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第17話 助太刀

 風呂を上がったミアは申し訳ないながら、エリシアの水分を含んだ肌に手を伸ばした。彼女が思っていた場所に立っていなかったので、ミアの手のひらがエリシアの腕に押し付ける形になる。


「エリシア……。その、見えないので服を渡してくれませんか?」


 まさか蟲一匹たりと出せないほど消耗しきっているとは。思った以上に憔悴していたらしい。

 情けないと思っているからか、ミアは自身の声が少し落ち込んでいるように聞こえる。


「え? あ、ああそうだったわね。ちょっと待って」


 エリシアの言葉には戸惑いと気づきと、それから少しばかり高揚が含まれていた。ミアはその上ずった声に首を傾げる。


 それはさておき、差し出した手に衣類が乗せられて、ミアは手探りでひとつひとつ身につけていった。濡れている髪はエリシアが簡易的な魔法で乾かしてくれ、やっと一息吐く。


 エリシアの腕を借りながら廊下を進んだ。ふと、エリシアの歩調が変わる。体の角度が少し傾いたのは、誰かが来たからだ。


「ミア、無事でよかったよ」


 声の主はレイノワールだった。いつも通り素っ気ない口調だが、温かみの含まれた声色はミアの表情をこわばらせる。


「疲れているんだな。早く休んだ方がいい」

「あ……ありがとうございます、レイ」


 ミアの側にセンティピードがいないことにすぐさま気づいたらしい。うむ、とレイノワールの返答を聞き届けると、エリシアにくんと腕を引かれた。


「おや、エリシア」

「なに?」

「背中が濡れているぞ。そのままだと風邪を引く」


 ミアは先ほどの出来事を思い出す。ミアが風呂場に押し倒したので、エリシアの服が濡れてしまったのだ。ミアが声の角度を見上げると、エリシアは戸惑ったようにミアの腕を引いたり離したりした。


「私がミアを自室に連れて行こう。エリシアはそのまま風呂に入りなさい」


 エリシアの態度にしびれを切らしたのか、レイノワールが一声かける。


「じゃあ……そうさせてもらうわ」


 密着部分のぬくもりがさっと消えていく。代わりにつるりとした布の感触が肌に触れた。レイノワールが日常的に身に纏っているシルクの肌触りだ。

 エリシアの足音が遠ざかるまで、レイノワールは足を止めていた。そして廊下に二人分の気配だけが残されてから、彼女の口を開くのがわかる。


「ミア。二人からは散々言われたんだろう」

「……はい。でも、わたしが悪いので」

「メルバからは怒られて、エリシアには心配したと言われた」


 ミアは頷く。レイノワールは吐息を漏らすように笑った。


「では私からは文句を言わせてもらおうかな」


 レイノワールはつかみどころがない。何年生きているのかわからないが──聞いたことはないし今も聞く勇気はないが──随分落ち着いている。かと思えば、たまにユーモアのあることを真顔で言いだすので、測りかねない。


 ふふ、と作ったような含みのある声に、ミアは身構える。


「ミアがいなかったせいで、エリシアパーティーは崩壊寸前だった。ああいや、私も悪かったと思っているが……テーブルの端に足を引っかけているワイングラスを突いてみたらすぐにでも落下してよく割れるものだろう」

「は、はぁ」


 レイノワールの例えはいつも難しい。ミアが鈍い反応を見せると、彼女は「畢竟ひっきょう、」と続けた。


「つまるところ、私のティーセットが一つ壊れてしまった」


 ミアははた、と顎に手を添える。

 それは、本当にわたしのせいですか?


「ミア、言葉にしないと伝わらないぞ」

「……」


 言いたげに口ごもらせるミアを見てか、レイノワールが言った。ミアをからかうような調子は確信犯だ。ミアを戸惑わせて楽しんでいる。


「そ、その……新しいティーセット、プレゼントしますから」

「そうか。なら明後日、空けておいてくれ。みんなで少し遠出しよう」


 歩調がゆっくりに変わる。おもむろに立ち止まると、レイノワールはミアの手を取ってドアノブを握らせた。握り慣れたそれは自室のものだ。

 捻り、押し開けると冷たい澄んだ空気が顔に触れる。数日、人が出入りしていなかった証拠だ。


「部屋まで連れて行ってくださって、ありがとうございました」

「いいや、大したことじゃない。……それより」


 ミアはベッドに誘導されて腰掛ける。レイノワールはまだ、話し足りないことがあるようだった。声の主の顔を仰ぐ。


「遠出の件、メルバとエリシアにはミアから声をかけておいてくれないか」

「え……」 


 メルバにも、ミアが声をかけるのか。気まずいのでレイノワールにお願いしたいところだが。そう思ったところで、これもまた彼女の策だと知らされた。

 観念して誘う必要があるらしい。


「では、いい夢を」


 きい、と扉の閉まる音がする。

 ミアはふかふかのベッドをするりと撫でて、久々に良い心地の布団へ体を滑り込ませた。

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