第四十一話 聖戦
こんにちは、吉良義人です。
最近、サブタイトルを考えるのが辛くなってきてます。本当はこんなに話数が伸びるはずじゃなかったんだ……ッ!
そんな愚痴はともかく、今回の話はいつもよりも少しだけ長いですよと付け足して。それでは『第四十一話 聖戦』どうぞよろしくお願いします。
それが起こったのは、暖かな陽光が天上から地上を包み込み、冒険者たちが世界樹の中へ挑んでいく、昼間のことであった。
世界樹の頂上を目指して日々、戦いを続ける者たちにとっては心の拠り所であった神殿区。そのシュバルツ支部の一角にあった神殿が突如、平穏な空に向けて大筒を撃ちだしたような轟音と共に爆炎を吹き上げたのだ。
半刻前まで平穏そのものだったシュバルツは一瞬にして、混沌の街へとその姿を変貌させた。
「……火を止めろ。それと同時進行で犯人を割り出せ。絶対に逃がすなよ、いいな?」
「――御意ッ!!」
神官たちが血相を変えて慌ただしく廊下を駆け回る神殿区シュバルツ支部の中を、イオリアは仮面の男に早口で指示を飛ばしながら闊歩する。その歩みに不安は無く、イオリアの姿を見た神官たちは程度の差こそあっても、気を鎮めることが出来ているようだ。
苛立たし気に踵返して歩き去る部下の背中を横目で見送り、イオリアは通常の神官は立ち入れない――正確には、立ち入れないようにした――回廊へ脚を踏み入れる。
一歩ごとに靴音が壁に当たり跳ね返り、反響する。壁にまばらに立て掛けられた松明の朧な光だけが、行く先を照らしている。
どこか幻想的に感じられる回廊に、自らも波立っていた心を鎮められながら、イオリアは目的の部屋へと急ぐ。彼女の推測が正しければ、犯人の狙いは恐らく――
幾度か角を曲がった先の突き当たりから伸びる長い螺旋階段を、早足で降りる。下へ降りれば降りる程、どんどん明度が失われていく。一歩でも踏み外せば大怪我に繋がるだろうが、だからと言って降りずに躊躇しているだけの時間は既に残されていなかった。
必要以上に増してしまった勢いに鼓動を速めながらも、イオリアは螺旋階段の最下層へと到達。控えていた銀甲冑の騎士に重厚な扉を開けさせる。
無限にも思える数秒の後に僅かばかり開いた隙間へ身体を捩じ込むようにして部屋の中へ入る。それを確認して騎士は再び、渾身の力でもって扉を閉めていく。
それを横目で確認して、イオリアはどこか安堵の色を覗かせた目で部屋の中で丸くなっている少女――ルイスを見つめる。
ルイスはもう昼時だというのに、ここへ運ばれてきたときと同様、穏やかな寝息を立てながら安らかに眠っている。
「まったく……何時まで夜更ししていたんだか……」
内容こそルイスを咎める言葉だが、その響きにはただ身を案じるものしか感じられない。イオリアはルイスの眠るベッドの脇に腰を下ろし、割れ物――いや、貴重な宝石を取り扱うような手つきで、優しくルイスの銀髪をサラサラと流し始める。
日頃の汚れ切った陰謀に塗れた時間から開放された、心休まる一時。出来ることなら永遠に続いて欲しいとイオリアは願ったが、やはり神はそれを許さなかったらしい。
「――始まったか」
イオリアが天井――いや、その先にある神殿区支部へ鋭い眼光を向ける。
薄汚い駆け引きばかりを安全な部屋で繰り返してきた似非神官共の怒声、床を踏み鳴らす長靴の音、――刃と刃のぶつかり合う、金属音。
既に戦いは始まったらしい。戦力差は決定的、余程のことが起こらない限りは、こちらの勝利は揺るぎないはずだ。そう思っているものの、イオリアの胸は何か重いものを飲み込んだかのようにつっかえる。
「……長い、長い一日になるな……」
誰に言うでもなくポツリと溢れた言葉は、灰色の壁へと音も無く吸い込まれていった。
×××××
