第四十三話 新たな日々
お久しぶりです読者の皆様。吉良義人です。
今回、更新がおよそ一ヶ月ぶりという事態になったこと、深くお詫びします。理由は活動報告に軽く書きましたので、興味がありましたらどうぞご一読下さい。
それでは前書きもこのくらいにして、『第四十三話 新たな日々』、どうぞよろしくお願いします。
……あ、サブタイトルの形式が変わったのは、ただ単に僕の語彙力が足りなかっただけです。何か不満がありましたら、僕に直接かもしくは、感想欄の方までよろしくお願いします。
陽も既に沈み、世界樹に潜っていた冒険者たちが帰還する時頃。
赤い夕陽の光を背にして、黒い外套をまとった仮面の集団が路地裏を駆け抜けていた。路地裏を日頃から住処としている者たちは、音もなく走り去る仮面の存在に気が付いた素振りさえ見せない。否、本当に気が付いていないのだろう。
幾多もの曲がり角を抜け、仮面たちはシュバルツの端――世界樹より眼下を見渡せる展望台に辿り着いてようやく、その足を止める。
「……ここまで来れば、後は――」
「油断するな。奴らもすぐに気付くはずだ。それまでどうにか聖女を……」
明らかに肉声ではない。どこか金属質で、聞く者に不快感を与えるような耳障りな声が仮面の奥から漏れ出る。そして更に気味の悪いことに、その声は全ての仮面から出てきているらしい。
仮面たちは展望台の一角に寝かせている棺に目をやり、恭しく頭を垂れる。そこにあるのは、狂おしいまでの信仰の情。
頭を垂れながら、仮面の一人が愛おしそうに棺の蓋を撫でさすり、言葉を発する。
「……儀式の時まで、あと一月だ。それまでに聖女を、教祖様の元へ――」
「――させるかッ!!」
雷が迸るように、空から流星の如き勢いで斬撃が閃く。白刃は仮面たち数人を巻き込みながら展望台の石畳を砕き、ゴウッ! と音を立てて地面へ垂直に突き刺さる。
突然の乱入者に、仮面たちの間に動揺の波が走る。我を取り戻した仮面たちが棺を守るように取り囲もうと足を動かし始めるが、乱入者にその仮面を次々に割られ、地面に崩れ落ちていく。
瞬く間に数を減らされ、遂に最後の一人になった仮面は、どうにか戦闘態勢を整えるが、既に勝敗は決したと言っても良さそうだ。乱入者は長剣を手の中で転がし、仮面の額へ切っ先を向ける。
「……ククッ、我を壊したところで、何一つ変わるものなど――」
「ルイスは、どこに連れて行った」
背筋の凍りつくような殺意の籠った怒声に、仮面は思わず言葉を途切れさせる。遥か昔に忘れたはずの感情が頭を占め始める。
「残念だが、それに答えることはできないな。それに今更どう足掻こうと、既に我らの勝ちは――」
「―――ッ!」
仮面が金属質な声で嘲笑を上げた刹那、白刃が煌めき、仮面の額を貫いた。
「……これで十五個目か……」
仮面の集団が取り囲んでいた棺の蓋を開き、ハヤトは疲労の滲む溜息を吐く。彼の視線の先には、聖女などというものは無く、ただ空の状態で置かれているだけの木の棺が転がっている。
既に大分消耗してしまった剣を一瞥した後、ハヤトは手中の剣を握り直す。
「――ここも、外れだったようだな」
背中越しに聞こえてきた声にハヤトが振り向くと、そちらには精悍な顔立ちをした青年が渋い表情で、ハヤトの前に転がる棺を見ている。
「……うん。もう街中には残っていないと思うけれど……」
「そうか」
念のため、ということなのか。青年は手慣れた様子で木の棺を調べ始めた。
その場に舞い降りた沈黙に、ハヤトは気まずそうに視線を泳がせる。元々、そこまで社交的とは言えない性格のハヤトであるが、だからといって沈黙の状態が得意なわけでもない。どうにかして沈黙を破ろうと努力しているのか、ハヤトは何度か口をパクパクと開閉して、結局そのまま閉じてしまった。
ハヤトは疲弊した様子で剣を腰の鞘に納めた時、青年がおもむろに口を開き、喋り始めた。
「イオリア様からの伝言だ。シュバルツからの脱出方法――世界樹へ以外の通路は、全て封鎖した。そして世界樹内も下層から騎士を呼んで捜索させている。そのため貴様はシュバルツから上層を、騎士たちと共に登っていけとのことだ」
