第12話 目撃情報
翌日、ギルドの開館時間前。
「裏にポーションの空き瓶置いてきます」
セルンは同僚たちに一声かけて、ギルドの裏口扉を押した。
朝は早く、空気はまだ青白い。少し霞んでいる景色は、ミアの行方が霧の中にある様の暗喩のようで、あまり気分は良くない。
ミアの失踪から早四日、町中に彼女の顔が貼り出されてから二日経つ。彼女はとっくにウルサリアを出て行ってしまっているんじゃないか。そんな話がギルドの中で大きくなり始めていた。ミアはダンジョン無くしても生きていける人種だろうが、セルンは到底噂通りだとは思えない。
セルンは一つため息をついて、空の瓶で敷き詰められたケースを地面に置いた。
その時、視界に紺のローブが過ぎる。
ウサギの耳をピクリと動かして、セルンは顔を上げた。
「誰かいるの?」
ギルドの裏はまず人が通らない。ゴミを回収する人が、決まった時刻に顔を出すだけに使われていると言っても過言ではないのだ。
だからセルンは目を細めて辺りを見回した。
気づけば音もなく、ローブを纏った小柄な人間が立っていた。その人物はフードからちらりと銀髪を覗かせると、周囲に聞こえないよう声を潜めて言う。
「セルン、解析をしてください」
澄んだ鈴の音のような声はミアのものだった。やはりウルサリアからは出ていなかったのだ。ミアは裏通りにすら貼られた自身の顔を一瞥して、フードをより下げた。
「それから回復ポーションを半ダース。あと、強化ポーションを一ダース」
ミアはじゃらりと音を立てて、麻袋を懐から取り出した。そして戸惑うセルンに押し付ける。
「お願いします。出来れば早く」
「ま、待ってください。みんなミア様のことを探してるんです。今は何を……」
「何も聞かないでください。それから、わたしがここに来たことは誰にも言わないでください」
きっぱり冷静に告げられた声音にセルンは身を竦めた。ともかく今はミアの要望に応えた方が良さそうだ、とセルンはミアから金を受け取ってギルドの中に戻る。
言われた通りのポーションと、紙とペンを抱えて再び裏に出た。また目を離した隙に消えているんじゃないかとセリンは危惧したが、ミアはそこにいた。
「こちらがポーションになります」
手を出してもらい、素早く解析を進める。石畳に紙を置いて、ぼこぼことしているが文字を綴っていく。
【ミア・グーテンベルク】Lv.3
職業:蟲操師
スキル:蟲生
筋力E 耐久D⇒B 魔力S⇒限界値 俊敏C⇒B 幸運E 器用B
ミアの魔力値の増加に、セルンは目を瞠った。
「限界値って……」
しかしミアは何も言わずその紙を半ばひったくるように受け取ると、とってつけたような礼をしてセルンにさっさと背を向ける。
「あ、あの! みんながミア様を探しているのは本当です。特にエリシア様が、寝食忘れてウルサリア中を駆け回っていらっしゃいます!」
ミアは少しだけ足を止めたが、今度は早足で去って行った。
セルンは疑問だった。ミアがどうして消えたのか。そしてポーションと解析を求めるなんて、まるで──。
「まるでこれからダンジョンに潜るみたい、ね?」
セルンは心を読まれたかのような言葉を、意識の外から掛けられて驚いた。
「こんにちは、セルン」
セルンはその人物を認めて、動きを止める。
久々に見た。もう一年ぶりだろうか、すでにウルサリアの外へ消えてしまったか、失礼だが死んでしまったかと思っていた。
彼女は緩やかなカーブを描く華やかな赤い髪を揺らして、可愛らしげに微笑んだ。
「お久しぶりです」
「ええ本当に。最近メルバが顔を出さなくって……何事かと思えば面白いことが起きているじゃない。……『生きる地下迷宮』の失踪。メルバに情報を渡したら、喜ぶかしら」
くすくすと無邪気に笑う。セルンは戸惑いながら首を傾げた。
「でも誰にも言うなって」
「言われたのはセルンでしょう。私は知らないわ」
彼女はセルンに手を出すように言うと、ペンを奪ってセルンの手の甲に何かを書き始めた。達筆なそれは『メルバ、戻ってきなさい。オフィーリア』と読める。
セルンがこれは何かと尋ねる前に、オフィーリアはセルンにペンを握らせた。そして優しく手を包み込むようにされる。セルンは何も言えずにただ彼女を見上げた。
「オフィーリア様……」
「メルバに伝言、よろしくね」
オフィーリアはにっこり怪しく微笑むと、ひらりと手を振ってどこかへ消えていった。彼女はまた一年ほど消息を絶つのだろうか。セルンは手に書かれた文字を見てそう思った。