ずうん、と重く響く爆発音。同時に、見上げた蒼穹に黒煙と業火が立ち昇っていく。
「……始めるか」
神殿区支部の中庭の一角に植えられた樹の枝から、ハヤトは音も無く地に降りる。膝の動作で衝撃を緩和し、着地と同時に身体を転がして物陰に滑り込む。それとほぼ同時にハヤトの耳に入ってきたのは、神殿区を守護する騎士たちの慌ただしい靴音。ガチャガチャという甲冑の動く音も聞こえたため、恐らく武装はしているのだろう。
騎士たちが通り過ぎるのを待ってから、ハヤトは神殿区の回廊に足を踏み入れる。同時に冷気が身体を包み込む。文字通り神殿区の中と外が別世界になっているような、そんな錯覚がハヤトを襲う。ピリリッと心地良い緊張感が身体を走り、思わず武者震いが起こる。大きく深呼吸をして震えを収め、キッと目の前を見つめる。
テナとアリアが今、陽動として神殿区の騎士たちを引き付けてくれている。ならば自分は、それを無駄にしないためにも迅速に侵入して、ルイスの元に行くべきだろう。
――もう、引くことは出来ない。
そう心の中で呟くと、不思議と心が落ち着いた。未だに、大きな力を持つ神殿区との真っ向勝負を恐れていたのか。とっくの昔に、それから逃れる術は失われていたというのに。
「よし、行くぞッ!」
気合の声を一つ、白い石の敷かれた床を駆ける。目指すはルイスがいると思われる部屋――約一年、囚われた地下室だ。
「――嘘だろぉぉおおお!?」
神殿区侵入を開始したおよそ半刻後。
ハヤトは長剣を片手に、長い回廊をひたすら前へ疾駆していた。その後ろに続くのは、既に十人程集まってしまった冒険者たち。皆それぞれが、本来ならば世界樹の中で魔物を相手に振るうはずの武器を、前方を駆けるハヤトの背中へと向ける。
あと少しだけ行けば、記憶の中にある「地下室」へ着くはずだ。その前までに冒険者たちをどうにかして振り切った方が楽なのだが――
「覚悟ぉッ!」
「――ッ!?」
神殿の冷たい空気を斬り裂いて飛来する矢を、ハヤトは直感だけで急カーブして避ける。背中スレスレを裂いた矢先に背筋を冷やしながらも、再び走る。だがこの動作だけで、先程までの距離を目に見えるだけ詰められる。さすがは冒険者、普段から戦い慣れているだけあって、対人戦でも相当な強さだ。
完全に予想外だった。まさかこの時間まで、相当な実力を持っている冒険者が残っているとは思わなかった。
「隙有りッ!」
「油断も隙もあったもんじゃないなチクショーッ」
一気に速度を増して突っ込んできた茶髪の青年が振り下ろした斬擊を、どうにか身体を捻りながら剣で弾く。斬線を反らすことには成功したものの、予想以上に強い力で体勢を崩される。足を踏ん張って転倒は免れるが、その間に冒険者たちに距離を詰められ、そのまま逃げ道を塞ぐように囲まれる。
追撃を放ってきた青年を追い払い、ハヤトは剣を体側に下げて直立する。
「さぁ、抵抗を諦めて投降しろ。僕らも、人間の命を奪うのは好きじゃない」
先程と同じ茶髪の青年が、低くややざらついた声で投降を促す。どうやら彼が、冒険者集団の中でリーダー的な役割を担っているらしい。冒険者たちが彼を中心に動こうとしているのが、よく分かる。恐らくは世界樹でも、優秀なパーティなのだろう。
「……悪いけど、僕にもやらなくちゃいけないことがあるんでねっ!」
言いながらハヤトは、茶髪の青年へと突っ込む。リーダーである彼が倒れれば、恐らくは仲間の冒険者たちも統率を失うと考えたからだ。ハヤトが一歩目を踏み出した途端に、彼を守るように冒険者たちが隊列を組む。彼らも、ハヤトがリーダーの青年を狙うであろうことは予め予想していたのだろう。思わず感心してしまうハヤトだが、これでは彼への攻撃は非常に難しくなる。だがそれは、ハヤトの狙いでもあった。
