第四十話 転移
こんにちは、吉良義人です。
ここ最近、急速に気温も低下して冬へと移り変わっていくのを実感しておりますが、皆様は体調管理は万全でしょうか?
僕は先程までやや風邪気味でして、喉が痛いわ頭が痛いわだけど熱は無いわで大変でしたね。皆様も気をつけてください。
えぇっと、それでは話のネタも尽きましたので。
『第四十話 転移』、どうぞよろしくお願いします。
瑠璃色の夜空に、赤や青の星々が煌めいている。
冷たい夜風に黒い外套がはためくのを感じながら、仮面の男は部下からの報告を聞いていた。
「……そうか。奴は出てきたか」
「はっ。例の宿を探らせていた者からの報告です。間違いは無いかと」
「……よし。あいつらを下がらせろ。もう用は無い」
了解の返答を背中越しに聞くと同時に、背後にあった気配が忽然と喪失する。既に大分慣れたとはいえ、相当気味の悪い所業だ。
未だに得体の知れぬ部下に寒気を覚え、仮面の男は己の唇を軽く噛み締める。
「ウェノム様。奴が参りました」
先程の部下とは、また別の仮面が男に報告をしてくる。空気にでも溶けていたのか、何の気配も感じられなかった。
「……私が会う。お前たちは下がってろ」
無言で首肯を返し、仮面は一瞬で闇の中に溶け込む。念のために虚空の中の気配を探ってみるが、何も掴めない。もっとも、仮にいたとしても、それを感じられるかは甚だ疑問の残るところだが。
日が経つごとに寒さを増していく風を肺一杯に吸い込む。冷気が身体の内側を刺激するようで、頭をボゥッと包み込んでいた気怠さが一瞬で取り除かれた。
閉じていた目を開くと、強い風が途端に目を乾かす。だがその感覚でさえも、今の彼にとっては心地良い。
視界に映った景色の中では、昨夜対峙したばかりの若者がこちらを真っ直ぐに見つめていた。昨夜である程度の実力の差は見せつけることが出来た。調査によれば若者は他人思いの温厚な性格であるらしい。人としては非常に良く出来ていると思うが、戦士としては相当に甘い。
決死で反抗されれば手間取ると考え、投降を促したが――思った以上に効果はあったようだ。
「……答えは決まったようだな」
男の言葉に、ハヤトは軽くうつむき、そして小さく肯定の言葉を返した。
「……なるほど、では契約通り、貴様の仲間とやらの命は保護してやろう」
「――れが」
「………?」
何を言った?
唐突に吹き抜けた夜風の音にかき消されて、ハヤトの小さな声が聞こえなかったのか。男が訝しげに仮面の奥の目を細める。
そんな男を無視して、ハヤトはうつむかせていた顔を上げ、挑発的な光を宿した眼光で仮面の奥――男の目を射抜いた。
「――これが……僕の答えだッ!!」
刹那、男は心臓を鷲掴みにされるほどの凶暴な殺気を感じ、後ろへと思い切り身体を飛ばす。長い間戦いと触れ合ってきた者だからこそ為せる技。
それと同時に、男が一瞬前まで立っていた場所に銀光が走った。ビリッと大きな音がして、男の黒い外套が斬り裂かれ、空を舞う。
「……貴様……ッ」
「まだまだぁッ!」
忌々し気に男は歯をギリッと音が鳴る程強く噛み締める。
ハヤトは一撃を振り抜いた後の崩れた体勢から無理矢理前進して、更に剣を振るう。
「ちっ!」
大きく忌々しい感情のこもった舌打ちを漏らし、男は大きく後退する。その隙を縫うようにして、影から仮面の集団がぬらりと現れる。
「……ご無事でしょうか」
「見ての通りだ。全く、面倒なことになった」
「例の小娘はどうしますか」
――例の小娘。
仮面の中の一人が漏らしたその言葉に、ハヤトはピクリと眉を動かす。
「そうだな、殺してやっても良いのだが……」
そう言いながら、男は探るようにハヤトの顔を伺う。
ハヤトもそれの視線に気が付いているのだろう。気丈に振舞おうと唇を噛み締め、目に強い光を宿してはいるものの、その光には何処か揺らぎが見受けられる。
「……イオリア様の元へお連れしろ。その後はイオリア様にお任せする」
ハヤトには聞こえぬように声を潜めて、男は仮面たちへ指示を飛ばす。仮面たちの一部がそれに首肯し音も無く姿を消し、残った仮面たちはハヤトから男の身を守るように、ハヤトと男の間で壁を作る。
