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第13話 『ご主人様』

 メルバは重い扉を押し開き、階段の上の玉座に腰掛ける人物を見上げた。


 オフィーリア・メイサンダー。


 それが彼女の名前だ。炎を投影したような赤い髪と、深海のごとく奥行きのある青い瞳。自信の現れである笑みを満面に湛えて、メルバを見下ろしている。

 あいつに似ているな、とメルバは久々に思った。


「ご無沙汰だったじゃない、メルバ」

「……」


 メルバは黙ってこうべを垂れる。


「蟲使いの少女を探しているんでしょう」

「……ご存じでしたか」

「目を向けた場所すべてに張り紙がしてあるのよ? 知らない方が無理ってものよ」


 オフィーリアは軽く笑い飛ばして足を組み替えた。

 彼女は滅多に外に出ないはずだが、いつ外出したのだろう。メルバは疑問を覚えながらもさらに深く頭を下げた。


「そうそう、今日は貴方に話があって呼び寄せたのよね」


 もったいぶって言うのに、メルバは苛立ちを覚えた。エリシアに断って抜け出してきたのだ。早く用件を──。


「セルンが蟲使いに会ったらしいわ」


 メルバはそれまで律儀に下げていた頭を跳ね上げた。

 ミアに会った?

 ギルドでセルンに会った時、彼女はそんなことを言っていなかった。メルバは動揺を隠せないまま、オフィーリアを見上げる。


 オフィーリアはメルバの反応が面白いのか、嬉々として続きを語った。


「解析とポーションを頼んで来たそうね。それがセルンには、まるでダンジョンに潜るみたいに見えた」

「……ご協力感謝します」


 オフィーリアがメルバを呼び寄せた理由を知り、メルバはいつも言わないようなことを口にした。

 そうと分かればすぐにでも探しに行かなければ。もう一度頭を下げると、オフィーリアから背を向けようとする。


「ちょっと待って。これだけで帰るつもり?」

「他に何かあるんですか?」


 背中にかけられた声に、メルバは焦りからぶっきらぼうに尋ねてしまった。はっと口を押さえるが、オフィーリアはまるで気にしていなさそうに続ける。


「ねえ貴方、私と蟲使いのスキルに共通点を感じない?」


 メルバは唐突の質問に首を傾げた。

 共通点は目に見えて、あると言える。体内でモンスターを生み出し、操ることができるという点だ。モンスターの種は違えど、性質は同じであると言っても過言ではない。忌まわしい異名もそっくりで、切っても切り離せない。しかし彼女の口から飛び出すとは思っていなかった。


「おかしいとは思わない?」

「何がでしょう」


 メルバは先の見えないやりとりに眉をひそめた。


「私たち以外にこんなスキルを持っている人が滅多にいないことよ」


 偶然、持って生まれる人が少なかったということではないのか。

 メルバはオフィーリアの考えていることがわからなかった。彼女は何か元来の鋭さで勘づいているのかもしれない。


「ところで貴方はイルクパーティーのことをどう思う?」

「な……何の話をしているんですか、さっきから」


 話が一転する。聞こうとも思わなかった名前にメルバは動きを止めた。そしてオフィーリアの髪色に目を向ける。


「ほら、本心を言ってちょうだい」

「……」


 なんと言っていいものか。メルバは視線を落として口ごもらせた。彼女の前で本心を言うなんて、到底できたものじゃない。


「私はね、彼がすこぶる嫌いよ」


 そんなメルバにしびれを切らしたのか、オフィーリアはあっさりと言いのけた。メルバは情のかけらもない発言に目を丸くする。


「え、ですが」

「だってあの子、身の丈に合わない悪事にまで手を染めるんですもの。……まあ、だから痛い目を見ることになるんでしょうけどね。思ってなかった展開になったけれど……あぁ楽しみ」


 何が可笑しいのかけらけらと笑い、玉座で足をばたつかせる。

 しばらくするとオフィーリアは落ち着きを取り戻したのか、表情から一瞬笑みを消した。オフィーリアが立ち上がったのを見て、メルバは足がすくんだ。

 腹立たしい。なぜ彼女に屈服することになったかを思い出して、自己嫌悪した。


「ねえメルバ、賭けをしない? 蟲使いの子が見つかったら、彼女とロスマリオネットをここに連れてきて」

 ミアだけではなく、エリシアまで。

「賭けって何を」


 一段ずつオフィーリアは、石畳を味わうように降りた。こつこつ、と規則的な靴音が迫りくる。

 彼女は上身を屈めてメルバに顔を寄せると、その小さな顎を指先でなぞって不敵に微笑んだ。そしてメルバの耳に口元を近づけられ、柔らかい髪が頬をくすぐる。


「──」


 その内容にメルバは目を瞠った。

 オフィーリアがミアの居場所の情報を渡すためにメルバを呼ぶ、という親切だけをするはずがなかった。この人は常にチェス盤を動かす棋士だ。


「……それは、貴女に何のメリットがあるんですか?」


 オフィーリアはメルバの問いに、無邪気に首を傾げる。


「何でしょうね。もし私が勝てば、侍らせる可愛い女の子が増えるってことくらいかしら」


 門の開く重厚な音が背後から聞こえる。オフィーリアは開いた扉を指さしてメルバに告げた。じわり、と背中が汗ばむのを感じる。


「さ、よろしくね。待っているわ」

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