前へ踏み出しかけていた足を一転、後ろへと踵返す。茶髪の青年を守るための隊列を敷きかけていた冒険者たちは、突然の変動に対応しきれない。
「いけない、踏み止まれッ!」
「邪魔ぁぁあああッ!!」
一人だけ挙動の遅れていた槍使いの少女が、慌てた様子で穂先を真っ直ぐに向けてくるが、さしたる障害にはならない。
見た目に反して急所を目掛けて突かれた穂先の下を潜り抜け、その先へ滑り抜ける。よく磨かれた床が幸いしたか、大した勢いはなかったが、それでも相当な距離を滑ることに成功。冒険者たちの網から逃れる。
「くそッ、何やってるんだ!」
「す、すみませんっ」
苛立った茶髪青年の声が背中越しに聞こえてくるが、構わずハヤトは走る。殺気の籠った矢が幾本か飛来し、ハヤトの服を掠めていくが、構わずハヤトは走る。凄まじいとしか形容出来ない呪怨の籠った罵倒が背中越しに聞こえてくるが、構わずハヤトは走――
「うるせぇよお前ッ、そんな陰険なやり口は嫌われるぞ!!」
構わずハヤトは走れなかった。どうやらメンタル面への攻撃にはそれほど強くないようだ。
思わず立ち止まって怒声を上げるハヤト。これ幸いと冒険者たちは再び距離を詰め始めるが、ハヤトは即座に足を動かし始め、距離を一定に保ち続ける。
その後も変わらず罵声を浴びせてくる冒険者たちと口喧嘩をしながら、ハヤトは仲間――テナとアリアのことを考え始める。まだ神殿区所属の騎士たちが戻ってきていないということは、うまい具合に引き付けられているということだろう。だがそれもいつまで続くものかは分からない。例え、どんなに騎士たちの体力が脆弱であったとしても、やはり数の差は埋め難い程大きなもので、どんなに運がよくてもいずれは捕縛されてしまう。ならばその前にルイスを取り戻し、テナたちと共に脱出しなければならないのだが、そのためには――
「いつまで逃げているつもりだ!!」
――こいつらを、どうにか処理しなくてはならない。
噛み付くように声を荒げる茶髪を一瞥し、ハヤトは一際速度を出してから振り返り、長剣を構える。それを見て慌てて、茶髪たち冒険者も立ち止まり、己の得物を手にする。
「へへっ、ようやく諦めたようだな。殊勝なことだ」
「……残念だけど、諦めるつもりはこれっぽっちもないよ」
「………何だと……? テメェ、俺たちを相手に勝てるとでも思ってるのか?」
ハヤトの言葉に露骨に機嫌を悪くした茶髪は、額に青筋を立てて手にした長剣を固く握り締める。
どうやらその長剣は速度よりも威力を重視した設計で作られているらしく、それから茶髪の戦い方も自ずと絞り込める。ハヤトは魔物と対峙するとき以上に真剣な目で、茶髪の握る長剣の刀身を観察し始める。
「あぁ、思っているさ。君たち程度なら、僕一人でもどうとでも出来る」
わざと茶髪の戦意を煽る言葉をかけてやる。狙い通り、茶髪は頭に血を更に登らせたようで、顔中を真っ赤に染める。茶髪青年はどうやら、単純な思考回路を持った人間らしい。非常に扱い易い。
段々と魔物ではなく人の扱いに手馴れていく自分に対して、若干の嫌気を覚えながら、ハヤトは言葉を続ける。
「さ、早くやったらどうだい? いい加減、君たちに付き合うのは疲れたんだ」
疲れたのは事実だ。嘘は吐いていない。
特に意味のない問答を心の中で行い、ハヤトは挑発的な笑みを浮かべて茶髪青年を見やる。すると茶髪はうつむき、何かブツブツと呟いているような素振りを見せるが、先程までの目立った反応を見せない。
……さすがに露骨すぎる挑発だっただろうか。
思わぬ事態に冷や汗を浮かべるハヤトだが、茶髪はそんなハヤトの不安を杞憂として吹っ飛ばした。
「――テメェだけはマジでブッ殺すッッッ!!」
「「……あっちゃぁ~」」
