「いや、いい。三人で食べて帰って来てくれ。あたしは自分でどうにかする。じゃあな」


 ミアはメルバの考えも理解できるので、引き留められなかった。扉に取り付けられた鈴が余韻を残しながら揺れているのを見て、エリシアも同じように少し肩を落としている。


 騒動が落ち着くと、さっきの店員が再び注文を取りにやってきた。

 そして料理が届くまでの間、エリシアがおもむろに口を開いた。


「どう思う?」

「『どう』ってなんですか?」


 しかしその疑問文はミアではなく、レイノワールに向けられたものだった。エリシアの視線は正面に座るレイノワールに合わせられている。彼女はグラスを掴んで、唇を湿らせると沈んだ声で「そうだな」と呟いた。


「何の話ですか?」


 ミアの質問にエリシアは口ごもる。そしてゆっくりと口を開いた。


「……一年前、ミアに会う前。このパーティーは六人組で、私のせいで半壊したって話したわね?」


 ミアは慎重に頷く。エリシアはその責任を酷く感じていたと。そして冒険者をやめようと思っていたことも聞いた。


「あのときね、私たちは騙されていたのよ。元々、もう一つのパーティーと手を組んで、クエストをクリアしようって話だったの。でもそのパーティーに裏切られた。私たちの荷物から武器とポーションを奪って、いつの間にか姿を消してた」


 ミアは勘づく。

 そのパーティーとは、まさか。


「ある意味、運命よね」


 エリシアが自虐の混じった笑みを浮かべる。それは痛々しく、ミアは顔をしかめそうになった。自分の話を聞いてくれたときエリシアはきっとこんな気分だったのだろうと、ミアは今更ながら知る。


 つまるところ、イルクパーティーが言っていた『騙したパーティー』とは一年前のエリシアパーティーだったのだ。


「……問題は、そこじゃないわ」

「え?」


 声色が変わったことにミアは顔を上げた。エリシアはどこかをしっかり見据えている。


「本当の問題点は、今私たちと同じように騙されているパーティーがいることよ」


 ミアは少しだけほっとした。彼女は正義でいてくれようとしている。そしてすぐに気を引き締める。


「早い方がいいわ。オフィーリアに会う予定も、騙されているパーティーを見つけ出すのも」


 ミアはエリシアに同意を示すように頷いてみせた。レイノワールは黙って聞いていたが、止めるつもりはないようだった。彼女もまた平静を装っているが、心中穏やかではないのだろう。


「だからね。今はとにかく腹ごしらえよ」


 ちょうどそのタイミングで運ばれてきたドリアに、エリシアはスプーンを構えた。

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