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第10話 一つ目の騒動

 あの方角にはダンジョンがある。その手前に煙の発生地があるので、ダンジョン入り口前の広場で何か起きたに違いない。朝早くで人も少ないだろうから、被害者があまり多くないことを祈る。


 煙にむせ返るほどの場所までやって来ると、問題の場所を取り囲むように群衆が野次馬をしていた。エリシアはそれをかき分けて、原因を目に映す。


 そこは煙よりも砂埃が舞っていた。床にのたうち回っている一人に無数の巨大な蟲型モンスターが群がっていて、煙はその人物のスキルによるものだろうと察しが付く。


「くそっ、ふざけんな、死ねッ!」


その人は狼人の耳と尻尾を生やしていて、エリシアはすぐに彼の顔を見て誰かに気づいた。彼は先日のパレードで荷台に腰を下ろしていた、不愛想な冒険者だ。


「助太刀します」


 しかし、たとえこの人が誰であろうと、助けることには変わりない。エリシアは剣を抜き、彼を傷つけないように片っ端から蟲の核を突いた。しかしいくらエリシアが攻撃をしても、モンスターたちは標的を彼から変えようとしない。


 ハチ型モンスター(ワスプ)の硬い殻に剣を弾かれ、エリシアは一度体制の立て直しに引き下がった。


「どうしてダンジョンから出てこないはずのモンスターが地上に?」


 そのとき不意に、視界に過ぎった人影にエリシアは振り返った。軽く見渡すが、もう人影は見えない。


「今はそんなこと、言ってられないわね……!」


 エリシアはレイピアを鞘に戻し、代わりに短剣を引き抜いた。

 しかし先ほどの人影はなんだったのだろう。群衆と別に一人ぽつんといるなんておかしい。まだ日が昇り切っていない地上でローブに身を隠していたし、それにあの格好は。


「……これで最後ッ」


 エリシアは刃を振りぬくと、息を切らして石畳に膝をついた。

 これですべて切り伏せた。狼人は歯ぎしりをしながら腕を抱えてうずくまっている。


「見せてちょうだい」


 エリシアは彼に腕を差し出すように言う。彼はしばらく渋ったが、その腕を見せてくれた。アーマーに覆われていないむき出し部分の皮膚が食い破られている。しかしそれ以外は、ところどころ火傷をしている程度だ。


 群衆を掻き分けてやって来るメルバを見つけて、エリシアは手を掲げた。メルバは拠点へ取りに帰ってくれたポーションを二つ、瓶ごと投げてくれる。エリシアはしっかり受け取ると、コルクを口で外して片方の中身を彼の患部にぶちまけた。


 傷にしみるのか彼は狼の唸り声をあげるが、ぐっとこらえて振り払ったりはしない。もう一本は彼に手渡して飲んでもらう。


「少し我慢して。拠点に帰ったら高級ポーションを飲むこと。貴方のパーティーにヒーラーはいるわね?」


 エリシアは狼人の腕に包帯を巻き付けながら告げた。

 相変わらず不愛想だが彼は素直に頷く。ヒーラーがいるなら、酷く膿んだりはしないだろう。


「……それで、何があっ──」

「ちがうッ!」


 エリシアが彼の顔色を窺おうとすると、彼は反射的に牙をむき出して叫んだ。


「お……落ち着いてちょうだい。私は何があったのか聞いただけよ」


 なんだ、この焦りようは。何か隠しているのだろうが、今回の出来事に関係があるかどうかはわからない。

 エリシアの問いの意図を理解したのか、狼人は呼吸を落ち着かせながらダンジョンの入口へ目を向けた。


「……悪い。気が動転して……。今朝もダンジョンに潜ろうとしたんだよ。そしたらダンジョンからモンスターが這いあがって来ていたみたいで……オレはいつも通り広場で装備の点検をしてたから気づけなかった」

「それでいつの間にか、モンスターに囲まれてしまっていたのね」

「そうだ。でもオレはなんもしてねえ! モンスターの恨みを買うようなことは何も……」


 弁解の声が尻すぼみになる。

 エリシアは首を傾げた。急に自信を失ったようになって、すると突然顔の血の気が引いていく。耳を伏せて尻尾の毛を逆立たせ、何かに怯えるように頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「まさか、まさか……!」