「そう……。さすがだね、手が早い」
「当たり前だ。早ければ明日の明け方には出立できる。人数はおよそ三十人、いずれも神殿区所属の騎士でも選りすぐりの精鋭だ」
イオリアを称賛した瞬間に、どこか誇らしげな様子を見せた青年を意外そうに見つめるハヤト。その視線に気が付いた青年が、ギロリと殺気の籠った視線をハヤトに向ける。
「……なんだ」
「いや、ただ少しだけ気になっただけだよ」
ハヤトの言葉に、青年は視線に籠めていた殺気を緩める。
「君とイオリアの関係だよ。どうやらイオリアは、君のことだけは信用していたらしいから」
「……そうか」
青年の顔が、心なしか緩んだ。とりあえず会話の糸口は掴めたらしい。
「何か、特別な繋がりでもあるの?」
「いや……。ただ、イオリア様は私を初めて信用した方だ。だから私は、あの方のために命を賭して戦う。それだけだ」
「………」
青年とイオリアの間に、いったい何があったのだろうか。興味は尽きなかったが、下手に詮索するのは野暮というものだろう。名残惜しい気持ちを封じ込めて、ハヤトは紫色になり始めた空を見上げる。
「……そういえば、あの仮面って結局何だったんだ?」
「あぁ……これか……」
懐から獣を模した仮面を取り出す青年。ほんの数時間前までは、彼がイオリア直属の部隊として、仮面たちの頭領として戦っていた証だ。
「すまない。色々と調べてはみたが、何も分からなかった」
青年の差し出す仮面を受け取り、ハヤトも調べてみる。指で仮面の縁をなぞり、軽く顔に当ててみたりするが、特に変わったことはない。仮面に何か秘密がある訳ではないのか。
「……ま、予想通りっていうところか。これで分かったら苦労しないもんな」
大して落胆もせず、ハヤトは調べ終わった仮面を青年に返す。青年の方もそれに何を思うでもなく、仮面を懐に仕舞い込む。
「話はこれで終いだ。今日はもう休んだ方がいいぞ」
「……ッ」
一言だけ呟くように言い残して立ち去ろうとする青年に、ハヤトは反射的に口を開く。
「名前、そういえばまだ聞いていなかったね」
「……名か。これからの活動には必要か……」
ハヤトの言葉に青年は空をぼんやりと見つめ、何かを考えるような素振りを見せる。ハヤトが不思議そうに見つめる先で、青年はゆっくりと口を開いた。
「………セン。そう呼ばれていた時があった」
「そう。じゃあこれからはそう呼ばせてもらうよ」
ハヤトにこれ以上何かを話す意志がないことを確認した青年――センは、展望台に差し込む夕陽に背を向けて歩き去る。その背中を見送り、ハヤトは小さく溜め息を吐いた。
「まったく、これじゃ安心して話せやしないよね……」
イオリアの影として闇仕事を全て請け負ってきた者の経験だからか。センはハヤトと話している間中、周囲への警戒を一切怠ろうとはしなかった。ハヤトとて、センの態度が本来であれば正しいことは百も承知である。だがだからと言って、会話中の相手がビリビリとした気配をまとっていては安心できないのも、いたって当然のことだ。
「……帰ろ」
センがいなくなってから急に冷え込んできた風に身をすくませ、ハヤトは足早に展望台を立ち去ろうとする。が、ふと転がったままの状態で放置されている棺の存在が気になる。
「そういえば……」
これまで倒してきた仮面の集団、その全てが同じように木の棺を持っていたが、あれはハヤトが立ち去った後、どうなっているのだろうか。……まさかそのまま放置されているのだろうか。
「それは……いけないよなぁ……」
――わずか一日の間に、シュバルツ中に無数に撒かれた、空の棺。その周囲には何故か傷跡が残っている。
そんなことがシュバルツ中に広まれば、確実に妙な噂が流れ始める。例えどんなに些細なことであっても、仮面たちが逃れ得る助けとなるような要素は可能な限り排していかなければなるまい。
「回収、していくか」
自身の無駄な几帳面さにうんざりしながら、ハヤトは転がっている棺を拾い上げる。幸い、棺は軽く、常識外れな量でさえなければ、複数個を同時に持ち運べそうだ。
――仮面たちを、自分はどこで倒していたんだっけ?