「お下がりください。ここは我らがお引き受けします」
「……あぁ、任せるとするか」
男は剣を構え、それだけで人を殺せそうな凄みの持った視線で睨めつけてくるハヤトを一瞥し、そして先程ハヤトに斬り裂かれた己の黒い外套の切れ端を見る。
――どうやら、想像以上に厄介な相手だったようだ。
男はハヤトに対する認識を改めると、外套の裾を翻してその場から立ち去っていく。
「……ッ!? 逃がすかッ!」
ハヤトは威勢良く叫ぶと同時に駆け出す。その先にあるのは、鋭利な凶器を携えた仮面の集団が作る壁。
「ここは――」
「――通さない」
「――我らが存在に代えても」
それぞれの放つ声で一つの言葉を織り成すように、仮面たちは空気を揺るがす。
「どけぇぇえええッッッ!!」
それに負けじと声を張り、ハヤトは剣を片手に突っ込む。飛来する凶器のもたらす死の感覚に背筋を凍らせながらも身体を動かし、仮面たちへと反撃を叩き込む。確実にその攻撃は効いているのだろうが、それでも仮面たちの耐久力は尋常なものでは無かった。
「くそッ、こんな奴らに……!」
ハヤトは吠えるように叫び、仮面の男が消え去った方にその目を向ける。既に男の姿はあろうはずも無く、ただ寂しく夜風が吹き抜けるばかりだ。
裂帛の叫びと共に白刃を振り落とし、最後まで抵抗していた仮面へと留めを刺す。その一撃で獣面は砕け、その奥から黒いモヤが漂い、空気の中に溶け込んで見えなくなる。
長時間に渡った闘争の疲労に息を弾ませ、荒々しく肩を上下させる。火照った身体に冷たい風が当たり、少しだけ涼感を得られたが正しく焼け石に水。その程度で身体の芯まで滾ったハヤトが冷えるはずも無い。
疲労のあまり痛み出した身体に鞭打ち、ハヤトは覚束無い足取りで歩きだそうとするが、思い直して傍の壁に背を預け、脱力感をあらわにズルズルと座り込む。
「……くっそ……」
己の無力さ加減に苛立ち、歯噛みする。
出来ることならこのまま仮面たちのいる場所――シュバルツ神殿区支部へと乗り込みたかったが、そうすれば捕縛されるのはほぼ必至。それが分からない程、ハヤトは愚かでは無かった。
だが、だからと言って何もしない程、ハヤトは弱気でも無い。
「とりあえずアリアたちと合流して……それからだな……」
疲労の色濃い溜め息一つ、ハヤトが重い腰を上げて足早に街路を突き進んでいった。
×××××
既に朝日の姿が見えるようになって来た夜明けの時刻。
宿屋の席にてハヤトは、テナとアリアを前に、深刻な面持ちで向かい合っていた。
「――ごめん、僕の行動のせいでルイスが……」
深々と頭を垂れるハヤト。それを前にしたテナとアリアは困惑したように顔を見合わせ、そしてハヤトに恐る恐ると言った風体で言葉をかける。
「えっと……ハヤトさんは悪くないです。どうしようと、結局は彼らの要求を拒むか受け入れるか、その二択しか無いのですから」
「そ、その、ハヤトさんだけが悪い訳じゃ無いって! ほら、それだったらルイスちゃんを守れなかった私たちも悪いんだしさ、このことについては御愛顧っていうことで……」
――いけない、彼女たちに気を遣わせてしまっている。
ハヤトは内心で己の行いを後悔し、すぐにその場の空気を入れ替えるために声を上げようと口を少しだけ開き、すぐに閉じる。
そもそもの非は己にあるのだから、自分が場を仕切ってしまうのはふさわしく無いのではないか。そんな疑念がハヤトの脳裏によぎる。
「――そ、それでは! この件はこれで終いにしますっ!」
ハヤトに代わって声を上げたのは、テナだ。あまり慣れていない立ち位置に己がいることに緊張しているのか、その表情はやや強張っている。
「……そうですね。今は一刻も争う事態。早く次の手を講じないといけません」
テナに便乗する形で、アリアも言葉を続ける。二人に頭を下げ、感謝の意を告げてからハヤトはその言葉の続きを引き取った。
「――ルイスを助けに行くよ」
ハヤトが口にしたのは、明確な神殿区へと宣戦布告。
思いがけぬ強引な言葉に、テナとアリアは驚きの表情で、目を見開く。
