霧ときどき刃! ところにより糸が降るでしょう!
忍び寄る大アミグモの気配を感じて小声でつぶやく。
「……いたぞ」
俺は静かに柱の一本を指さす。
リンと自律分身がうなずく。
もっとも、位置的に目では見えない。
死角になる柱の裏側に潜んでいるからだ。
霧を通じてクモの輪郭が浮かび上がる。
八つの目と四対八本の毛の生えた足。
輪郭だけではわからないが、目は禍々しい赤色だったはずだ。
正直、感じられるのが輪郭だけでよかった。
あまりまじまじと見たい相手ではない。
俺は【水生成】で水を出し、それを操って水蛇を作る。
充分なサイズになったところで、地面を走らせる。
クモはじっとしたまま動かない。
俺に捕捉されていることなど知りようもないからな。
バレていると気付かずに隠れている隠密使いは無防備だ。
哀れですらある。
だから俺は【隠密】に頼らないようにしているのだ。
俺は柱の陰に水を回り込ませ、クモのすぐそばへ送る。
クモがそれに気づき、逃れようと動く。
だが遅い。
「【水刃】!」
水蛇が伸び上がり、鋭い刃を形成する。
鋭利な先端がクモの体に突き刺さり、深くえぐる。
完全な不意打ちに【暗殺】【致命の一撃】が発動する。
決まったな!
クモの腹からぼたぼたと体液が流れ落ちる。
声もなくクモが身をよじる。
クモには悲鳴をあげる発声器官がない。
その痛みを現すように、剛毛の生えた足がわさわさと動く。
うーん、キモい。
おっと、クモが動く。
思いのほか素早く、柱の陰から飛び出してくる。
そして糸を吐きかけてくる。
分身……いや、水で盾を――
「ッ――!」
その迷いが一瞬の遅延を生む。
放たれた水が盾を形成するより早く、糸が俺に降りかかった。
リンが悲鳴を上げる。
「ゼンジさんっ!」
「――あっぶねえっ!」
だが俺は糸に巻かれてはいない。
硬質な盾は作れなかったが、体との間に水膜を作ることには成功した。
薄い水の衣だ。
水の膜が糸を防いでいる。
しかし、クモは糸を吐き出し続ける。
水の膜が吹きかけられる糸で白く濁っていく。
このままではまとった水膜ごとからめとられてしまう。
自律分身が動く。
「ていっ!」
と放たれた鎖分銅がクモの尻を打つ。
糸が止まる。
俺はそのスキを突いて、水膜を脱ぎ去るようにして背後へ跳ぶ。
水の薄衣を脱いで、粘着糸から脱出する。
さながらセミの抜け殻のように!
「これぞ、空蝉の術……ってやつだな!」
古事記にも……いや、源氏物語にも書かれている!
分身の術と入れ替えの術でも似たことができるが……。
水忍法バージョンもいいよな!
リンが怒りをにじませる声で詠唱する。
「このっ……ファイアラーンス!」
特大の炎の槍が飛ぶ。
それはクモに突き刺さり、一気に炎上させる。
炎はそのままクモを包み、ごうごうと燃える。
クモにはもうヒットポイントがないのだろう。
初手の一撃で、かなりのダメージを稼いだはずだ。
ヒットポイントの防護膜は作用せず、火は消えない。
クモはそのまま黒ずんだ塊となり、塵になって崩れ去った。
倒した!
リンが激しい呼吸であえぐ。
「はあっはあっ……!」
って、おいおい。
火力を高めすぎて腕が燃え上がっているじゃないか!
「リン!」
レバーを引いて水を放ち、リンに水をかける。
ふう……なんとか鎮火したな。
「よし、倒したな。
腕は大丈夫か、リン!?」
「大丈夫です。
ゼンジさんは大丈夫でしたか!?」
リンが心配顔でばっと俺の顔を見る。
俺は余裕の笑顔で装う。
「もちろん、ケガひとつないぞ!」と俺。
「クモの怖さは糸や毒だから、けっこうギリギリだったけど……」と自律分身。
自律分身のつぶやきは小さく、俺の耳にしか届いていない。
俺も同じことを考えていたから聞き取れたようなものだ。
まったくその通り。
あの局面では、分身で防げばよかった。
それでも防げた攻撃だ。
糸を食らってしまえば、動きを封じられてしまう。
そして、そのまま毒を浴びせられたことだろう。
動きが鈍ったところをじわじわ捕食される……。
ぞっとしない末路だ。
【水忍法】縛りで戦うのはちょっと危険だった。
こだわってはいけない。
隠密に頼っても、分身に頼っても、忍法に頼ってもいけない。
広い視野を持って立ち回らないとね!
<熟練度が一定値に達しました。スキルレベルが上がりました!>
<【暗殺】 3→4>
「おっ、暗殺のスキルレベルが上がったぞ!」
「おめでとうございまーす」
「致命の一撃は上がらなかったか。
もう少しか?」と自律分身。
「どうだろうな。
発動条件に違いがあるのかもしれん」と俺。
条件によってスキルが発動すると、なんとなくの手ごたえがある。
暗殺が発動した! などと思うわけだ。
でもハッキリわかるわけじゃない。
【致命の一撃】と【暗殺】の区別はついていないのだ。
効果は似ているが、別のスキルなんだから、なにかが違う。
説明があいまいだから、いまだに違いがわかっていない。
成長速度の違いから、【暗殺】のほうが発動しやすいようだけど。
これを検証するのは難しそうだ。
まあ、放置でいいか。
近いうちに【致命の一撃】も成長するはずだ。
期待して待ってるぜ!




