第26話 改・蟲生の能力
金属音と共に扉が閉まる。空間が断絶される音はダンジョン内に波紋を作った。
それがちょうど耳から遠のいた頃、ミアは横から強い衝撃を受ける。押し倒されるかと思ったが、しっかりと抱き留められた。ミアはぎゅう、と強い力で抱きしめられる感触にしばらく浸ることにする。
「よかった。またミアが『私のため』とか言って、オフィーリアのもとに残るなんて言い出したら……」
「エリシア……」
「私、ミアのことひっぱたいてた」
ミアは暴力的な言葉に少し身をすくませるが、エリシアの手が少しだけ震えているのに気が付いた。腕の調子を少しだけ緩めてもらって、ミアも抱きつき返す。
「大丈夫ですから。ほら、何かを失ったわけじゃないんです」
そうね、というエリシアの呟きが耳から離れていく。他人の温もりがミアから途絶えようという時、メルバが口を開いた。
「よくやった。お前らは賭けに勝った」
十四階層目指して階段を上がる途中、ミアは耳を疑った。
「か、賭けって何よ」
エリシアは飄々と告げるメルバに眉根を寄せる。ミアも初耳だ。いや、賭けなのだから、答え合わせが済んでいたら意味がないのだろうが。
「あの人とミアの返答について賭けていた。ミアがあの人を選べばあの人の勝ち。逆にエリシアを選べば、ミアとエリシアの勝ち。あたしはあの人から先に全部聞いていたからな」
メルバはたわいない話をするかのように言った。
「負けていたらどうなっていたんですか?」
「イルクの弱点は聞けずじまいで、ミアは彼女のコレクションの一部になっていただろうな」
「何よそれ、悪趣味な」
エリシアは本人がいないところだからと悪態をつく。
しかし本当にそうだ。元よりミアに提示した二択などハリボテで、裏では賭けが働いていたなんて。
「じゃあ、メルバはイルクの弱点を知ってたってこと?」
エリシアははたと気づいたように尋ねる。
「それは──」
メルバは言い淀むが、それをちょうど遮るように爆音が鼓膜をつんざいた。ミアはフードを寄せて片目を伏せる。吹き込む突風がローブを煽る。ミアは身の丈ほどある杖を持ってして、何とか踏ん張った。
「ついにモンスターが湧いたの?」
「いや、少し違うようだ」
エリシアから伝播する動揺を、レイノワールがより増幅させる。
土煙が収まると、岩壁が軋み、石片がぱらぱらと剥がれ落ちる音がダンジョンの奥から迫り来る。
「総員構えて!」
エリシアが叫んだ時には、すでに四人は臨戦態勢に入っていた。
岩壁から顔を出すのは、つるりとした白い球体の何か。白いそれは表面にひびを刻むと、隙間から赤いリボンのようなものをちらつかせた。
ミアはその場から飛びすさり「蛇の卵です!」と叫ぶ。メルバはその顔をさっと青ざめさせた。
「嘘だろ……おい、ミアを囲え!」
「本当に悪趣味ね」
「ダンジョンにいる蛇型モンスターは全て、オフィーリアの支配下にあると思えッ!」
力づくでミアを奪う気だ、というメルバの言葉にミアは慄いた。しかしながら何もしないわけにはいかない。
杖を構え、細く息を吸う。思い返せばレベルアップして初めて、ダンジョンでスキルを使用する。緊張から額に汗が浮かんだ。
強く杖を握り締め直し、体をめぐる魔力に注力した。
「『我が身に植え付けし化生の卵、今こそ目覚める時』」
ぐつぐつ、と今までとは比にならない活動力を体内から感じる。腹部内を中心に、魔法陣が展開される。
ミアは顔を下から煽る青い光に驚きながらも、再び視界を閉じた。
「『我が身を母体とし、この地に生まれ落ちたまえ』」
もう一回り、青い魔方陣が肥大化する。輪が回転を始め、指先までの血管が煮えたぎるように熱を孕んだ。
「『蟲生』──」
魔法陣はミアの身体を這いあがった。薄い胸を通り過ぎ、鎖骨を過ぎて喉元で留まる。じんわりとした温かみを喉に感じたかと思うと、腹の中の異物感がせり上がってきた。
