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第11話 『地下迷宮の子』

 ミアはローブを掴み、全身を隠しながら走っていた。


──しくじった


 息を切らしながら人のいない東通りへ入っていく。


 当初の予定では、これほどの騒動になるはずではなかった。ヒルシム一人がその場にもがいて、全治二週間から一か月ほどの怪我を負えばそれだけでよかったのだ。


 しかしながら彼は、蟲を見るなり異常な嫌悪感を示した。そうしてあろうことか、素晴らしいエイムで一部の虫を爆殺させたのだ。いくら炎に特化したスキルを持っているとはいえ、これほど高精度で連発できるとは思っていなかった。これが計算外だった。


 ヒルシムは蟲一匹を殺すには有り余る火力で爆発を起こし、もくもくと煙を立ち昇らせた。追加の蟲も用意しようとローブの中で杖を構えていたが、揺れる金髪のポニーテールを見つけて逃げざるを得なくなってしまった。


 気が逸って、準備を怠ってしまったのだ。軽装備の地上であれば、襲いやすいと思ったのが良くなかったらしい。


 ミアは一瞬、視界がぐらりと歪んだのに驚いて、ゆっくり足を止めた。ポーションだけではやはりよくなかったらしい。如実に表れる不調にやきもきしながら、宿屋へ無理やり足を動かす。


 地上はあまり良くない。つまりあとはダンジョンしかない。正直ダンジョンでは籠りたくないのだ。一人なので常に気を張る必要があるし、自分にも命の危険がまとわりつく。


 しかし。

 触れただけでぼろぼろと崩れる壁の宿屋を見上げて、ミアは決心した。

 甘さは捨てなければ。







 エリシアは出来上がった貼り紙の束をじっと眺めていた。

 ギルドのカウンターから、セルンが困り眉でエリシアを見つめている。セルンは情報に齟齬がないか確認してほしい、と声をかけたが、エリシアは上の空のあまり届いていない。メルバは背伸びして紙束から一枚抜き取ると、ミアの個人情報と写真に目を通した。



 【ミア・グーテンベルク】Lv.3

 職業:蟲操師デミ・テイマー

 ・盲目。目元を布で覆っている。

 ・背中まである銀髪をシニヨンにまとめている。

 ・身長149cm、肉付きが薄く小柄。

 ・得物は背丈ほどの杖。



「大丈夫だ」


 メルバはカウンターに身を乗り上げて、セルンに告げる。


「では残りを刷ってまいります」

「よろしく頼む」


 メルバは一時的にエリシアの腕を引いてギルドを出た。すぐ外ではレイノワールが腕を組んで待っている。レイノワールにエリシアを引き渡すと、メルバは再びギルドの中に戻り、追加の張り紙を受け取った。

 ミアが姿を消してから三日目。早く見つかってほしいところだが。


「あ、ちょっと待て」


 メルバは先に行こうとしたレイノワールを呼び止める。ポケットを弄り、ウルサリアの地図を取り出した。


「ここの区域には貼るなって、セルンが」


 その区域とは東通りの方だ。治安の悪いその地帯は、すぐに汚れてしまうらしい。掃除をしてもキリがないので、ゴミが増えるような行為は禁止ということだった。


「東通りが一番貼るべきだと思うんだけどな」

「あそこはお尋ね者が多い。トラブルを引き起こすようなことは避けるべきだな」


 レイノワールは冷静に言うと、エリシアの背中を叩いた。猫背がしゃんと伸びる。


「さ、貼りに行こうぜ」


 エリシアパーティーはそれなりに名が知れている。

 メンバーの失踪を可哀想だという人もいれば、いい気味だという人もいる。エリシアは心ない言葉を度々耳にしては心を痛めていた。

 例えば、エリシアの行き過ぎた正義感にミアがうんざりしたのだろう、だとか。


「一部ちょうだい」


 壁に貼り付ける最中、メルバは女性に声を掛けられてハッと顔を上げた。赤い髪にぎょっとするが、《《あの人》》ではないことに気づいて胸をなでおろす。

 紙を一枚差し出すと、彼女はそれをまじまじと眺めて首を傾げた。


「この行方不明の子、『生きる地下迷宮ダンジョン』って異名の子じゃない?」

「ああ、そうなんだ。探していて……」

「前にもこんなことあったような……。ほら、同じような異名で呼ばれていた人がいたでしょう」


 メルバは彼女の言葉にざっと肌を粟立たせた。


「……」

「あ、そうそう。『地下迷宮の子』、オフィーリア・メイサンダーだったかしら。確か、蛇使いの」


 オフィーリア・メイサンダー。一年前、ウルサリアから姿を消した蛇操師(デミ・テイマー)の名前だ。ミアと似たスキルを持っていて、彼女はダンジョン地上限らず地面から蛇を生み出せる、というものだった。


 ミアは蟲生のスキルが目覚めた当時、失踪した彼女の再来だ、としても名を轟かせる羽目になったのでよく覚えている。


「だからミアも見つからないだろうって、言いたいのか?」


 メルバは低い声色で尋ねた。

 オフィーリアは一年前、突然の失踪から未だ帰還していない。ダンジョンに呑まれてしまったか、ウルサリアを去ったかのどちらではないかと言われている。


「そ、そんなわけないじゃない」


 女性はメルバの纏う空気に、弁解するように手を振る。


「ただ、少し似てると思っただけで……」


 困惑した声音にメルバは相手が初対面であることを思い出し、メルバは女性に背を向けて走り出した。エリシアをフォローすべき立場にいるのに、自分と来たらたかが一人の人名に動揺してしまうなんて。せっかく彼女は協力的だったというのに、あんな風に言ってしまうとは、何度同じことを繰り返したら気が済むんだ。


 しかし。

 メルバは道の真ん中でゆっくりと足を止める。

 オフィーリアが姿を消したときと重ねられるのは必然だった。メルバですら、ふと思考に過ぎったのだから。


「……」


 メルバは『ご主人様』の顔を脳裏に思い浮かべた。

 厄介に首を突っ込まれるのは好かない。でも力になってくれるかもしれない。この葛藤はどう処理しよう。レイノワールにでも相談しようか──。


「いや……」


 メルバは首を振った。

 あと二日。ミアが出て来なければまた考えよう。

 再びメルバはミアの顔が印刷された紙束を抱え、暗くなり始めた大通りを歩みはじめた。

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