「……テナとアリアが反対しても、僕は行くよ。これは僕の、決意だ」
直に対立した経験のあるアリアは目を揺らし、戸惑いの色に顔を染めている。彼女の性格から考えれば、ハヤトを止めるべきかどうか逡巡しているのは一目瞭然だ。
対してテナは、ハヤトの真意を推し量るように、ハヤトの目を真っ直ぐに見つめている。
「……分かりました。だったら私も協力しますっ!」
「テナ……ッ!」
ハヤトの目から何かを感じ取ったのか、テナは澄んだ声で賛同の意を示した。ハヤトはその事実に、思わず喜びの色が滲む声を漏らす。
さて、次は――と言う風体で、ハヤトは目をややうつむいているアリアへと移す。
「……ハヤトさん」
顔をおもむろに持ち上げ、金色の瞳でハヤトを覗き込むようにしてくるアリアに、思わずハヤトは息を飲み、硬直する。
「……やろうとしていることの意味が、分かっていますか?」
「………」
「神殿区は、恐らくハヤトさんが想像している以上に巨大な集団です。その性質上、一度敵対すれば恐らく一生。それも私たちだけでなく、私たちと関わった人が世界樹と関わる人間の敵に定められるでしょう」
アリアに言われて、ハヤトの頭に浮かんできたのは、かつて仲間として苦楽を共にしたリンやエレック、エルダと言った面々の顔。アリアを通じて知り合った、フェルノ家当主ルイ=フェルノや、フェルノ家に勤めていた使用人たちの顔。
誰も、失って良い人間であるはずが無い。
「そうしてまでも、神殿区と戦うつもりですか? 今ならばまだ、矛先を収めて事態を穏便な方向で動かすことも出来るでしょう」
――けれど、
アリアがこれまで述べてきたのは、どこまでも正論であり、ハヤトもそのことに対して反論を述べることは出来ない。
――けれど、ハヤトにはどうしても譲れないものがあった。
「……だからと言って、僕はルイスをこのまま放り出すなんてことは、したくない。そんなことをするくらいなら、死んだ方がずっとマシだよ」
ハヤトとアリアの間に、剣呑な空気が流れる。互いに譲ることは出来ないと考えているのか、その表情は共に険しい。テナはそれを横から、固唾を飲んで見つめている。
「……譲る気は、無いのですね……?」
「うん。ここで諦めたら、僕は絶対に自分のことが許せなくなる」
ハヤトの迷いが無い答えを聞き、アリアはふっと顔を上げ、天を仰ぐ。疲れたように溜め息を一つ吐き、アリアは顔に花を咲かせる。
「――安心しました。半端な気持ちじゃ、失敗するのは間違い無いですから」
「アリア……」
「すみませんハヤトさん。でもどうしても、一度試したかったんです」
――そんなことだろうと思っていた。
ハヤトがふっと笑いの篭った息を吐くと、ちょうど同じ時にテナも息を吐いていた。二人で顔を見合わせて、何となく笑顔になる。
「……よし、それじゃどうやって、それを成功させるかだけれど――」
早く外へ出ようとする身体を宥めながら、ハヤトは次なる言葉を切り出す。
通常であれば絶望するような佳境に身を置かれながらも、彼らの顔にそれらしい色は浮かんでいない。それは、彼らに心から頼れる仲間がいるからか。それとも、絶対に譲れない目的があるからか。
瑠璃色の空に散らばっていた星々は身を潜め、暖かな太陽が、彼らを静かに見守っていた。
今回の話は如何だったでしょうか?
お楽しみ頂ければ幸いです。
さてさて、前回の方でも書いた気がしますが、この話でとうとう四十話ですッ!! これまで読んで頂いた方々には、本当に感謝しております。
執筆前の予定としてはこの位の話数で完結する予定だったのですけど、実際はまだまだ続きそう。今年中には終わらせたいんですけどね。新作とかもやりたいですし。
出来る限り話の展開を急にし過ぎないようにしてきたはずが、気が付けば人対人みたいな構図が出来上がりつつある本作。最初は世界樹に潜り続ける予定だったんですけどね。
まぁ色々と思うように進んでおりませんが、それでも書き続けたいと思ってますので、これからもどうぞ拙作をよろしくお願いします。
それでは、今回はこの辺りで失礼します。