ハヤトと、茶髪以外の冒険者が揃って疲れたような声を漏らす。その息に含まれた意味合いはそれぞれで違うはずだが、両者共に、明らかに激昂した茶髪を面倒くさく思っていた。
そんな仲間たちを置いて、茶髪は肩を怒らせながらズンズンと歩き、そして長剣を乱暴な動作でハヤトへ突き付ける。
「……あぁ~、やっぱ撤回したいんだけど……」
「貴様など、俺一人だけで充分だッ! さあ剣を取れッ! そして構えろッ! 正々堂々と戦ってみろよッ!!」
「……面倒くせぇ~」
普段は愚痴などは零さない性質だったはずだが、それでも現状に対しては相当気が進まないものがあるらしい。
のろのろと剣を構え、明らかにやる気の欠けた状態のハヤトだが、茶髪はそれでも構わなかったらしい。ハヤトが戦闘態勢に移行したのだけ確認すると、奇声を上げながら猛進してくる。
「きぇぇえええ~~!!」
大上段からの一撃。速度も充分で剣筋もブレていないが、軌道が単純だ。あれなら、剣を多少嗜んだ者なら容易に処理出来る。ましてやハヤト程の者になれば、頑丈な剣でも叩き折れる。
「――せいッ!」
裂帛の叫びと共に、剣を茶髪の斬擊に合わせるように薙ぎ払う。
剣の接触と共に、甲高い金属音。赤い火花が無数に散り、心地良い程のガンッという太い音が鳴る。同時に空を舞った、茶髪青年の、半ばから断ち切られた長剣。
「な……ッ!?」
狼狽する茶髪の声が、静寂に包まれた神殿に響く。
思わず硬直する冒険者たちを前にして、ハヤトは己の長剣を鞘に収める。勝者の威厳でもって冒険者たちを威圧するように睥睨し、そしておもむろに左手を額の方へ持っていき、
「――それじゃッ!」
「あぁっ! 逃げたぁっ!?」
「戦略的撤退と言って欲しいね!」
完全に出遅れた冒険者たちは、項垂れるリーダーを置いていく訳にも行かず、その場で狼狽えるばかり。
ハヤトはそれを背中越しに見ながら、神殿区の中を駆け抜ける。目的の部屋は、すぐそこだ。
記憶の中にぴったりある薄暗い廊下を抜け、螺旋階段に辿り着く。出来れば慎重に降りたかったが、今はそんなことを言ってられる場合ではない。何度か転がり落ちそうになりながら、螺旋階段を駆け下りる。一歩進むごとに、心臓の鼓動が大きくなる。
半ば転がり落ちる形になりながら螺旋階段の最下層へ辿り着いたハヤトは、目を上げて、そのまま硬直する。
「なんで……開いてるんだ……?」
地下室の扉が、何故か開いている。それも、人が一人だけ通れるような隙間が出来ているという程度ではなく、完全に開放されている。
つまりは、部屋の中が望める状態にあった。
記憶にある白いベッドが並んだ部屋。その中にルイスの姿は認められないが、その代わりに一つ、明らかに異様なものがあった。手を背中で拘束され、猿轡を噛まされて転がされている女だ。反射的に衣服の乱れがないことを確認したハヤトは、男として正しかったのか、間違っていたのか。
ハヤトは驚愕に目を見開いたまま、その人間に恐る恐るという風体で声をかけた。
「……あんた……イオリア……?」
今回の話、如何だったでしょうか?
前書きで長くなるって言いましたけど、実際は少しだけですからね。あまり実感出来なかった人も多かったのではないかなぁと思ってます。
それよりも僕にとって重要なのはサブタイトルです! サブタイトル、本当にどうしましょう。語彙力の乏しい僕にとっては、かなりの難題です。そもそも、熟語という形式で始めた僕が間違いなんですけどね。
今更形式を変えるのもおかしいかなと思ってるので頑張って続けようとは思ってますが、なかなか難しいですね。限界になったら変更するかも。今回も大分無理がある題名ですしね……。
それではこの辺で。これからも拙作をどうぞよろしくお願いします。