喉を押し開く。たくさんの足がミアの食道を駆けのぼった。そしてぶちぶちと繊維が裂ける音がする。ミアは顔を歪め、血と共に蟲を吐き出した。
しかしいつもはしばらく続く痛みがすぐさま消え去ってゆく。治癒魔法を使っている体感はないが、癒えていく感覚は確かだ。ミアは目の端に雫を浮かべながらレイノワールを振り返った。レイノワールは首を横に振る。この治癒魔法はやはりミア自身によるもの。
ぎりぎりと体内を引き裂く勢いで、蟲たちが這いずり出ようとしてくる。ミアは何度もえずいて身を屈めた。
量がやはり比ではない。以前レベルアップした時も新しい感覚に慣れるには苦労した覚えがある。
すでに遠くではメルバとエリシアが数多の蛇に剣を振りかざしていた。
ミアは足元に群がる、無数の蟲たちに目配せをする。そして地面を、杖で一つ叩いた。
蟲たちは黒い体を蠢かせ、素早く床を這ってゆく。鮮やかな色に黒の丸い模様が毒々しい蛇たちの許へ一直線に向かうと、ざらりとした肌を登ってちろちろと蛇が見せる赤い舌から体内に潜り込んでいった。
ミアがもう一度杖で地面を叩くと、蛇の身体は爆散した。奇妙な液体をまき散らしながら、蛇皮が破裂する。そして飛び出した蟲たちは統率を持って奥から次々とやって来る蛇へと向かっていった。そして蟲型モンスターはパーティーの先頭に立つこととなる。
以前よりもコントロール性能が上がっている。ミアは少し興奮した面持ちで、杖を振りかざした。
「ミア、こっちにお願いッ」
エリシアの声が後方から響く。
ミアは顔を上げてエリシアを目視した。エリシアはミアの正面で剣を振りかぶっては、蛇たちを素早く輪切りにしている。
しかし、なぜ後ろから声が。
「早く援護を!」
「あ……はい!」
声色は間違いなくエリシアのものだ。ミアが杖を振ると、蟲たちはエリシアの方へ引き返してゆく。
「……あ、」
ミアは一つのことに気がついた。
コントロールの性能が上がっていると同時に、五感の同期が鋭くなっている。つまり今ミアが聞いている音は蟲たちの耳が捉えているものだ。だからエリシアの声があらぬ方向から聞こえてきたというわけである。
「メルバ、これじゃキリがないわ」
「そうだな……。一瞬でも道を作って切り抜けるか」
遠くで交わされるメルバとエリシアの会話すら鮮明に聞き取れる。目が見えなくなってから聴力は鋭くなっていたとは思っていたが、これほどではない。
「レイ。ここを切り抜けるようです。摩擦軽減魔法を」
「ああ」
レイノワールは少し目を瞠るが、すぐに杖をゆるりと回した。杖の頭で八の字を描くと、全員の足一つひとつに魔方陣が現れる。慣れたように息を合わせると、ヘビの大群を細く通り抜ける。ヘビたちは核さえ壊されていないが、自由の利かないバラバラの身体をくねらせてバタついていた。
杖を軽く揺らして、ヘビに執心する蟲たちを引き上げさせる。
ミアは足を懸命に動かしながらも頬を紅潮させていた。これほどうれしいことはない。今、自分はとても役に立っている。
何とか地上の光を捉え、四人は息を切らしながら広場にへたり込む。十四階辺りから駆け上がるのは随分体力を奪われた。モンスターの量も初級階層とは思えない。今潜る人がいれば、すぐにでもやられてしまう。
そう考えながら、ミアが膝をついたままダンジョンを振り返ると。
女性三人がダンジョンの入り口で仁王立ちのまま、エリシアパーティーの四人を見下ろしていた。全員が赤いリボンを腕に巻き付けている。
ミアは側で息を整えているエリシアの腕を叩く。彼女は疲れ果てた声色で返事をするが、ミアの視線の先を辿るなり顔色を変えた。
「……他の冒険者がいなかったのって」
エリシアがぽつりと呟く。しかし彼女たちはエリシアをちらりとも見やることなく前を見据え、手を背中で組んでいた。