大分深いところまで沈んでしまった記憶を掴み取ろうと頭の中で四苦八苦するハヤトに、不意に声がかけられた。感情らしい感情が混じっていない、ただ淡々とした女性の声だ。
「失礼します。そちらの棺を、渡して下さい」
ハヤトはそちらに目を向ける。シュバルツではもはや珍しくもない、革製の軽い鎧に短槍を携えた小柄な冒険者だ。俊敏そうな体躯を活かして、魔物との戦闘ではかく乱を主な役割としているのだろうか。
思わず冒険者としての反射運動で思考してしまってから、ハヤトは口を開く。
「えっと……あなたは一体」
「申し訳ありませんが、その質問には答えかねます。……再度伝えます。その棺を、渡して下さい」
思った以上に頑なな少女の言葉に、ハヤトは眉をひそめる。この棺は、素性の分からない相手に気軽に渡せるようなものではないかも知れないのだ。
「……悪いけれど、これを渡すことはできないな。知らない人間には渡したくないんだ」
すると少女は、おもむろに俯いて何かを思考し始める。思考すること幾十秒。明らかな困惑を顔に浮かべて口を開いた。
「で、ですが、私もそれを明かすのは禁じられていて……」
「……? 誰に?」
「申し訳ありません。それも答えることは……」
……さてさて、一体どうしたものだろうか?
思った以上に面倒なことになったことを悟り、ハヤトは目頭を軽く揉み解す。今日は朝から神経を尖らせてきて、正直に言えば気力も底を尽きかけていた。できることならば、今すぐ寝てしまいたいくらいだ。
「えっとだね――」
「すまないハヤト。言い忘れていたが……っと。どうやら一足遅かったか」
ハヤトが唐突にかけられた声の方を振り返ると、そこに立ち去ったはずのセンの姿があった。そして彼は珍しく――少なくともハヤトにとっては新鮮な――困惑した表情を浮かべている。どうしたのだろう?