「何なのよ、急に。貴方、大丈夫?」


 錯乱し始める彼に、エリシアは戸惑う。


「ふざけんな、あれはオレが決めたことじゃねえ! イルクが……イルクが、あれはいい材料になるって言って、オレは手伝っただけで……!」

「何の話? 落ち着いて」

「お……オレはなんにも知らねえッ!」


 狼人は叫ぶとエリシアを突き飛ばして立ち上がり、走り去っていった。エリシアはバランスを崩してついた尻もちに腰をさすりながら、地面に手をつく。

 メルバは不可解そうに眉を曲げて、エリシアに手を差し伸べた。


「なんだぁ? 今の」

「全くわからないわ。でも……」


 エリシアは彼が去っていった方角を見つめる。

 異常なまでに何かを隠そうとしていて、その上パーティー仲は良くなさそうだ。


「でも、何かあるわね。ただの不運じゃないと感じているみたいだし……それに」


 メルバが首を傾げる。


「もしかしたら、良くないものを摂取してるんじゃないかしら」


 エリシアの考察にメルバは怪訝な表情をした。エリシアは自身が深刻な表情をしていたことに気づき、大丈夫だと示すためにぱっと明るい作り笑顔をする。

 剣が腰にきちんと差さっていることもすばやく確認して、道の先へ意識を向けた。


「それはともかく、ミアはいなかったわね。予定通り、東通りの方へ向かいましょう」


 そうして今日もまた昨日と同じように、道行く人にミアを知らないかと尋ねる。

 銀髪をシニヨンにまとめている……背がこれくらいの……。身長くらいの杖を持っているかもしれない……。

 エリシアが細かくミアの特徴を説明するが、皆軒並み首を横に振った。


「目を布で覆っているはずなの。あの子、目がなくて」

「いや、知らないね。そんな目立つガキが居たら、すぐにわかるってもんだろ」


 全くその通りだ。エリシアは思わず言葉を詰まらせると、足を止めてくれた道行く人はどこかへ去ってゆく。

 全く手がかりが見つからない。ミアはウルサリアを出て行ってしまったのだろうか。そうなら今やっていることはすべて無駄だ。


 肩を落として通りを歩く。その時、メルバの声がエリシアを呼んだ。メルバは拠点の方角を親指で指しながら駆けてくる。


「ミアを見つけた?」

「わ、悪い、それはまだだ。そうじゃなくて、ギルドの人間がダンジョンの入り口で起きた騒動について聞きたいから、エリシアを連れて来いって、」


 メルバは息を切らして言った。


「どうしてそんなに焦ってるの?」

「ミアの失踪と関係があるんじゃないか、匿っていないかって詰め寄られてるんだよ! エリシアは怪しい人は見たか?」

「ミアが……?」


 エリシアはそんなはずない、と伝えるために一度拠点に戻ることに決めた。

 なぜなら、エリシアはこの目でしっかり見たのだ。


「怪しい人は見ましたが……あれは少年だと思います」


 見知らぬギルド職員の男性と、エリシアパーティーの解析師であるセルンに向かって、エリシアははっきりと告げた。

 大きなローブを羽織っていたが、布の隙間からハーフパンツと膝下丈の靴下が覗いていたのを見ていた。あれはウルサリアの端にある初等学校の男子制服だ。

 しかしエリシアの証言に男性はため息を吐いた。


「ではミア・グーテンベルクの不在はどう言い訳するんです。この拠点を捜索してもいいのですよ」

「したければすればいいわ。こっちはあなたたちよりも前からミアを探しているんです」


 あんまりな言い方じゃないか。エリシアは男性に腹を立て、ぶっきらぼうに言い放つ。


「私たちが日中、行き交う人にミアを見ていないか聞き回っていることも知らないで」


 エリシアが感情に任せて吐き捨てると、セルンが眉を下げて男性に囁いた。


「ミア様が突然失踪したとわかった時、エリシア様はすごく悲しんでおられたんです。これ以上疑って探るのはやめましょう」


 男性はセルンの言い分に耳を傾けると、エリシアの怖い表情を見直した。エリシアはじっとりと恨みがましい目線で、男性を見つめ続ける。

 男性は呆れたように息を吐いて立ち上がった。


「では、今日はこのくらいで」


 今日は? もう二度と来るな。

 去ろうとする背中を睨み続けていると、セルンがそばにやってきてエリシアに耳打ちをした。


「申し訳ありません、こんな時に」


 エリシアは謝罪の言葉に目を覚まして、少し神経質になりすぎたと眉間の皺を撫でて頭を下げた。


「私も少し感情的だったわ。……ごめんなさい」


 セルンは軽く会釈すると、男性職員に駆け寄り拠点を去って行く。エリシアは深いため息をつきながら壁に寄りかかった。

 何の手がかりもつかめていない自分が憎い。それを他人に当たり散らすなんて、()()()()()()()ない。


「……ミア、どこにいるの」


 どうか()()()()()()()のままでいさせて、ミア。

 エリシアは壁に体を預けるように、その場にしゃがみ込んで祈った。

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