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第18話 違和感

 チチチ、と耳をくすぐるような可愛らしい鳴き声に、ミアは目を覚ました。身体を包み込んでいる布団の肌触りで、拠点に帰って来たことを思い出す。


 とくとく、と響く心音を確かめた。調子は戻っている。スキルは使えそうだが、まだ休めと言われるだろうか。


 ミアが逡巡していると、突如として襲い来る食道をせり上がってくるような感覚に、ベッドから転がり落ちた。


「──っ、ぐ」


 何度も胸を叩く。喉に引っ掛かるような異物感にミアは床の上でもがいた。指先で喉を掻くが、それではもどかしく、口を開いて中に手を突っ込む。


 どうして。今日はまだスキルを使っていないのに。そもそもスキルを使ったとしてこのような不快感に襲われることはない。

ミアは違和感と奮闘すべく無理に咳き込んでいた。しかし思い切って、指先で舌の奥を強く押す。小さく縮こまると、引き起こした嘔吐感にえずいた。

しかし胃袋の中は空っぽで、口許を押さえても口から出たものは胃液だけだ。それから触れたものの中にざらざらと短い毛のようなものが混じっている。


 ミアは何も見えない暗闇の中で混乱した。一体、何が。

 騒動を聞きつけたのか、廊下を走るけたたましい足音が響く。そして近づいてきたかと思うと、ノックなしに扉が開く音がした。


「ミア⁉ すごい物音がしたけど──っ」


 直後に息を飲むような音が静かな空間に響く。

 ミアは思い出したように一度、咳き込んだ。


「え……エリシア。わたし、一体何があったのか……」

「……大丈夫よミア。落ち着いて、少し待っていて。レイとお医者を呼んでくるわ」


 エリシアは何を見たのか、すぐさま姿を消す。ミアは未だ喉に絡まっているものを追い出すために指を伸ばして格闘した。

 そして入れ替わりでやってきたレイノワールが、水の入ったグラスをミアに手渡してくれる。


「あの、レイ……わたし」

「大丈夫だ。あとで何があったかわかるさ、医者に見てもらったあとはセルンのところに行こう」


 ギルドへ? なぜ、とミアが聞く前にグラスを唇に押し付けられる。

 すぐさま後からやってきたメルバは「うわっ」と驚きの声を上げつつも、ミアの始末をしてくれた。水を口に含んではミアは嘔吐感を覚え、メルバの持ってきてくれたバケツに内容物を吐く。


 帰ってきて早々のことだ。申し訳ない気持ちになって萎縮する。それに、こんなことは初めてだった。


 呼吸が落ち着いてきたころ、ミアの部屋に医者が顔を出した。

 レイノワールが声色から老齢と思われる男性としばらく会話を交わしている。


「その見立てで大方間違いないじゃろうな」


 男性の声はそう言った。続いてミアは彼に口を開けるように言われ、素直に開ける。舌を押さえられ、喉の奥を見られているような気がする。そして腹部の調子を訊かれ、異常はないと伝えた。


「ふむ、今日は解析師のところに行きなさい。これはたまにある、レベルアップの反動ですな」


 ミアは想定外の言葉に呆然とする。


「ミア、スキルは使える?」


 ミアはエリシアに尋ねられた通り、心臓の音を探した。けれどそれは己の外側にあって、それはいつも蟲を生み出した後の感覚であることに気づく。それからすぐに視界を同期させると、その視点はベッドの上だった。


 エリシアがその一匹をミアの頭の上に乗せてくれる。

 センティピードの視界は、ミアが先ほどまで寝ていたベッドの上を映し出していた。そこは無数の蟲型モンスターが這い回っており、それは常軌を逸した量である。手のひらにちょうど収まる大きさの真っ黒なムカデや、黒い腹が大きく膨れ上がっている小指サイズのアリなどが散らばっている。


 しかしながらそれらはところどころ足や触覚などが欠けていて、動くのに自由が利かないのかじたばたと蠢いているものもいた。


「ひっ」


 さすが蟲に見慣れたミアでもこの光景は悲鳴を上げてしまう。


「な、なんでこんな……」

「身体に強大な負荷がかかってレベルアップが行われた時、スキルが暴走してしまうことがたまにあるのよ」


 メルバがミアの処理したものを見せてくれる。細かい毛のようなものは、モンスターの千切れた足や触覚たちだった。

 しかし喉をさすっても痛みはない。いつも量が多いときは喉を食い破られてしまうので、これは。


「だからセルンのところに行こうと言ってるんだ」


 レイノワールが喉に触れたミアの手を見て言う。


「……」

「スキル内容が更新されているかもしれない。スキルによって傷つけられた場所は自動的に治癒される、とかな」


 そうだ。ミア以外はもうすでに四回以上レベルアップを行っている。今回のようなハプニングに遭遇したことがあってもおかしくはない。

 みんながわりに平然としているのを見て、ミアは胸をなでおろした。


「じゃあ本当に何か……病気とかではないんですね」

「そうね。世の中にはこういう目に遭っても、腕試しだとダンジョンに潜るやつもいるんだけど」

「筋肉痛が酷いときにこそトレーニングはすべきだっていうだろ」


 誰のことやら、とエリシアは半笑いで言う。まるで悪びれることなくメルバが言い返すのを見て、ミアは相変わらず神経が太いのだと感心した。


「とにかくミアは着替えて。私たちはリビングで待っているわ」


 医者は玄関まで見送られ、部屋の中にはミア一人だけになる。ベッドの上には未だ蟲型モンスターがのたうち回っていて、それを横目にミアはため息を吐いた。

 手を握ったり開いたりして、たった一年でもうLv.4へ到達した恐ろしさを身に染みる。きっと日常的にスキルを使い続けているからだ。


 ミアは姿見を視界の端に捉えながら、自身を落ち着かせるために一つ深呼吸をした。

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