「そいつは俺の部隊員の一人だ」
「……部隊員?」
「あぁ。闇仕事を一手に請け負う神殿区諜報部隊。そこの部下だ」
――なんと。
ハヤトが驚いた顔で少女を見返すと、少女はやや照れた様子で頬をかいている。
「それで、お前が片付けようとしていた棺は全部、こいつらに任せている」
「あ、あぁ、分かった」
そういうことならば、渡さない理由もない。
少女に木の棺を渡し、ハヤトは軽くなった両腕を軽く擦り合わせ、夜風の冷たさを誤魔化す。
「だけど、そっちの諜報部隊ってあの仮面の連中じゃなかったのか?」
「奴らは例外だ。イオリア様が次期教皇候補として名を挙げた頃からの付き合いで、俺たち諜報部と奴らの接点は、何一つない。俺が奴らのトップになっていたのは、イオリア様が俺をそうした部隊全てのリーダーに推したからだ」
矢継ぎ早に繰り出されたセンの説明をどうにか理解したハヤトは、頭の中を整理しながら首肯を返した。
「まぁ、お前がそんなことを知ったところで何にもならないだろうがな……。では、失礼する」
センは少女を引き連れて、展望台から去っていく。その背中を見送り、ハヤトはすっかり冷たくなった手を擦り合わせる。今日出会った少女や、その仲間も、世界樹登頂の時に精鋭部隊として同行するのだろうか。
「……帰るか」
何にせよ、今日は早く帰って体力を回復させなければならない。
展望台から立ち去る前にもう一度世界樹を見上げる。気が付けば、既に一年以上もあの中に入っていないのか。寝ても覚めても世界樹に入り浸っていた頃もあったというのに、何が起こるか分からないものだ。
夜風に世界樹の葉が揺れる。葉の擦れるにしては大きすぎる音が、夜空に響き渡った。
××××××××××
「――では、諸君の健闘に期待するっ!」
翌日。
カラッと気持ちよく晴れた蒼天の下、世界樹の前に集まった部隊に向けて、イオリアがよく通る声で叫んでいる。その姿を遠目で見つめながら、ハヤトは腰に下げた剣の感覚を確かめるように、剣の柄を握り締める。
「懐かしいですね。……遂に、戻ってきた……」
感慨深げに呟くアリアの横で、ハヤトは無言で首肯を返す。
イオリアによって直々に選ばれた精鋭部隊の面々の顔には、世界樹を登ることへの不安や興奮の色が見え隠れしている。
シュバルツにやってくる頃までは冒険者であったであろう彼らも、長らく世界樹登頂とは関わりの薄い職に就いていた間に、冒険者であった頃の感覚は既に大分薄れてしまっているだろう。世界樹に慣れるまでの間は、ハヤトたち――現役の冒険者――が率先して道を切り開き、彼らを導かなければならないはずだ。
その間の負担は、決して少なくないだろう。だがしかし、それを乗り越えた後の攻略スピードは段違いのそれになるはずだ。長い目で見れば、彼らも伴って登っていく方が速い。
「……おい」
「うん? あぁ、センか。どうかした?」
「……これからお前たちには世話をかけるからな」
「気にしなくていいよ。僕たちだって、自分たちにとってメリットがなかったら引き受けないし」
「そう言ってくれると、助かる。だがお前たちの世話になるのも事実だ。……これから、よろしく頼む」
律儀に頭を下げるセンの姿を見て、ハヤトは軽く後頭部をかく。
「……これからは互いに命を預け合う間になるんだからさ。そういう他人行儀なのも終わりにしよう」
「……そう、だな」
頭を上げたセンは、固く引き絞っていた表情を少し緩める。
それを見てハヤトは少しの間だけ逡巡して、小さく右手を差し出す。センはそれを戸惑ったように見つめるが、やがてハヤトの意図を察すると、照れたように頬をかきながら己も右手を差し出し、ハヤトのそれを軽く握った。
「……よろしく、頼む」
「――もちろんっ!」
控えめに笑みを浮かべるハヤトと、決まり悪そうに頬をかきながらも満更ではない様子のセン。そんな二人を遠目で見たイオリアは微かに笑みをたたえていたが、二人がそれに気が付くことは遂になかった。
最新話、如何だったでしょうか?
相当久しぶりな更新で本人も微妙に緊張しているのですが、そんなことは割とどうでもよく。個人的に、更新停止中の間、お気に入り数がほとんど減っていないという事実が非常に嬉しかったり。本当にありがとうございます。
さてさてそれでは、次の更新は来週の予定です。
なんか後書きも非常に淡白になって申し訳ないのですが、今回はこの辺りで。サ○エさんならじゃんけんでもして文字数が稼げるのですが、僕にそんなスキルはないので・
これからもどうぞ、応援をよろしくお願いします!




